自閉症児と絵カードでコミュニケーション -PECSとAAC-
著:アンディ・ボンディ ロリ・フロスト
二瓶社
第1章 コミュニケーションとは何か?
第2章 コミュニケーションというコインのもう一つの面:理解
第3章 話すことができないのか?コミュニケーションができないのか?
第4章 なぜ彼女はそうしたのか?行動とコミュニケーションの関係
第5章 拡大・代替コミュニケーションシステム
第6章 絵カード交換式コミュニケーションシステム(PECS):最初のトレーニング
第7章 PECSの上級レッスン
第8章 理解を促すための視覚的方略の活用
本書は、当ブログでも「殿堂入りおすすめ本」として早くから注目していた、PECSの入門書「A Picture's Worth」の、待望の日本語訳です。
ところが、読み進めていくと、実は残念ながら手放しで喜べないことが分かってきました。
当ブログでの経緯をご覧になっていた方はご存知のとおり、本書における日本語訳のクオリティが決して高くないため、本来明快な原文の論旨が読み取れなくなっていたり、療育の手順がおかしくなっていたりする部分が少なからずあるのです。
その問題を解決するため、原文と首っ引きで日本語訳を検証して、大急ぎで「私製日本語訳修正案」を制作しました。(下記のリンクです)
「自閉症児と絵カードでコミュニケーション -PECSとAAC」私製日本語訳修正案
こちらのリンクをご覧になれば分かるとおり、日本語訳の「修正すべき」ポイントは実は非常にたくさん存在します。
ですので、ある程度の英語力のある方(カジュアルなペーパーバックが読めれば十分でしょう)は、原文の「A Picture's Worth」に直接あたったほうが、もしかするといいかもしれません。
A Picture's Worth(Amazonへのリンク)
ともあれ、ここから先は、上記リンク先の「修正案」で修正された本書、または原文である「A Picture's Worth」に対するブックレビューとしてお読みいただければと存じます。
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本書は、自閉症児のコミュニケーション能力を伸ばす療育を、絵カードを使って行なうという「PECS」(ペックスもしくはペクス、絵カード交換式コミュニケーションシステム)の入門書です。
著者のアンディ・ボンディ氏は、バリバリの応用行動分析(行動療法、ABA)の研究者・実践者であり、当然ながら本書を貫いている療育理論も、完全にABAがベースになっています。
そういう意味では、PECSは「ABAによるコミュニケーション療育法の一種」ということになります。(ちなみに、TEACCHでもPECSは積極的に導入されつつあります)
私はもともと、ABA的手法による「ことばの療育法」には、懐疑的というか、「こんなに面倒な方法しかないの?」という落胆を強く感じていました。
従来の多くのABAに基づく療育法がこれまで採用してきた(そして、現在でも採用している)「椅子に座らせてアイコンタクトさせて、動作模倣を覚えたら音声模倣をさせて、やがてことばのマッチングをさせる」というスタイルで行なう「ことばのABA」は、極めて非効率なやり方だと思いますし、そもそも本当に有効なのかどうかさえ、疑問に感じていました。
そんな中で出会ったのが本書であり、ここに書かれた「PECS」の考え方に私は深い感銘を受け、「これこそABAの本当の強みを生かしたコミュニケーション療育法だ」という思いを強くしたのです。
端的にいって、従来型の音声模倣をベースにしたABAがなぜ難しいかというと、「音声模倣は物理的にプロンプト(手助け)できないから」ではないでしょうか。
例えば、ただ一言「あ」と言わせることを考えても、子どもの口をとって「あ」の形にして「あ」と言わせようとしても、うまくいきようがないわけです。
ですから仕方なく、「親のやることを模倣するといいことがあるよ」ということを先に教えて(動作模倣)、そこから間接的に、子どもが音声模倣をしてくれるようになるよう誘導していくことを考えることになります。
ところが、「動作模倣」をやらせるためには、「まともなABAのトレーニング」ができるように、イスに座ること、アイコンタクトして指示に従うことなど、さらにその前提となる訓練が必要になるのです!
これでは、いったいいつになったら「あ」と言わせられるのか想像もつきません。
いま目の前にいる子どもには、飲み物や食べ物が欲しかったり特定の遊びをしてほしかったりと、ちゃんと「コミュニケーションすべきこと」があるのに、それらを全部無視して、「はい、イスに座ってー」とやるのが、本当に「コミュニケーション療育」と言えるのでしょうか?
その問題を一気に解決するのが、PECSです。
PECSでは、音声言語によるコミュニケーションにはこだわらず、コミュニケーションが本来持っている「機能」に着目します。
つまり、音声言語を使わなくても、コミュニケーションの機能が果たせるのであれば、それはコミュニケーションであり、それを伸ばしていけばいい、と考えるのです。
そこで導入されるのが、ことばの代わりとなる「絵カード」です。音声の代わりに絵カードを使うことは、小さいことように見えて、実はトレーニングを劇的に効率化してくれます。
先の話からつなげて書くと、PECSで絵カードを使ってコミュニケーションを教えることの、教える側からみた最大のメリットは、「物理的にプロンプトできる」ことにあります。
つまり、目の前におかしの絵カードを置いておき、おかしを取ろうとしたときにその手を物理的につかんで、絵カードを握らせて交換させる、という動作を手助けすることが簡単にできるのです。模倣もイスに座ることもアイコンタクトも、何も事前に教えておく必要はありません。
子どもが欲しがるものの絵カードを作るだけで、その瞬間からすぐトレーニングが始められるのです。
これは教える側だけでなく、子どもにとっても大きなメリットです。
何しろ、親が手助けするとおりにカードを渡せば、それだけでそのとき欲しいものが簡単に手に入るのです。
欲しいものが手に入るため、絵カードを使う動機づけも高くなりますし、絵カードを渡すという行動も音声言語を発することに比べればはるかに簡単なので、容易に習得できます。
実際、2・3回教えるだけで絵カードの交換ができるようになる子どももいるようですし、相当に重度なお子さんでも、数日から1週間程度で、ほとんどの場合、簡単な絵カードの交換ができるようになるはずです。(「重度」である私の娘も、数日でマスターしました)
元来、ABAという技法を活用することのメリットは、それによってさまざまな行動を効率的に習得させられるところにあるはずです。(そうでなければ、少なくとも臨床技法としては有効とは言えないでしょう。)
だとすれば、長い長い、まるで修行のような訓練を必要とする従来型の「ことばのABA」よりも、PECSによる「機能的コミュニケーション療育」のほうがより進んだ療育法であることは間違いないと思いますし、当ブログが目指している「頑張らない家庭の療育」のためには最適な療育法だと言えるでしょう。
「絵カードを使うとことばが出てくるのが遅れるのでは?」という疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうが、そういう心配は無用だということが本書の中でも説明されていますし、「単に音声を発すること」と「他人と有意味なコミュニケーションがとれること」のどちらが本当に大切なのかを冷静に考えれば、どちらの療育を優先して始めるべきかは自明だと思います。
本書は、ことば、もしくはコミュニケーションが遅れている自閉症児の療育を考えるとき、絶対に外せない本だと言えるでしょう。
日本語訳の出来がイマイチなのが本当に、本当に惜しまれるのですが、私の私製修正案をご活用のうえ、ぜひお読みいただければと思います。
※その他のブックレビューはこちら。
「自閉症と絵カードで・・・」を読んでPECSを始めたのですが フェイズ4に進んだところで もう1つの分厚いPECSの本を読んだところ 私は「いいえ」などを子供に教えていませんでした。いいえと首を振る事はうちの子には難しいかな?と、思って「イヤ」カードを作りましたが、なかなか理解出来ないようです。そらパパさんちはどうされているか、参考にさせてもらえれば と思い メールさせていただきました。差し支えなければ よろしくお願いします
私はPECSの正式な研修を受けていませんし、例の厚いPECSマニュアルは全部は読めていないのであまり具体的な質問にはお答えできないのですが、「いいえ」を絵カードで答えるというのは難しいように思います。(いいえと答えるのは、要求を表現するマンドとも、状況を述べるタクトとも異なると考えられるからです)
「分厚い本」にあるように首ふりで教えるか、もともとお子さんに嫌がるときの典型的なそぶりがあるなら、それに近くて社会的に許容されるような行動を形成するやりかたが考えられるのではないでしょうか。
コメントありがとうございます。
PECSの絵カード枚数ですが、最小は「1枚」です。
子どもの側がやってほしいこと(通常、最初は「食べ物・飲み物などの好物」でしょう)の絵カード1枚を使って、絵カードを手渡したらそれがもらえる、という学習をさせるところから始めます。
1枚でのトレーニングを徹底的にやった後で、2枚・3枚と増やしていきます。
ジェスチャーとPECSですが、実績があるのはPECSのほうですね。
絵カードは絵カード自体に「具体的なもののイメージ」が表示されているだけ具体的ですが、ジェスチャーはそれ自体が抽象的ですよね。
ですので、「言語」としても、ジェスチャーのほうが一般的に難易度は高いと思います。
(もちろん、実際にはお子さんにより違うと思います。動作模倣が非常に優れているお子さんなら、ジェスチャーでもいいかもしれません。)
ご参考になれば幸いです。