先日よりご紹介している、PECSの入門書「A Picture's Worth」の日本語版、「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」を読み進めています。



本書は私にとっても待望の日本語版であり、今後の自閉症児の療育に大きな影響力を持つ本になることは間違いありません。

・・・が、です。
私の現在の本書の読み方は、当初考えていたものとはかなり違うものになってしまっています。

というのも、(こういうことを書くのは恐れ多いのですが)どうも誤訳と思われる箇所がけっこうあるようだということに気づいたからです。

PECSの基本についての理解や、療育の内容が変わってしまうような致命的な誤訳はまったくありません。が、文章の論旨がおかしくなっていたり、ニュアンスがずれてしまっている箇所はかなりあるように思います。

もちろん私も一語一句つき合わせて読んでいるわけではなく、日本語のほうを読んでいって、違和感を感じたときに原文と比較してみると、ちょっと訳がおかしいということに気づく、という感じです。

もちろん、私の英語も怪しいものですし、私のほうが誤解している箇所も多々あるとは思いますが、本書(原本)に強い思い入れを持つ人間として、私なりの「日本語訳修正案」をぜひ書いてみたい、と思いました。
どちらの文章が正しいかは、ユーザーの皆さんにご判断いただきたいと思います。

なお、「修正案」は読み進めるにしたがって順次書いていき、全部終わった時点で改めてまとめる予定です。

ちなみに、今日は第3章の「修正案」について書きたいと思います。



第3章 そらパパ版日本語訳「修正案」

P25 8行目 胎児であったとき → 受精時
P25 22行目 さらに、自閉症の子どもの中には → さらに、なぜ自閉症の子どもの中には
P25 24行目 子どもがいたり、あるいは無発語のまま → いる一方で、
P25 25行目 子どもがいることについても → 子どももいるのかについても
P26 21~22行目 コミュニケーションができない子どもや大人には、かなり厳しいものがあります。 → コミュニケーションができない子どもや大人は、かなり厳しい目にあいます。
P26 22行目 自分にもっとも重要なことを → 自分にとってとても重要なことを
P28 3行目 誰と一緒にしようとしているのか → 誰と一緒に作業をしようとしているのか
P31 8行目 可能性はきわめて低いと言えます。 → 可能性は低いと言えます。
P31 9行目 それはきわめてまれな例です。 → それはまれな例です。
P32 10行目 a)話し言葉の模倣ではない使い方を → a)模倣ではない話し言葉の使い方を


繰り返しになりますが、私は本書をとても高く評価していますし、本書の出版にこぎつけて下さった関連各位の方々に心から感謝しています。
だからこそ、1つの「熱烈な」感謝の気持ちの表現として、日本語訳をできる限りブラッシュアップして、誰にでもアンディ・ボンディ先生の明快で論理的かつ深いメッセージが届くようにしたいと強く感じているのです。

失礼なことを書いているということは了承していますので、しかるべき方よりご連絡いただいた場合は、削除も検討いたします。

(次回に続きます。)


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