考える脳・考えない脳―心と知識の哲学
著:信原 幸弘
講談社現代新書
はじめに 心と脳をめぐる問題
第1章 古典的計算主義
第2章 コネクショニズム
第3章 直観のメカニズム―意識と無意識
第4章 フレーム問題―知識の組織化
第5章 心のありか
「求めよ、さらば与えられん」というか、「こういう本がないかな」と思っていると、そのタイミングでいい本に出会えるものですね。
本書は、タイトルからはまったく読み取れませんし、著者自身が意図していない可能性もありますが、紛れもなく、優れた「コネクショニズム」の入門書です。
本書を手に取ったのはまったくの偶然で、しかも買って読み始めて初めて、本書がコネクショニズムの本だということに気づいたのですが、まさにちょうど「コネクショニズムについてのいい入門書がないだろうか?」と探していた矢先でしたので、本当にいいタイミングでいい本に出会うことができました。
ところで、コネクショニズムとは、どのようなものなのでしょうか?
本書での説明を引用すると、こうなります。
古典的計算主義はコンピュータをヒントにして考え出された心の見方でしたが、コネクショニズムはわたしたちの脳をヒントにして考え出された心の見方です。
(中略)
コネクショニズムは脳をヒントにして考え出された心の見方ですが、必ずしも脳の働きを詳しく研究することによって心の具体的なモデルを作り上げていこうとしているわけではありません。むしろ人工的なニューラルネットワーク(神経回路網)を作って、それで心の働きをシミュレートすることにより、心の具体的なモデルを作ろうとしています。(初版54~58ページ)
補足しながら、ポイントをまとめてみます。
1. コネクショニズムは、脳の情報処理に対する「考え方」の一種です。
2. コネクショニズムと対立する「考え方」として「古典的計算主義」があります。
3. 古典的計算主義が、脳でコンピュータのプログラムのようなものが動いていると考えるのに対して、コネクショニズムでは、ニューロンが群として刺激に反応することが脳の情報処理である、と考えます。
4. コネクショニズムは脳神経科学ではありません。研究の対象は、脳というよりはむしろコンピュータシミュレーションです。
5. コネクショニズムの守備範囲は、学習、認知、ことば、人工知能、「心」など、多岐に渡っています。
この中で最大のポイントは、4.かもしれませんね。
感覚器官からの入力の処理を除くと、脳が実際にどのような情報処理をしているのかということはまだまだ解明されていません。「脳のこの部位にはこういった機能があるらしい」ということは分かっても、では実際にその機能がどう実現されているのかは分からないことが多いのです。
ただ、1つ1つのニューロンがどんな信号処理ができるかは分かっていて、脳はただのニューロンの塊であるということも分かっています。
コネクショニズムというのは、実際の脳を解明するのは一旦横において、「たくさんのニューロンがつながりあって(ニューラルネットワーク)、シンプルな信号をやりとりしている」というモデルで、学習や認知といった情報処理がどの程度実現できるものなのかを、コンピュータを使って研究してみよう、という考え方なのです。
この、「脳を研究せずにコンピュータシミュレーションをする」というところが、「机上の空論」と批判されることが多い一方、「いつになるか分からない脳の解明なんて待っていられない」という立場からは、脳機能について今すぐ研究できる強力な方法論として支持されているわけです。
私が、目の前の自閉症の娘の療育を考えるとき、立場が後者になるのは当然ですね。
最近、自閉症児の脳の問題に切り込んでいくために、コネクショニズムは有効そうだ、という思いがますます強くなってきています。
自閉症に関する多くの本が、脳の「器質」障害の説明に留まっているのに対し、先日ご紹介した「自閉症に働きかける心理学(1)理論編」では「自閉症の脳の機能障害はこんなものではないか?」という可能性の提唱にまで踏み込むことに成功しています。これもやはり、「いま使える」というコネクショニズムの強みが発揮されたためだろうと思います。
本書は、自閉症者の脳の問題を考えるツールとしても魅力的な、コネクショニズムの考え方を、新書サイズでコンパクトにまとめた1冊です。
「考え方」を理解する入り口でつまづきがちなコネクショニズムの考え方が、古典的計算主義との対比、さらには普段私たちが感じている「心」に対する不思議などにからめながら分かりやすく説明されています。
上記の「自閉症に働きかける・・・」を読む前の「準備体操」として読むのもいいでしょう。
また、本書は一義的には「心の哲学」の本として書かれているので、私がこれまで何度か書いてきた「心脳問題」や「フレーム問題」、ギブソンの生態心理学的な「環境の中の知性」といった話題がふんだんに織り込まれており、「心の哲学入門」としても楽しく読めます。
知的好奇心を満たす本としても、なかなかのものだと思います。
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