アンディ・ボンディ先生の話は、ここから急に(私にとって)面白くなります。
これまでの整理をふまえて、実際の自閉症児向けのコミュニケーション療育プログラムが、これらの言語行動をどのように組み合わせたカリキュラムになっているのかを、PECSの場合と「これまでのコミュニケーション療育法」の場合で比べてみるのです。
「これまでの・・・」というのは、講義の中でははっきりとは明言されていませんが、後の具体例をみるとモロにロヴァース式の早期集中介入型の療育プログラムが比較されていることが分かります。
これ、実際に見比べると本当に面白いですし、私がこれまでに漠然と指摘していた「ロヴァース式のコミュニケーション療育が非常に非効率的であること」を、くっきりと理論的に浮かび上がらせていて非常に興味深いです。
(なお、ボンディ先生は講義の場で「これまでの方法」がだめだ、という意味ではなく、違いを比較しているだけだ、と強調していたことを付記しておきます。)
1.PECSの場合
①マンド/タクト
子どもが欲しがるものを見せながら、絵カードを渡す訓練をする。
②マンド
実物が目の前にない状態で、欲しいものを絵カードで渡す訓練をする。
③イントラバーバル/マンド
「何が欲しいの?」という問いに絵カードで答える訓練をする。
④イントラバーバル/タクト
「何がありますか?」という問いに絵カードで答える訓練をする。
⑤タクト
子どもが自発的に絵カードで「○○があります」と表現する訓練をする。
2.これまでのコミュニケーション療育の場合
①先習行動
いすに座る、視線を合わせる、指示に従う、マッチング、動作模倣などを訓練する。
②エコーイック
音声模倣を訓練する。
③イントラバーバル/エコーイック/タクト
りんごを見せながら「これは何?りんご」と親が言って、子どもに「りんご」と言わせる。
④イントラバーバル/タクト
りんごを見せながら「これは何?」と親が言って、子どもに「りんご」と言わせる。
⑤タクト
りんごを見せながら、子どもに「りんご」と言わせる。
⑥イントラバーバル/エコーイック/マンド/タクト
子どもが欲しそうなもの(○○)を見せながら「何がほしいの?○○をください」と親が言って、子どもに「○○をください」と言わせて、○○を与える。
⑦イントラバーバル/マンド/タクト
子どもが欲しそうなもの(○○)を見せながら「何がほしいの?」と親が言って、子どもに「○○をください」と言わせて、○○を与える。
⑧マンド/タクト
子どもが欲しそうなもの(○○)を見せながら、子どもに「○○をください」と言わせて、○○を与える。
⑨マンド
目の前に欲しいもの(○○)がなくても、子どもが「○○をください」と言えるように訓練する。
※ここに出てくるマンドなどの単語については、前回の記事で解説しています。
・・・この比較から、2つの非常に重要な事実が読み取れます。
1つは、言うまでもありませんが、PECSのカリキュラムの圧倒的なシンプルさと、最初にマンド(要求表現)が身につくことで、子どもにとって「PECSでコミュニケーションすると欲しいものが簡単に手に入る!」という非常に強い動機付けができるというメリットです。
それに対し「これまでの方法」では、いきなり「先習行動」という非常にやっかいなトレーニングから始まります。これはたったの1行で書いてありますが、実際にチャレンジしてみると、下手をすると1年以上かかるとても大変なトレーニングです。
そして、それが終わるとエコーイック(要は音声模倣)のトレーニングに入りますが、これは、「親のサルマネをするといつもの強化子がもらえる(必ずしも子どもが本当にその瞬間に欲しいものではない)」という訓練ですから、コミュニケーションとは到底いえないようなトレーニングです。
その後も、ひたすら親の真似をするようなトレーニングばかりが続き、最後の最後にやっと、欲しいものが任意に手に入るという「マンド」に到達します。
子どもにとって端的に重要なコミュニケーションがまずは「マンド」であることを考えても、このトレーニングカリキュラムが極めて非効率的であることは一目瞭然です。(これはあくまで私の意見です)
実はこの両者の比較からは、もう1つとても重要な違いが見えてくるのですが、それは次回ご紹介したいと思います。
参考書籍:PECSの(英語ですが)安価なマニュアルです。(レビュー記事)
A Picture's Worth : PECS and Other Visual Communication Strategies in Autism
著:Andy Bondy, Lori Frost
Woodbine House (2001)
(次回に続きます。)