これまでに書いてきたポイントを簡単にまとめると、
・叱ることには様々な副作用がある。
・自閉症児を叱ることは、健常児と比べ、特にデリケートな問題になる。
・叱る前に、叱らないで問題を解決する方法を考える。
・こういった問題を考えるとき、ABA(行動療法)の考え方が参考になる。
といったところでしょうか。
最後に残った話題は、こういった工夫をもってしても、やはりどうしても「叱る」必要があるときの対応の仕方についてです。
具体的には、その場ですぐに禁止しなければならない危険な行動や、行動自体が強化子になってしまうような自己刺激行動などがこれにあたるでしょう。
やむを得ず「叱る」ときには、できるだけ、このシリーズ記事の最初で説明したような、さまざまな副作用が問題を複雑にしないように、次のような点に留意する必要があるでしょう。
1.叱るのは問題行動の直後のみ、時間がたってしまったら絶対に叱らない。
罰が有効なのは行動の最中、あるいは行動の直後の数秒だけだと考えるべきです。このルールを守れば、仮にことばが通じない子どもであっても、問題行動と「叱られた」ことの関係を学習できるはずです。
外で問題を起こして駆けつけたときや、子どもの問題行動に後から気づいたときなど、叱りたい気持ちが強くなるでしょうが、言葉が通じるお子さんの場合であっても冷静に言って聞かせるだけとし(言葉が通じない場合は何もしない)、普段の生活の中で、前回ご説明したような「叱らずに問題を改善する」アプローチを試みるべきなのです。
2.「叱る」ときには、必ず代替行動を提示、強化する。
これは、前回、「消去と代替行動」の項目で説明したのと同じです。
叱るだけでは、その行動によって得るはずだった強化子を得られなくなるため、子どものストレスが増し、罰に対して攻撃的な反応(パニック)をする傾向も強まるでしょう。
例えば好奇心からくる危険な行動を叱るなら、同じような好奇心が満たせて危険でない行動に誘導してあげたり、特定の自己刺激行動を叱るなら(そもそも、これは本当に必要な場合に限るべきでしょうが)、別のより目的的な行動に誘導し、さらにそれを強化するといった配慮をする必要があるでしょう。
あくまで「罰」だけでなく、あわせて「代替行動」を意識して作っていくことがとても重要です。
3.普段やってもいいことを特別な状況でのみ叱ることは原則としてしない。どうしても必要な場合はその場で代替行動を提示する。
例えば、普段手づかみで食べることを許しているのに、レストランでだけ手づかみを叱るといったことは子どもを混乱させます。家でも手づかみを禁止するか、レストランでも手づかみを認めるのが適切な対応でしょう。
「特別ルール」が避けられないケース、例えば普段遊んでいるおもちゃを、友達が来て遊んでいるときに奪ってしまうような場合は、奪ったおもちゃを返すのとあわせて、他のおもちゃのところに誘導してそちらで遊ぶことを教えるといった、「その場で代替行動を提示してみせる」ことが有効ではないかと思います。
4.叱るのは短く簡潔に。
ことばの通じないこどもの場合、説明はまったくいりません。叱るときの短いフレーズ(我が家では「メッ!」)を1種類に決めて、常にそれを言うと同時に問題行動をすばやくやめさせます。最終的には、フレーズを言うだけで子どもが自発的にやっていることをやめるようになることを目指します。
ある程度通じる子どもの場合も、簡潔かつできれば肯定文で一言伝えるだけにします。(「騒いではいけません」ではなく「静かにします」「座ります」など)
5. 罰は常に与え、しかも最初からある程度強く与える。
これは条件付け実験の知見から言われていることですが、罰を与えると決めたら、その問題行動に対してはその罰を常に与えることが必要です。与えたり与えなかったりでは、「何に対して罰が与えられているか」が分からなくなります。
また、これは勇気のいることですが、与える罰は弱すぎてはいけないそうです。弱い罰から徐々に強くしていくと、強い罰も効かなくなります。罰を有効に働かせるためには、最初から適度に強い罰(後で強める必要のない強さ)を与えなければならないのです。
6.問題行動を憎んで?子どもを憎まず。
一度叱ったら、その後は普通に子どもに接します。叱ることによって起こる恐怖反応が、親の存在そのものに「汎化」され、親の回避、脱走などにつながることを防ぐためです。
ただし、叱った直後に過剰にかまってしまうと、問題行動に対する「ごほうび」になる恐れもあるので、あくまで「いつもどおり」が大切です。叱った後にごほうびを与える、というパターンは、罰の与え方としては最悪だといわれています。
7.脱走するより一緒にいた方が「メリットがある」環境を作る。
これは、脱走癖を作らない、あるいは身についてしまった脱走癖をコントロールするために必要な考えです。
子どもが脱走するのは、脱走したほうが子どもにとって自由なことができる、楽しい経験ができる、怖い目に会わないといった「メリット」がある環境になっているからだと考えられます。これを何とかして、家などの「いるべき場所」にちゃんといたほうがメリットがあるという環境に変えていくことが、この問題を根本的に解決する第一歩になるはずです。
例えば外に出たがる子どもに対しては、ただ外出を抑えるのではなく、決まった時間に散歩に連れて行ったり、家の中により楽しい刺激を用意することで、子どもにとって「脱走するよりしない方が楽しい」と思える環境を作ることを目指します。
ここでも、「罰(叱ること)には必ず代替行動の提示・強化を伴わせる」というルールが活かされていることが分かります。
・・・もちろん、我が家でも、ここまで配慮の行き届いた「叱りかた」が実際にできているのか?といえば、大きな疑問符がつきます(^^;)。
でも、少なくとも、こういったことを意識して叱るか、そうでないかという違いは、年単位でみたときに、極めて大きな違いを生み出すことは間違いありません。
自分で書いたことを自分自身でもかみ締めて、自分の子どもにもより上手に接していきたいと思います。
追補:今回の「叱り方」を書くにあたっては、次の本も参考にしました。
ABAの基礎となる、より実験心理学的な学習心理学を学ぶにはとてもいい本で、私も学ぶところがたくさんありました。値段もお手ごろでなかなかおすすめです。
学習の心理―行動のメカニズムを探る
実森 正子
サイエンス社
わが療育園で 問題行動のあるお子さんがいて 行動療法を知る手がかりに 一連のエントリをプリントして 差し上げようかなーなどと考えています。
余談ですが 「おくちが見えるDVD」歌っている方のお名前(フルネーム)が うちの娘の名前と限りなく似ているので ちょっとびっくりです^^;
今回のシリーズ記事は予想以上に反響が大きかったですね。
確かに、親としてはもっとも悩む問題の一つですから、これからもじっくり考えて、ちゃんと実践していきたいと思います。
ところで、↓はご存知ですか?(^^)
http://music.biglobe.ne.jp/nogi/
チェック済みですよん(^^)V
最後の記事は、特に勉強になり、私自身の反省にもなりました。
“代替行動の提示”と、“脱走するよりしない方が楽しいと思える環境づくり”が、これからの課題です。
親にとっても、具体的な目標が定まると、重荷にならず、頑張れそうです!
本当にありがとうございました!
お役に立てて嬉しく思います。
療育のためにABAの勉強をして一番役に立つのは、恐らく「罰を与える」ことも「ことばによる指示を通す」こともせずに、相手をコントロールできるようになる(少なくとも、そのための方法が分かる)ことだと思います。
このあたりは、先日ご紹介した「うまくやるための強化の原理」がとても分かりやすかったですね。
書籍「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」日本語訳をはじめ、色々なものを教えてもらいました。
取り寄せたおかげでPECSカードが出来上がり少しずつ成果が出てきてます。
2歳半の息子は、①口に食べ物でないものを入れてしまいます。
②イロイロな場所にマジックで書いてしまいます。
どちらもいけないとわかっています。
ニヤニヤしながらしています。
今回の「叱る」の記事をよんで、
どうしていつまでたっても口に物をいれてしまうのか、どんなに注意しても、書きまくってしまうのかをABC分析で考えていました。
出た答えが、息子は追いかけっこが大好きなのです。追いかけられたいのだと思います。どちらもこういう行動をすれば、私が止めようとして追いかけてしまっていました。息子はニヤニヤして喜んで逃げていました。
家の中では、口から物を出したり、ペンを返してくれるまで追いかけずに待っていますが、外ではそうはいかなくて追いかけています。
そこでなのですが、かけっこに替わる代替行動が思い浮かばないのです。
毎日外遊びの中で追いかけっこはしているのですが…
何かお知恵をいただきたくて、メールをさせていただきました。うまく文章が書けなくてすみません。
お子さんの行動にお悩みのことと思います。
ただ、これは過去にも何度かコメントとして書かせていただいていますが、私は素人ですので、お子さんの個別の問題行動の相談をお受けするということは控えさせていただいています。
ただ、この短い文章から私が感じることは、itta狂さんの推理以外にもいろいろな可能性があるかな、ということです。
例えば、①口にものを入れるのは自己刺激になっているかも、②追いかけっこではなく注目や「注意されること自体」が強化子になっているかも、③追いかけっこが強化子だとすれば、その代替行動を見つける必要はなくて、「追いかけっこをしたい」という意思表示ができるようになればよい、④悪いことだと分かっているかどうかは、まだ分からないかも、⑤マジックで自由に書ける場を用意してあげることも検討できないだろうか・・・、といったことを感じました。
また、このケースでは、私なら過剰修正法を適用することも検討すると思います。(罰の一種ですが・・・)
過剰修正法については、こちらを参照してください。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/61739527.html
早速絵カードで「かけっこ」を作りました。まだ行動には移してこないですが、
経過を見守りたいと思います。
丁寧な返信に感謝しています。ありがとうございます。これからも勉強させていただきます。
こちらこそ、よろしくお願いします。
問題行動への対応は、つくづく奥が深いと思っています。私が上に書いた以外にも、いろいろな切り口や考え方がありうると思います。いろいろな可能性を考えることが、よりいい解決法を見つけるためのきっかけになっていくと思います。
以前からこちらのHPが気になりブックマークしていたのですが、なかなかじっくり読むことができず…。今「叱り方」を拝見して目からウロコでした。
これから少しずつ勉強させていただきたいと思います。
コメントありがとうございます。
いやー、これは古い記事ですね。(^^;)
なんか文章が青臭くてちょっと恥ずかしいです。
ともあれ、ここで書いていることは行動療法的にみた「叱るとき」のコツみたいなものですので、ご参考になれば幸いです。
こちらの記事も興味深く読ませていただきました。
私の担当している子も、いくつか行動問題を抱えています。とりわけ「噛みつき・引っ掻き行動」がとても激しいので、どうにか原因を探って代替行動を提示してあげなければと思っています。
担当である私だけでなく他児にもよくやるのですが、年齢が年齢だけに力も強く、思い切り噛まれてしまった場合などは悶絶するほどです。痕も濃く残ってしまいます。
原因も色々と分析中なのですが、他児の関わりがしつこかったり、やりたくないこと(着替えや歯磨きなど)に誘われたくないときなどが多いような気がします。でもそれはあくまでも先行刺激なので、噛みつきや引っ掻きを継続するには何か別のメリットがあると思うのですけど…まだわかりません。
今は噛まれた際「いたい!」と注意しているのですけど、それだけでいいのかどうか…解決には時間がかかりそうです。
引き続きいろんな視点から見つめてみようと思います。
あと園に来る内科検診の先生から「自閉症児には叱ることでの刺激も必要なので、ちゃんと叱ったほうがいい」と言われました。
刺激の意味については詳しく説明してくださらなかったのですが、寧ろ慎重に使わなければならないと思っている私からするとちょっと懐疑的に感じています。
この「刺激」について、そらパパさんはどう思われますか?
コメントありがとうございます。
まず、このブログでは一般論に触れる以上のことはできないと考えているので、個別のケースについて具体的なお答えをすることはできない点、ご了承いただければと思います。
そのうえで、一般論として感じたことを書かせていただくなら、
噛み付きや引っ掻きを継続する強化子は、やはり欲求が満たされること(やりたくないことを回避できる、注目を受けられる、構ってもらえる、いろいろ配慮してもらえる、といったことなのではないかと思います。
逆にいうと、引っかきや噛み付きで満たされる欲求は、それ以外の表現では満たされていない可能性があるかもしれません。
単純に他害に代わる代替行動を用意したとしても、実はそれによって満たされる欲求に差がある場合には、その「差」を満たすために、他害が維持されてしまう、ということもあるかもしれません。
また、「叱ることの刺激」というのはよく分かりませんが、「してはいけないことをすると罰を受ける」ということによって、「この世にはしてはいけないことがあるんだ」「してはいけないことをすると罰が与えられるんだ」「罰を受けないために、してはいけないことを控えなければならないんだ」といった「ルール」を、どちらかというと内言的な言語行動として内面化する、ということは、何らかの方法で教えていく必要はあるかもしれないと思います。
なるほど。
こちらが代替行動として提示したものでも、相手にとってはそうじゃないかもしれないんですよね。つまり「代替としての機能を果たしていない」わけですね。
そして他害行動以外の方法では、今の所満たせない欲求…思い当たるようなそうでないような…私の理解力ではまだ雲をつかむような感じです。
ただ、他害行動を起こすほど伝えたいことや叶えたいことがある。そう彼が感じるようになったということは、今まで無頓着だったことに比べると1つの成長の形なのかもしれませんね。
仮説と検証を繰り返して、トライしてみようと思います。
刺激についてのコメントもありがとうございました。
「内言的な言語行動として内面化する」というのは「自分自身の内部言語として、やってはいけないことのルールを受け入れる」ということなのでしょうか?その為の方法のとして「叱る」ことも有効だと先生はおっしゃりたかったのでしょうか?
理解力が足りず申し訳ありません。
コメントありがとうございます。
「内言的な言語行動として内面化する」というのは、「こうすると、こうなる」という言語的なルールを学習すること、さらには、「行動とその結果との間には因果関係がある」という「世界観」を学習することをイメージしています。
問題行動に対して代替行動を学習するというのも1つのやり方ですが、やはりそれだけではなく、問題行動について「やったら怒られる」ということをさまざま学習することで、より広汎的な「この世にはやったら怒られることがある、具体的にはこれやこれやこれだ」といった、俯瞰的な「世界観」を学習することも重要なのではないかと思っています。