2011年07月25日

発達障害のいま(ブックレビュー)

待望の続編です。
ただし内容は前著以上に、特定のテーマについて特定の立場から書かれた「専門書」色を強めています。


発達障害のいま
著:杉山 登志郎
講談社現代新書

序章  母子並行治療をおこなったヒナコ
第一章 発達障害はなぜ増えているのか
第二章 発達凸凹とは
第三章 発達凸凹の可能性
第四章 トラウマの衝撃
第五章 トラウマ処理
第六章 発達障害とトラウマ
第七章 発達障害と精神科疾患 その1
第八章 発達障害と精神科疾患 その2
第九章 未診断の発達障害、発達凸凹への対応
終章  療育、治療、予防について

本書は、発達障害に関する新書として超ロングセラーを続けている「発達障害の子どもたち」の続編に位置づけられる新刊です。


発達障害の子どもたち(講談社現代新書)
杉山登志郎
当ブログレビュー記事

ただ、この「子どもたち」、決して「入門書」ではありません。
発達障害全般をフラットに概観するというよりは、あくまで杉山先生の考えかた、立場から「これまでの発達障害の枠組みを再構成する」という色合いが強い本なので、より一般的な入門書の次に読む「2冊め、3冊め」の本と位置づけるのが適切でしょう。

そういう前提を踏まえて、今回の「発達障害のいま」を読んでみると、前著の「杉山流発達障害論」という色合いはさらに強まり、また想定読者も明らかにより専門家(臨床家)向けのものに変わっていることに気づきます。


この本、第3章までと第4章以降でほとんど別の内容が書かれているように見えます。
一方、第1章の手前にある「序章」は、第4章以降の内容に沿ったものになっているので、そういう意味では序章~最終章までのなかで、間にはさまれた第1章から第3章だけが「浮いて」いる印象です。

そういう構造としてみると、この本は、実は第4章以降が「本編」で、第1章から第3章まではそこに至るまでの導入、あるいは本書をかろうじて「入門書・概論書」として成り立たせるための前振りであることが分かってきます。
本書から第1章~第3章を取り除いて、序章の次にいきなり第4章以降が続く構成になっていたなら、本書の印象はがらりと変わり、臨床の専門書としての性格をより明確していたことでしょう。
もしそういった構成だったとすれば、本書のタイトルは「発達障害と虐待・トラウマ・精神科疾患」といったものになっていたのではないかと思います。

入門書的なノリで第1章から第3章を読み始めると、発達障害は脳の障害で、発達に凸凹があって天才児もいるからうまく指導してあげると伸びますよ、的なオーソドックスな発達障害論を展開しているように読めてしまいます。(そして、第4章からの全然違った内容に面食らうでしょう。)
でも、たぶん著者の意図はそうではありません。
この部分を、第4章以降への「導入」として読むとするなら、そこに書かれていることは要はこういったことになるのではないでしょうか。

・発達障害は脳の複合的な異常によって起こるが、その複合性の軽重によって素因レベル(個性の範囲=「発達凸凹」)から障害レベル(発達障害)までの連続体(スペクトラム)を形成している。
・子どもがそのスペクトラムのどの位置に存在するかは、遺伝的要因により初期値が決まり、環境的(外在的)要因によって左右にシフトする複合的な構造をもっている。
・環境面での発達障害の最大の憎悪要因が、虐待等によるトラウマである(と著者は考えている)。
→だから第4章以降でトラウマの話題に入る

そのうえで、第4章以降は発達障害とトラウマ(とそれに関連するフラッシュバックと解離等)の問題とその対応、発達障害と精神科疾患(発達障害に併存する疾患、大人の未診断の発達障害、未診断事例にみられる誤診等)とその対応といった形で、極めて複雑・怪奇・複合的な、こじれにこじれた事例が次々と紹介されていきます。

ただ、実は私はこの第4章以降に対しては、あまり具体的に読み解き方を見出せていません。
発達障害の子どもと親にかかる複雑な事例が延々と続いていくのですが、あらゆる発達障害のこじれた事例がすべからく過去の虐待やいじめによるトラウマ、そこからくるフラッシュバックや解離によって説明され、それに対する治療が効いたり効かなかったり(効かなかった場合は「トラウマが深刻でフラッシュバックが強すぎた」などと説明される)、という、いわゆる力動的精神療法理論に基づく講釈、治療の事例紹介となっていて、どうしても納得感をもって読んでいくことができないからです。

当ブログを以前よりご覧いただいている方はご存知のとおり、私は力動的精神療法については明確に否定的です。当然、そこから導かれる治療や療育(具体的には遊戯療法や絶対受容など)に対しても評価していません。
まあ、本書の場合、説明は力動的であっても、実際に採用されている治療法はEMDRや認知行動療法(CBT)などEBMに基づいたものが多いので、その点については安心して読めるのですが…。

きっと、杉山先生のような優れた臨床家には、この力動的枠組みで発達障害の世界が「見えて」いるのでしょう。そこから導かれる治療を否定するものでもありません。
でも、それを「講釈と事例紹介」として言語化したとしても、私のような「一般」読者にとっては再現性も一般性もないトートロジー的なエピソード以上のものにはならないように思います。
それはまさに、このあと引用する部分で著者自身が書いているように「匠の技」であり、「匠」ではない私たちにとってはエピソードとして文学的に読む以上の意味を見出すことは難しいのではないでしょうか。

さて、そんなわけで、あまり一般性・再現性を見出せない臨床事例と力動的解釈の連続に、「この本を一般の親として読んでもあまり意味がなかったのかなあ」と少し感じながら読み進めていったのですが、最後の最後「終章 療育、治療、予防について」で、ようやく一般向けの話題に戻ってきます。
療育の要点は、もともとの問題を軽減させること、同時に二次障害を作らないことである。しかもその方法は、名人による名人技ではなく、ごく普通の両親、保育士さんが可能なパッケージでなくてはならない。名人によって作られた茶碗はすばらしいが、大多数の家庭に茶碗がない状態において、匠の技をあれこれ評価してもまったく始まらないからである。大量生産の普及品を行きわたらせることこそ、今求められているテーマなのだ。
(初版240ページ)

うん、そのとおり。
で、その「一般性と再現性のある方法」として何が書いてあるんだろうと読んでみると・・・
自閉症スペクトラムをはじめとする発達障害、発達凸凹の場合、二つのキーワードに集約される。愛着の形成促進とトラウマの軽減である。
(初版241ページ)

あらら、結局「愛着」と「トラウマ」ですか・・・。
そして話題は、愛着形成とトラウマ軽減のための(子どもではなく)親への訓練=ペアトレの必要性に移り、障害の理解、子どもの健康管理やスキンシップによる愛着形成、体罰や厳しい叱責によるトラウマ形成の回避、集団活動に参加させることの重要性などが述べられていきます。

書かれていることの大半は順当で、内容的にも前著「発達障害の子どもたち」に書かれていた療育の方針とほとんど変わってもいないのですが、そういう中に「愛着」とか「トラウマ」といった「目に見えず、確認できない」概念が混ざってしまうと、それは「大量生産の普及品」ではなく「匠の技」に近いものになってしまうのではないでしょうか


全体として、「発達障害について一般的なことが概括的に書いてある本」ではなく、「杉山先生の発達障害論とそれに基づく臨床での治療事例が書いてある本」です
その内容をどう判断し、どう自らの療育なり支援なりに活かしていくかは、読者に委ねられていると言っていいでしょう。
発達障害ないし自閉症スペクトラムについて既に知識があり、複数の本を読んでいて、新刊を読んだときにそういった「他の発達障害論」のなかの相対的な位置づけを意識しながら「この先生はこういう立場でこう考えて、こう働きかけているんだな」といった読み方ができる方なら、発達障害臨床の最前線について、新書とは思えない「濃い」本として読めるのではないかと思います。

前著「発達障害の子どもたち」は、「2冊め、3冊めの本」としておすすめしましたが、本書は、同じ文脈で例えるなら、「10冊めの本」なのだと感じました。
特に、ABAをはじめとする「行動療法」についての本を本書より先に読んでおくのがいいのではないでしょうか。
ちょうど、島宗先生が力動的精神医学の概念を行動分析の理論で再解釈するという興味深いエントリを書かれていました。この本を読み解くときには、これくらい「メタな視点」があったほうが見通しがよくなるのかもしれません。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 21:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 療育一般 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
りんごのたね です。いつも勉強させていただいてます。今回のレビューも本当に丁寧で,そらパパさんの真摯さに改めて感心しました。この本,出て早速読んだのですが,予想以上に「杉山ワールド」が強くて,「消化しにくいなあ,バリウム飲んだみたいだなあ」と感じていました。まわりの現場の人たちは今回も「入門書」みたいなつもりで読まれるだろうなあ,戸惑わないかな,そのEMD…っての良いの?って聞かれたら自分はどう答える?などと考えておりました。で、そらパパさんのレビューを読んで改めて考えた事。(そらパパさんほどの力はないけれど)現場で仕事するものの一人としては,この本を前にして,「では、自分は何を大事にして,どんな筋道で働こうと思うの?」改めて考える機会になったな,と思いました。そう考えたら,「バリウムが排出されそうに」なって来ました。
Posted by りんごのたね at 2011年07月25日 22:10
そらパパさん、こんにちは。
専門家(職業)のかたは、それぞれ仮説というか理論あるみたいですが、親は自分の感じたことを率直に語っていいと、私は思います。(私の娘も自閉症です)。
別に、専門家の理論を証明するために、親ががんばってるわけじゃないですし。

今後も、健康をお大事に、奥様とお子さんと笑顔で暮らしていけますよう。笑顔でいるためには、影でいろいろありますが、それに想像が及ばない人の横槍に、うんざりされませんように。
Posted by かとうママ at 2011年07月26日 22:00
私はまだ本書を読んでいませんが、今回の書評はそらパパさんらしくないな、と思いました。

これまでのスタンスは属人的な再現性の低いものについては明確に否定的だったように受け止めていますが、「発達障害ないし自閉症スペクトラムについて既に知識があり、複数の本を読んでいて、新刊を読んだときにそういった「他の発達障害論」のなかの相対的な位置づけを意識しながら「この先生はこういう立場でこう考えて、こう働きかけているんだな」といった読み方ができる方」ってそうそういない(≒再現性が低い)と思われるのに、「発達障害臨床の最前線について、新書とは思えない「濃い」本として読める」という肯定的な表現をされているのは、何か意図があるのでしょうか?
Posted by はじめ at 2011年07月26日 23:46
皆さん、コメントありがとうございます。

りんごのたねさん、

この本は明らかに「入門書」じゃないですね。発達障害についての一般的な理解についての説明はほとんどなく、それを「前提」に、杉山氏が経験したさまざまな事例について独自の視点から解説していく本になっていますから。
EMDRは「なぜ効果があるか分からないけど、有効性についてのエビデンスがある」という療法だそうです。うちも娘がパニックしてひざとかバンバン叩くときに、左右同時じゃなくて交互に叩くように誘導しようかと思っています(笑)。
おっしゃるとおり、この本はそのまま「飲み込む」というより、考えるきっかけを与えてくれる本なんだろうと思います。


かとうママさん、

お気遣いありがとうございます。
個別の事例(エピソード)から何かを一般化して理解することは、とても難しいことです。
特にそこに、トラウマや愛着といった「目に見えない概念」を含めてしまった場合、「わかったようで実はわかっていない」ということがしばしば起こります。
本書を読んで「トラウマを避けて、愛着形成を意識することが大事なんだな(そうしないとこの本みたいな深刻な事態になりかねないんだな)」と「わかった」気になったとして、それで具体的に何をすればよくて、それが有効な働きかけになっていることをどうやって確認すればいいのか、分からないというのが問題だと思っています。


はじめさん、

本書について、再現性が低いにもかかわらず単純に否定していないのは、取り上げられているテーマが「発達障害の臨床の最前線で問題になっている事案」であり、かつ、その事案があまりにも複雑なため、エピソードの集合体としてしか記述できないのはやむを得ない側面もあると考えたからです。
例えばこれが、ABAやTEACCHの枠組みで十分対応できそうな「日常の療育」に関するテーマであれば、それをわざわざトラウマやフラッシュバック、解離といった難解な力動的枠組みで講釈するような内容を支持する必然性はないだろうと思います。
ただ本書で扱われているのは、恐らく臨床の現場で、「絶対に簡単には答えが見つからない、試行錯誤でさまざまな仮説をおきながら対応していくしかない」、そういう極めて複雑な事案ばかりです。
そこに杉山先生は「虐待・トラウマ・フラッシュバック」のような概念で構成される独自の枠組みを設定し、その枠組みの中で対応を模索し、具体的な治療につなげていく(治療そのものは比較的EBM的)わけですね。
ですから、取り上げられているテーマの興味深さと、その問題に対する独自の枠組みを読み解く面白さ、そういう観点から、今回のブックレビューを書かせていただきました。

Posted by そらパパ at 2011年07月27日 20:15
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