2006年07月04日

RDI「対人関係発達指導法」(プレ・ブックレビュー)


RDI「対人関係発達指導法」―対人関係のパズルを解く発達支援プログラム
著:スティーブン・E. ガットステイン
クリエイツかもがわ

1 アイザックの場合
2 経験共有について
3 自閉症―経験共有を知らない人生
4 対人関係発達指導法 RDI(Relationship Development Intervention)
5 指導にあたっての原則
6 レベル1 人間関係の基礎をつくる
7 レベル2 大人の行為を見習いはじめる
8 レベル3 パートナー(仲間)として共に活動する
9 レベル4 この世界を共有する
10 レベル5 心を分かちあう
11 レベル6 本当の友だちになる
12 おわりに

どうやらこの本のレビューを待っている方がけっこういらっしゃるようです。
その期待にお応えして?早くレビュー記事を書きたいところですが、現在、一度全体を読んで、2回目の読み込みをやっている最中で、まだ最終的なレビューが書ける状態にはなっていません。

ただ、この「2回目」が終わるのはもう少し先になりそうなので、現時点でのファースト・インプレッション的なレビューを「プレ・レビュー」として書いておきたいと思います。

ちゃんと読んで、評価がより固まったら、あらためて本レビューとして書き直したいと思います。

RDI(Relationship development intervation)は、著者が繰り返し強調しているとおり、他に類を見ないオリジナリティを持った療育法です。
RDIは自閉症の障害のうち最も克服が困難だと思われる「対人関係・豊かなコミュニケーションの障害」に的を絞った介入プログラムで、6つのレベル×それぞれに4つの段階の計24段階に細分化されたカリキュラムによって、具体的なイメージがつかみにくい「対人関係の療育」を、具体的に体系化しているのが大きな特徴です。

療育の進めかたは、まずアセスメント(診断)によって子どもがどのレベルにいるかを判定し、そのレベルに求められる「対人関係課題」(活動の内容は主として「遊び」)をこなしながら、徐々にレベルアップを目指していく、というものです。
療育の対象が「対人関係」だということと、実際の活動が「遊び」だということから、何となくほのぼのとした雰囲気を想像しますが、実際にはこのプログラムはロヴァース式にも負けない「集中介入プログラム」であり、かなり過激な要求も含まれています。例えば:

・自宅に療育専用の構造化された部屋を用意する。
・当初は、週15~20時間の家庭での療育を継続する。
・経験共有の邪魔になることばは使用を制限する。


さて、ここまでは、本書で紹介されているRDIの概要です。

ここから、なぜ私が本書を1回読んだだけでは評価を固められず、2回目の読み込みに入っているのかを書きたいと思います。

実は私は、率直に言って本書は、本を読んだだけでは評価できる部分がほとんどないと感じているのです。

本書の前半は発達理論について割かれており、健常児の対人関係の発達がどのように進んでいくか、それに対して自閉症児の発達がどのように遅れるのか、といったことが説明されています。
ところが、ここで書かれている発達理論の内容は、はっきり言って眉唾なのです。
この段階で既に「6つのレベルそれぞれに4つの段階」という発達段階の細分化が行なわれており、後半のRDIプログラムにおける24の段階は、ここでの「健常児の発達プロセス」を追いかけていく、というタテマエになっているのですが、例えば、レベル1(新生児)における対人関係の発達は次のように説明されています。
レベル1 同調のはじまり(新生児)
・情動調律-子どもは、大人と顔を合わせて感情を共有することに何よりも興味を示す。
「顔と顔を合わせると、私たちは同じ一人の人のように感じられる」
・ソーシャルな参照-承認、安全、安心感を得るために、大人の顔に現われた反応を観察する。「パパとママの顔を見ると、物事についてどう感じればよいかわかりやすくなる」
・興奮の共有-親が導入する目新しい刺激が、子どもをもっとも興奮させる。「いろんな人が新しいことをするのを見るのが、いちばんおもしろい」
・単純なゲーム-単純な社会的活動の構造を理解して、楽しむ。「ゲームを知っているし、盛り上がるところがはじまる前から、わくわくする」

(初版51ページ)

これ、ツッコミどころ満載なのですが、一言で言えば「科学的根拠がない」です。
「感じられる」とか「わくわくする」とかいった内面の描写を乳幼児の行動に安易にあてはめて理解しようとするのも無理がありますし、百歩ゆずってそれらを受け入れるとしても、乳幼児の行動から、なぜ「そう感じている」ことが分かるのか、この発達経路しかないのか、といった問題がまったく解決されていません。
これでは、イルカの行動を見て「イルカは人の心を理解している」と言っているのと、本質的には何も変わりません

そういう意味でいうと、本書の発達理論は、発達心理学的な観点からは、残念ながら評価に値するとはいえない素人理論だと言わざるを得ません。ですから、その理論に基づいて構築されている後半のRDIプログラムも、学術的・理論的な裏付けがあるとはいえません。
本書を「読んだだけ」では、得られるものはほとんどないと(個人的に)思ったのは、これが理由です。

ここまでだと、私が本書をまったく評価していないように思われるかもしれません。でも、そうではないのです。

本書は、発達心理学の本ではありませんし、自閉症理論の本でもありません。(仮にその領域を狙っていたとすれば、その部分は評価に値しません。)
でも、本書はそれらの要素を除いても、冒頭で書いたとおり、他に類を見ない「対人関係を体系的に療育するプログラム」が残るのです。「プログラムを実践した結果」の評価が残されているのです。

もし、このプログラム自体に大きな効果があるなら、理論的背景が弱いという批判は、実はどうでもよくなってきます。親からすれば「理屈はどうでも、良くなればいい」からです
実際、本書に記載されている活動の具体例はかなり工夫されたものだと感じますし、典型的な「理論はヘンだが、実践としては効果的」という療育プログラムなのかな、という期待を持っています
2回目の読み込みの最大の目的は、その辺りの評価をしっかり固めることにあります。

というわけで、現時点での暫定的な評価。
発達理論の部分(第2章・第3章)は無視して実践内容だけ見て、「やる価値あり」と判断すれば、取り組む価値は十分あると思います。特に、お子さんがアスペルガー症候群で、「後はちょっとした対人関係の『あや』さえマスターしてくれればいいのに」と思っているような親御さんには向いているように思います。
本書では「第2章・第3章を読み飛ばさないで」と書いてありますが、私は読み飛ばした方がいいんじゃないかな、と(個人的には)思います。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 22:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 実践プログラム | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらパパさん、待ってました(笑)
あまり、情報がないので、客観的な視点で論じて欲しかったので助かります。
アスペルガー向きという考えも納得です。
「言葉」が出ていて、問題行動がないお子さん向きなんでしょうね。きっと・・

3歳前の子供はまだおぼつかない単語程度、後は宇宙後です。アスペではないように思うから、やっぱりRDIからのアプローチは?なのかな・・

Posted by marine at 2006年07月05日 01:24
marineさん:

確かにRDIは、少なくともこちらのことばが理解できて、要求の表現が自由にできて、いわゆる知的に大きく遅れていない子どもがメインターゲットになっているように思います。

でも、marineさんのお子さんは3歳前で単語が出ているわけですし、ブログを見ると指示への理解もあり、知的な遊びもできるようですから、RDIの守備範囲から外れているとは思いません。

あとは、ABA的な「課題達成スキル」と、RDI的な「流動的な非言語コミュニケーションスキル」の、どちらを親として当面の優先課題だと考えるかだと思います。
Posted by そらパパ at 2006年07月05日 22:36
はじめまして。現在音楽療法士をしています。対象者は子どもから高齢者まで。障害を持つ子ども達とは15年の付き合いとなります。ただ付き合いが長いだけで、実は何も解ってないのではないかと自分自身のことをは評価しています・・
「抱っこ法・筆談」で検索していて、そらパパさんのブログにたどり着きました。
 RDIについてですが、深くまだ勉強していないのですが・・(汗)
 A地域で定期におこなわれている自閉症の勉強会にて、本書の監修小野次朗氏を講師に招きRDIの話を2回聞きました。
 本書は、経験共有の発達について「定型発達を基準」に書かれています。
 経験共有の発達とは何か? 私は、心(内的)の発達と感じました。内的なことを客観的に評価することは大変難しいと思います。例えば、「笑った」という評価をしたとして、それは感情表出としてなのか、表情を他者から真似たのかはわかりません。主観的評価は容易ですが、客観的評価は検証が必要です。
 定型発達とは何か? 自然に身につけてきた対人関係の発達段階をレベル化し表示しています。

 発達心理判定は、手がかりにはなりますが対象者の全てを表すものではないと考えます。なぜなら、判定の姿とアプローチしている時の姿は必ずしも一致するとは言えないからです。しかしプログラムを考えるときのヒントになります。
 現在ある様々なプログラムは有効であると考えますが、対象者の能動性をどう育てられるのか?が私の中の課題です。その中でRDIは私にヒントを与えてくれました。
 親とは視点が違うので、感じ方が違うかもしれません。 
 ブログにこのプログラムは、アスペ向きとの記載がありましたが、私は自閉症スペクトラム児(者)、言語表出の有無に関わらず可能かと感じています。
 間違っていただいては困るのですが、RDIを熟知しているのではありません。

 私が音楽療法(以外の場面もありますが)のアプローチを考える時、TEACCH、作業療法、コミック会話、ABA、行動療法、動作法、感覚統合、ムーブメント、RDI等を視野に入れ、対象者が何を希望し何が必要かをアセスメントし手段を考えます。最終目標は社会的自立です
 近頃懸念するのは、あまりに様々なプログラムの書物が出ているのに、そのプロを見つけるのは容易ではないということです。

 専門風をふかして語りましたが、私はグレーな学習障害な子の母でもあります。

 「筆談」について知りたくたどり着いた、そらパパのブログ。拝見しているうちに、私なりの考えがまとまりました。自己完結のようですみません。改めて「筆談」についてはメールいたします。

本来あまりネットは見ない性質なので・・ブログの感想。
パパの参加がとても多く感動いたしました。他の人にもお知らせしなければVVと思っています。
Posted by 大塚尚子 at 2008年03月06日 11:12
大塚様、

はじめまして。
コメントありがとうございます。

コメントから察するに、既に分かっていてあえて書いていらっしゃるのだとは思いますが、自閉症などの障害について、「○○の××とは、心の××だ」とか、「△△の原因は、心にある」といった言い方は、「わからないものをわかあらないもののせいにする」、いわゆるトートロジー(同語反復)だ、と私は思っています。
(例えば「自閉症の問題とは、心の問題だ」とか、「パニックの原因は、心の問題にある」とか、「自閉症児を理解するには、彼らの『こころ』を理解すればいいのだ」といった言い方ですね。)

RDIについては、私のスタンスは今でもこのRDIに関する一連の記事にあるのと同じか、さらにやや批判的なほうに少し寄ったくらいになっています。
というのも、私からは、RDIというのは、自閉症児が最も苦手とする領域を、「量」で圧倒することによって何とかこなしてしまおうというアプローチに見えるからです。
自閉症児の社会性の発達を定型発達に「なぞらえて」、その流れを追っていこうという考え方も、まさにそこの部分に深刻な障害を持っている自閉症児に、そんなにシンプルな仮説をあてはめてしまって大丈夫なのかなあ、とも思ったりもします。

なので、本当に自閉的な困難の重い子どもにはこの療育は負担が重過ぎるように思われますし、逆にRDIで伸びる子どもというのは「自閉性」に関してはもともと比較的軽い子どもなんじゃないかなあ、と思っているわけです。
Posted by そらパパ at 2008年03月06日 18:45
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