簡単に説明すると、この「まって」カードは、PECSによる療育がフェーズ3まで進んだ子どもが、絵カードで自分の欲しいものを要求してきたときに、その絵カードをこの「まって」カードに貼り、子どもに持たせることで「待って」もらう、というやり方で使います。
ただ、このときの記事でも書きましたが、このカードの使い方は、絵カード療育「PECS」の入門書である「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」に詳しく書かれています。(初版153~156ページ)
ですので、あくまでこの記事でご紹介するのは、「まって」カードのもつABA的背景と、この本の内容をかいつまんでポイントだけ説明したものとお考え下さい。
「待つ」ことを教えるのが難しいのは、端的にいえば、「待つ」というのは、そのままだと「何もしない」ことだからです。
ある行動を「する」ことを教えるのは、物理的なプロンプト(手助け)もできますし、その行動に強化子を与えることもできるので、比較的簡単です。
ところが、「何もしない」ことは、ABA(行動療法)では教えるべきことがらではないとされます。というのも、「何もしない」ことは、ABA的には「行動」とはみなされないのです。
これは、ABAの世界では俗に「死人テスト」などと呼ばれている考え方です。
1.「行動」として定義できるのは「死人にはできないこと」である。
2. ABAのターゲット行動は、死人テストに合格するような「行動」でなければならない。
(詳しくは、こちらのページなども参照ください。)
この考え方に立つと、ただ「待つ」という行動は死人テストには合格せず(死人も「待つ」ことはできる)、ABAのターゲット行動としては不適切だということになります。
では、これらを無視してやみくもに「待って」を教えようとすると、実際には何が起こるでしょうか?
「待って」というのは、子どもが期待している強化子(ごほうび)を与えるのを、しばらく遅らせることです。つまり、「待って」と言った瞬間だけを見ると、強化子を与えないことと同じです。
つまり、時間的な幅をもった「見通し」をもてない子どもにとっては、「待って」と言われることは「ダメ」といわれることと何ら変わらないということになるのです。
「待って」と言われて、今すぐ強化子が与えられないと分かった子どもは、かんしゃくを起こすでしょう。そして、しばらくたって待つべき時間が終わり、まだかんしゃくを起こしている子どもに強化子が与えられたとすると、強化子が与えられる直前の行動は「待つ」ことではなく「かんしゃくを起こす」ことになってしまっています。
その結果、「待つ」ことを教えているつもりが、「かんしゃくを起こす」ことを強化していることになってしまったりするわけです。
さて、困りました。
ただ待つことが行動ではないと言われたとしても、私たちは「待つ」ことを教えたいわけです。
もちろん、解決する方法はあります。つまり、「待つ」ことが先の「死人テスト」に合格するような「行動」になるように、少し手を加えればいいのです。もっと分かりやすくいえば、「待つ」ということを、「何らかの行動をすること」に置き換えてしまえばいいわけです。
たとえば、残り時間が視覚的にわかるようなタイマーを使って「残り時間」を見せるというのも、昔からある1つのやり方です。「タイマーを見つめる」というのは、「何もしない」ことよりもずっと分かりやすく教えやすい「行動」です。
さらに、「待つこと」を、さらに具体的で物理的プロンプトができるような「身体的行動」にまで置き換えてしまう方法も考えられます。
そのような方法の1つが、この「まって」カードだということができるでしょう。
何しろ、「まって」カードは、そのカードを手で持っているという、まさに極めて具体的、身体的な「行動」でもって、「待つ」ということを表そうとするのです。
次回は、こういった前提知識をふまえて、具体的な「まって」カードの使い方について書きたいと思います。
(次回に続きます。)