そして、お子さんの障害が重めの方、「私はABAよりTEACCHのほうが好き」という方にこそ読んでいただきたいABA本でもあります。
家庭で無理なく楽しくできる生活・自立課題36
井上 雅彦
学研 ヒューマンケアブックス
第1章 思春期からの発達課題
自閉症のある子どもの思春期
(1)思春期の発達
(2)思春期の子どもに訪れる変化
(3)思春期の友だち関係
(4)余暇をうまく過ごす
(5)思春期をどうとらえるべきか?
思春期の療育
(1)思春期の療育のすすめ方
(2)療育目標の切り替えの事例
(3)セルフコントロールの力を育てるには
子どもに合わせたプログラムの選択
第2章 家庭生活でのスキル
自立に関する生活スキル(服装/調理/洗濯・掃除)
適切な服装
ヘアセット(髪をとかす)
化粧
身だしなみ
レンジでできる調理
簡単な調理
皿洗いと片づけ
洗濯機の利用
洗濯物を干す・たたむ
掃除機をかける
ふき掃除・はき掃除
ゴミの分別
■コラム わかりやすい手順書を作ろう
生活の質を高めるスキル(趣味・余暇/インターネット/お手伝い)
工作
楽器・手芸・折り紙
インターネット
■コラム 余暇スキルはあらゆるスキルのベース
就労を意識したお手伝い
[我が家でも実践しています①]
留守番
自己管理のためのスキル(時間/金銭/健康)
スケジュール管理
ATMの利用
適切な運動
服薬
[我が家でも実践しています②]
生理への対応
マスターベーション
第3章 地域生活でのスキル
地域で活動するためのスキル(移動/施設利用/買い物)
交通機関の利用
地図の利用
[我が家でも実践しています③]
公共施設の利用
レジャー施設の利用
医療機関の利用
消費期限の理解
値引きの理解
適切な分量の購入
[我が家でも実践しています④]
マナー・コミュニケーションスキル(エチケット/人との応答/電話)
あいさつ・自己紹介
テーブルマナー
人に尋ねる
電話の応答
携帯電話
井上先生の、もはや定番中の定番となったABA療育本シリーズの3冊目が、ついに出ました。
1冊め、2冊めは当ブログで殿堂入りにしています。(レビュー記事1、レビュー記事2)
ただ、実はこの本が最初に届いたとき、最初のほうをパラパラと読んで、「あれっ、思っていたのと違ったかも?」と思ったんです。
というのも、第1章の目次で分かるとおり、「思春期の発達課題ためのABA」という内容になっていたからです。
我が家では娘はまだ思春期はこれからなので、「ちょっと対象年齢の違う本だったかなあ…」と感じたわけです。
でも、読み進めていって、その印象は間違っていたことが分かりました。
この本は、思春期からのスキルを想定していますが、実際にはそれよりはるかに前、お子さんが就学前であったり小学校低~中学年であっても役に立つ、とても幅広い年齢のお子さんをターゲットにしたABA療育本になっています。
本書の最大の特徴は、取り上げられているトレーニングの対象スキルが、ボトムアップ型のものではなく、トップダウン型のものになっている、ということです。
ボトムアップ型のトレーニング、トップダウン型のトレーニングとはどういったものでしょうか?
つまり、思春期には獲得が難しい部分とそうでない部分を見極め、得意なところは伸ばし、苦手なことは環境の工夫や周囲の援助など、なんらかの別の手段でカバーし、解決するという発想に切り替えていくことが必要なのです。つまり、獲得したい(させたい)発達的な目標を設定し、スモールステップで子どもの能力のその目標まで近づけていく、という「ボトムアップ」の発想から、その子どもに役立つと思われるスキルを今すぐ実現することを目標にし、できないことに関しては、環境の工夫や周囲の力を借りて最短ルートでの達成を目指す「トップダウン」の発想への転換を少しずつ図っていく時期というわけです。(初版17ページ)
本書ではこの後、「買い物」を例にとって、具体的なボトムアップ・トップダウンのやり方の違いについて触れられています。
ボトムアップの考え方:定型発達の人たちと同じように買い物ができることを最終的な目標におき、そのために数の概念や計算、お金の種類、数え方、買い物の手順などをスモールステップで教えていく。
トップダウンの考え方:お店で欲しいものを買う、という目標を達成するため、本人のいまの能力でできることを前提にやり方を工夫する。例えば、プリペイドカードを使う、または1000円札をレジで渡しておつりをもらうだけ、それでもだめなら財布と「この中から代金を取ってください」というカードをレジで渡す、それも無理ならヘルパーさんに欲しい品物を渡すだけ、など。
これを読んで、私はすぐにこの本を思い出しました。
発達障害のある人と楽しく学習―好みを生かした指導(当ブログブックレビュー)
この本でも明確に述べられているとおり、何か身につけたいスキルがあるとき、知的な障害の重い自閉症の子の場合にはボトムアップで基礎的な能力を高めるアプローチは非常に時間がかかり、なかなか本来の目標行動にたどりつけず、トレーニングが苦痛なものになりがちです。
そういう意味では、本書で言っているような「トップダウン型のスキルトレーニング」は、特に障害が重いお子さんにとっては、「ボトムアップ型のトレーニングから徐々に切り替えていくべきもの」というよりは、「目の前にある『身につけたいこと』を今からできるようにするために、ボトムアップ型の基礎トレーニングと並行して小さい頃からやっていくべきもの」だといえます。
実際、先の買い物練習でいえば、もちろん数の概念や計算を教えることも大事ですが、それと同時に、プリペイドカードで買い物したり、お店で欲しいものを選んで親に渡す練習(そして、それによって「買い物ができた」という嬉しい経験を積んでもらうこと)も、「今すぐにやるべきこと」として、幼少期から取り組む価値のあるトレーニングであることは間違いないでしょう。
そして、本書でいわれている「ボトムアップ型のトレーニング」とは、まさにTEACCHが想定しているような「自閉症の人が、自閉症のままで生きていけるような療育」とも軌を一にしています。
言い換えると、TEACCHにおけるスキルトレーニングは、最初からトップダウン的発想が強いと言えるでしょう。構造化にしても、社会を巻き込んだ支援体制にしても、「子どもを訓練して社会に合わせる」という一方向的な発想ではなく、「本人へのスキルトレと、環境や社会の側を変えていくこと、両者で折り合いをつける」という双方向的な発想がベースにあり、それは本書でいう「トップダウン的発想」に近いといえます。(もちろん、繰り返しになりますが、TEACCHがボトムアップ的な基礎療育をないがしろにしているということではありません。)
また、実際の個々のトレーニングの内容も、まさに「トップダウン」、それぞれの具体的な目標に最短距離で到達するために、TEACCH的な視覚支援も使いますし、環境の側にも働きかけ、ときには周囲の支援をも前提として、「自立」をめざすものになっています。
↑本書の「医療機関の利用」のページ。写真つき手順書を使うところなど、ほとんどTEACCHの本なんじゃないかと見まごうほどです。
ですから、お子さんがまだ幼かったり、障害が重めで「思春期の課題なんていう高度なものはとても教えられない」と感じる親御さんは、「思春期向けのABA」という本書のコンセプトを一見して、本書を敬遠してしまいそうですが、まったく逆で、
・お子さんが幼少期であっても、社会のなかでの具体的なスキルをABAで教えたい
・机で課題をやらせるようなABAではなく、いますぐ役立つスキルをABAで教えたい
・どちらかというとTEACCHに近いスタイルでABAのトレーニングに取り組んでみたい
といった方にこそ、ぜひ手にとって読んでいただきたい本になっていると思います。
取り上げられている生活・発達課題も、本当にリアルで実用的なものばかりです。
調理・掃除・選択などの家事スキル、思春期ならではの課題としての化粧・身だしなみ、タブーとされがちな性の問題(生理・マスターベーション)、余暇活動スキル、そして、交通機関・レジャー施設などの社会リソースの利用。
目次を見ていただければ分かるとおり、これらは、親という立場からは、思春期どころか就学前の幼少期から、子どもの将来を考えて気になってしまうことばかりです。
そしてもちろん、思春期を過ぎて成人したお子さんの親御さんにとっても有益であることは間違いないでしょう。
これらのリアルな発達・生活課題、スキルに対して、「トップダウン」という視点から、できるだけ早く容易に獲得できる形でのスキルトレーニングの考え方・方法をまとめた本書は、お子さんの年齢を問わず役に立つ、ちょっと類書が見当たらない、画期的なABA本に仕上がっています。
シリーズ1冊め、2冊めに続き、本書も「殿堂入り」です!
最後に、シリーズ3部作の簡単なまとめです。
1冊め:幼少期の生活課題・基礎力を伸ばすためのABA。
2冊め:ロヴァース式に近い、音声言語中心の超ボトムアップ型のハードなABA。元が「つみきBOOK」なので、シリーズ中、この本だけ性格が違います。
3冊め(本書):年齢を問わず、社会のなかでの生活自立スキルを身につけるためのトップダウン型ABA。1冊めの続編という印象です。
実際、ABAにおける「強化」「消去」などの基本的な考え方は省略されていて「1冊めを参照してください」というスタイルになっているので、この3冊めを購入の際は、少なくとも「1冊め」は合わせて購入されることをおすすめします。
※その他のブックレビューはこちら。
いつも読ませていただいてます。
今年4歳になる母子通園中の息子の母です。
こちらの記事から、本を購入して今回この本もそらまめパパさんの記事を見て思わず買いました~。
前回は生活・学習課題46を。
自身文章は苦手ですが「ここからなら」とできるところからやってみました。全部とは行かなくとも、私の言葉や職員さんと、本人の年齢が相まって嬉しい成長を見れています。
通園施設に、「行動問題ケーススタディ」をリクエストし、入れてもらい、借りて読みました。。。。改めて買うことにします!
目からウロコとはまさにでした。
園での日常が当たり前になっている日々、彼の伸ばしていきたい部分と直していきたい部分、うまく活用していきたいと思います。
失礼しました。
コメントありがとうございます。
また、記事からの本の購入、ありがとうございました。
井上先生のABA本は、本人の成長に合わせて、技法に子どもを合わせるんじゃなくて、子どもに技法のほうを合わせていくという考え方が徹底しているので、素晴らしい入門書になっていると思います。
お子さんの着実な成長を見ることができるのは、本当に嬉しいことですよね。(スモールゴールを積み重ねて前進できた瞬間は、ABAをやってみてよかった!と感じる瞬間でもありますね。)
「行動問題ケーススタディ」もいい本でした。
これからもよろしくお願いします。
(Twitterでは何度か絡ませていただいたことがあります(^^)
自分のブログでこちらのブックレビューを紹介させていただきました。
トラックバックをお許しいただければ有り難く思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
コメントありがとうございます。
またTwitterでもいつもお世話になってます(^^)
トラックバック、もちろん承諾させていただきました。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。
確かに、幼児期から通じて有用で、ボトムアップ、トップダウンの考え方は、親に落ち着いた見通しと選択肢を与えてくれるものです。
うちの子も3歳ですが、局部をいじる行動があり、一般にこの年頃に多いとされているものの、将来にわたって参考になると考えたのもあります。(そもそも、定型の子で同年齢の子であっても、対応がデリケートな問題ですし、思春期にも、改めて課題となります。この本の提案そのものも、思春期側の対応なので、3歳のコドモには使いませんが、参考になりました。)
笑ってしまったのが、お化粧の仕方と衣類の選び方。私自身は、あまり自閉的特徴は強くないと思っているのですが、自分(成人・有職・30代女性)に必要だ!と発見しました。
こうやって母に教えてもらったら、できてたかも。(要は、いま、できていない 汗)口紅と感覚過敏も、なんて実践的なことを示唆されているのか、と、膝を打ちました。母には会うたびに叱られ、ため息をつかれていますが、次の帰省の時には、少し頑張って、30ウン年分の努力と絶望に応えてあげたいと思います。
娘は、髪の梳かし方をやりたくてしょうがなくて、でも、{こうするんだ、見なさい!じっとしてなさい!)と、完璧主義の夫に怒られて、かわいそうでした。娘本人が完璧主義なのに、視覚認知が悪く、不器用なのです。図とプロンプトで教えたら、私と二人そろって上達しつつあります。
コドモに合わせて技法を選ぶ、方針が一貫していて、良書でした。