2006年08月17日

「叱ること」について(2)

前回にひき続き、「自閉症児を叱ること」について考えていきたいと思います。

「叱る」というのは、たくさんの副作用を持つ行為です。
特に「叱られる」ということそのものに純粋に反応する傾向が強い自閉症児の場合、闇雲に叱ることは、逆にさまざまな問題行動を増加させることにつながりかねません。

この辺りを、ABAの考え方から整理してみたいと思います。

叱る、というのはABA的にいえば「罰」(嫌子の提示による弱化)にあたります。
つまり、「嫌なもの」を提示することで望ましくない行動を減らす、というのが「叱る」という行為の端的なメカニズムだといえます。

ただ、この罰=叱るというのは、行動のコントロール方法としては次のような問題点を持っています。

1. 問題行動の直後に叱らなければ効果がない。
2. 叱られた原因が子どもに弁別できなければならない。
3. 叱るのをやめると行動が復活する。
4. 叱られる状況と叱られない状況との間に分化強化学習が成立してしまう。
5. 恐怖反応に基づく別のレスポンデント条件付けが成立することがある。


それぞれ説明していきたいと思います。

まず1.について。
ABAでは、ある行動の直後に何が起こったかが、その行動が増えたり減ったりする決定的要因になると考えます。
これは言い換えると、強化したり罰を与えたとき、実際に影響を受けるのはその「与える」直前の行動であって、必ずしもこちらが想定している行動だとは限らない、ということです。
ですから、罰を与える場合も、望ましくない行動の直後に与えた場合に限って効果があり、時間がたってしまったら期待される効果は得られない(それどころか、期待しない副作用が発生する)ということになります。

最もありがちな例で考えてみましょう。
例えば外で問題行動を起こしたという連絡を受けて、慌てて駆けつけたときに叱ったとしましょう。ABAの理論に照らせば、このケースでは、「叱る」という行為によって本来期待されている効果、つまり「少し前に子どもが起こした問題行動を抑制する」という効果は得られません。
その代わり、叱られる直前に起こったこと、つまり「あなたが登場する・視界に入る」ということと「叱られる」という罰との間に学習が成立します。
それによって、「あなたが登場したら(叱られないように)逃げる」「あなたが視界に入ったら(叱られないように)視線をそらす」といった行動が形成される可能性が高いのです。
つまり、期待される効果が得られないばかりか、思わぬ副作用が発生していることになるわけです。

次に2.を考えてみましょう。
ABAには「弁別刺激」という概念があります。
これは、例えばハトの前にスクリーンのついた2つのボタンを提示し、それぞれのスクリーンに真円(完全なマル)と楕円を表示し、真円のほうをつつけばエサが出るが、楕円のほうはエサがでないという学習をさせたとします。
これくらいの課題であれば、ハトは難なく学習するでしょう。この場合、真円の表示されたスクリーンは、ハトの「つつく」という行動を強化するための弁別刺激になっている、という言い方をします。

ところがここで、楕円をどんどん真円に近づけていったとしましょう。ある程度まで近づけると、ハトはどちらが真円か分からなくなり、学習できなくなります。
この状態では、真円のスクリーンはハトのつつき行動にとっての弁別刺激にならなくなってしまったということになります。
ここでもう1つ興味深いのは、こういった「わけが分からない」状況に陥ったハトは、ストレスで体調を崩したり、攻撃的になったり、常同行動や自己刺激行動を起こしたりすることがよくあるのです。

子どもを叱る場合も同じで、何をしたから叱られたのか、代わりにどのように行動すれば叱られないかが子どもにとって分からない状態で叱っても、効果はありません。
それどころか、子どもをを混乱させ、ストレスを与え、攻撃行動(パニック)や常同行動を誘発することになってしまいかねません。

例えば、3時に棚からおやつを取っても叱られなかったのに、夜9時に同じ場所から取ったら叱られた、というケースでは、子どもが「おやつを食べるのにふさわしい時間がある」ということが理解できない限り、叱っても混乱させるだけです。(おやつを食べる時間、というのは弁別刺激としてはかなり難しい「課題」です。)
このようなときに、延々と「叱っている理由」を説明しても、実際には子どもは「同じことをやっても叱られるときと叱られないときがある」と受け止めてしまう(そして混乱する)だけでしょう。
そして、このケースも1.と同様、「あなたが登場すると叱られる(だから逃げる、視線をそらす)」という学習につながってしまう可能性があります。

この場合、「叱る」という対応は不適切で、おやつの場所を時間ごとに変えるとか、棚に○×のカードを下げるとかして、より分かりやすい「弁別刺激」を用意してあげるといった工夫が必要なのです。
これは、ABA的に言えば「弁別刺激のコントロール」ですが、TEACCH的にいえば「空間の構造化」ということになり、いずれにせよ重要な療育テクニックです。

また、「叱る」こととは少し違いますが、「待って」とか「あとで」とか「今度ね」といった言葉も同様で、こちらの本意を伝えるのが非常に難しい表現だと心しておく必要があると思います。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 療育一般 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。時々覗かせていただいてます。
今日娘が園で娘のよく知らない先生に叱られました。
そのあとパニックを起こし、外へ脱走したりおやつを食べなかったり…。
記事を読んで原因が解ったような気がします。
続き楽しみにしています。
Posted by チビクマ at 2006年08月18日 23:02
チビクマさん、はじめまして。

安易に「叱る」というのは、攻撃行動や逃避行動につながるばかりで、肝心の問題行動のコントロールにはまったく役に立たないことも多いと思います。

私たちの立場に置き換えてみても、例えば突然外人にフランス語で怒られて、なぜ怒られたのか、どうすれば怒られないのかが分からないとすれば、むしゃくしゃして、その外人を避けることを考えますよね。
それと同じなわけです。

このシリーズ記事は全部で5回を予定しています。よろしければ引き続きご覧ください。
Posted by そらパパ at 2006年08月19日 00:47
今回紹介されている楕円と円の弁別実験はパヴロフのお弟子さんの実験で最初パヴロフが実験精神病としてほうこくしたものです。
 彼は大脳の興奮層と制止層の混乱が精神病を生じるものと考えていました。
 わたしには就学延期で入学した小学校で、“ふ”の字を書くたびに担任教師から殴られ続けていた記憶があります。わたしが国民学校に入学したころは最初は片仮名でしたので一学期には“ヨ”の字、“ク”の字、“ノ”でした。わたしには何故字を欠くたびに殴られるのか解からないままだったのですが、自分の子供が幼稚園にはいったときにやっとその理由がわかりました。わたしは鏡文字を書いていたのです。
知能テストで本当に課題が出来ていないのではなく課題の教示が正確に伝わっていない為に課題に正解できない子どもさんがいることにも留意して欲しいとおもいます。専門家は心の理論などというわけのわからない理論を称え、自閉症児の欠点を責めつけますが子供が正解できないのは教示が充分に伝わっていないだけの話なのです。子どもさんを扱う場合には不十分な教示はこどもを混乱させるばかりであることに留意いただきたいとおもいます。また。時々コメントをさせてください。
Posted by don at 2006年08月21日 13:43
donさん(今後このように呼ばせてください)、

コメントいつもありがとうございます。
確か私はこのハトの話は「アニマル・ラーニング」か何かで読んだ記憶がありますが、パブロフに関連する実験だったんですね。

自閉症児と「格闘」していると、donさんのおっしゃるとおり、「何が本当に伝わっているのか」を真剣に自分に問わなければならない瞬間が何度もやってくることを実感します。

素人の未熟な記事が続きますが、今後とも御教唆いただければ幸いです。
Posted by そらパパ at 2006年08月22日 00:57
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