2006年06月21日

遊びを育てる(ブックレビュー)


遊びを育てる―出会いと動きがひらく子どもの世界
野村 寿子
協同医書出版社

はじめに
第一章 子どもの遊びについて
第二章 障害をもつ子どもの遊びの難しさについて
第三章 遊びを育てる
第四章 環境が引き起こす子どもの動き
対談 出会いと動きがひらく子どもの世界
おわりに

かなり面白くて、意欲的な本。
自閉症の本だけでなく、いろいろな本を読んでいたおかげで、面白い本にたどり着けたなあ、という気がします。

本書は、障害を持った子どもの「遊び」をどうやって育んでいくか、ということに焦点を当てた本なのですが、いわゆる「遊戯療法」とはまったく違います

例えば公園とか砂場とか草っぱらで、健常の子どもが環境とさまざまに関わって普通に遊ぶ、まさにその体験を障害児にも「遊び」として経験させるためにはどんな風に関わっていけばいいか、そういった「関わりあう遊び」の育てかたについて書かれた本です。

実は、本書は一義的には発達障害児というよりは、肢体不自由児のための作業療育を取り扱っている本なのですが、内容としては自閉症児にも十分に役立つものとなっています。

「環境と関わりあう」というフレーズは、私も以前に別の記事で何度も書いたことがあります。

つまり、自閉症児がもっとも不得意とする「コミュニケーション」を療育することを考えたとき、その「根っこ」となる最も重要な発達スキルは「環境との関わりかた」なのではないか、と思うのです。

関わるべきさまざまな環境の中で、もっとも複雑で高度な適応を要求されるのが「ヒト」であり、ヒトという環境と適切に関わることこそが「コミュニケーション」である、と言えるでしょう。

だとすれば、そのコミュニケーションに困難を抱えている自閉症児を療育するためには、単純にコミュニケーションを行動レベルに還元してアイコンタクトや音声模倣を「トレーニング」する、といったアプローチではなく、さまざまな「環境との関わりかた」をシンプルなものから順を追って体験・体得させていき、やがて最も複雑な「ヒト」との関わりあいにたどり着く、といった考え方が必要になるのではないでしょうか

そして、子どもが「環境との関わりかた」を学ぶ場は、何といっても「遊び」です。
子どもは、公園で、道ばたで、部屋の中で、そこにあるさまざまな「環境」を発見し、大人が思いもしないような遊びによってその「環境」に関わり、「環境」の利用の仕方を学んでいきます。そしてその中に、自然に「友達」という「環境」との関わりかた、つまりコミュニケーションも盛り込まれているわけです。

この「環境の利用の仕方」という言い方で、思い出すことがありますね。
そうです、「アフォーダンス理論」です。

ここまであえて書かないでいましたが、本書は、ギブソンの生態学的心理学、アフォーダンス理論を応用した作業療法について書かれた本なのです。

本書の中から、アフォーダンス理論が背景にあることを強く感じさせるフレーズをいくつか引用してみます。

 だんご虫、花、人・・・、日常のちょっとした出会いから遊びは始まります。出会うことによって、心と体が動き始め、動くことによってまた新しい出会いが起こります。出会うことによって引き起こされる動きは、なおちゃんの花を摘む手と顔を触る手の違いでも見られるように、何と出会うかによって異なります。
(初版3ページ)


 そこで私は、障害を持つ子どもの”遊びにくさの問題”を、環境との出会いの問題、出会った環境との関わりの問題であると捉え、問題解決のためには、できるだけ子どもの日常の遊び場面に近い設定の中で関わるという方法をとりました。そして、どのように環境への気づきを援助するか、子どもはどのように環境との接点を作ることができるのか、どうすればその接点を持続させることができるのかを、子どもの遊びの流れの中で判断し援助するようにしました。
(初版43ページ)


 遊びは、基本的には自発的な活動です。自分の持っている力を精一杯発揮しながら環境に働きかけ、試行錯誤を繰り返す活動です。そしてそれは、環境との相互作用の中で起こります。
(初版46ページ)


 道端には、子どもが立ち止まり、動き出す情報がいっぱいあります。しかしその同じ情報でも、大人の動きは引き出されません。一定の体の大きさや、一定の動きを持つ子どもにとって意味のある情報なのです。つまり、子どもが成長していく過程の中で、その時期の子どもでしか、体験できない遊びがたくさんあるということです。
(初版68ページ)

・・・引用したい箇所はほかにもたくさんありますが、どれもすべて、子どもの自発的かつ自然な遊びを通じて、環境との多様な関わりあいを学んでいくことの重要性を説いているといえるでしょう。主張は明快で、ぶれがありません。

もちろん、自閉症児の場合、環境との出会いに「気づかせ」、その関わりの中から「遊びを育てる」ことは、特に難しい課題であるとは言えると思います。
でもその困難さの理由を、すべて自閉症という障害に求めてしまうこと(自閉症なのだから関わりが弱い、と考えること)は、問題を手の届かない場所に遠ざけてしまうことになりますし、正しくもないと思います。
環境と関わることにさまざまな困難を抱えた自閉症児だからこそ、どうすれば「環境と関わる」というポジティブな体験を増やしていけるのか、「遊び」につなげていけるのかを真剣に考えて、普段の当たり前の生活の中での取り組みにつなげる必要があるはずだと思います。「経験しなければ、成長しない」のは間違いないわけですから。

本書は、アフォーダンス理論を知ってから私がばくぜんと考えていた、この理論に基づく療育の考え方を的確かつコンパクトにまとめた、とてもいい本だと思います。「普段の遊びにどんな風に療育要素を入れていくのか」というのは、「家庭の療育」を考えるとき、欠かせない視点だと思います。
ちょっと値段が高いですが、おすすめします。文章も読みやすいです。

参考:本書の著者が主宰している「エコロジカルセラピー」(アフォーダンス療育)のサイトがあります。(ただし、このサイトの評価については、まだしっかり全体の中身を見れていないので、保留させてください)
http://www.pas21.com/echotop1.html

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 22:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 療育一般 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラックバックがうまく送れないので、こちらに。
(もうお読みかもしれませんが)自閉症療育の新しい理論だそうです。期待大!
http://pompoco.seesaa.net/article/19724548.html
Posted by pompoco at 2006年06月23日 17:22
pompocoさんこんにちは。

RDIが日本語訳されたというのは初めて知りました。
せっかくですのでpompocoさんのページから買ってみようかと思います。

以前からRDIについては少し研究していました。こちらが本家のHPです。
http://www.rdiconnect.com/
ここの「2 days workshop presentation」というリンクから、この組織がワークショップで見せているというプレゼン資料を見ることができます。
一応私はここのニュースレターも購読しています。

ただ、(日本語訳をしっかり読むまでは確定的な話ではありませんが)現時点では、私はRDIは気がかりな点がいくつかあると思っています。

第一に、このWebを見てわかるとおり、いかにもアメリカ的な「お金儲け」の匂いがすること。
第二に、これは上の「お金儲け」と連動しますが、「治る」ということが強調されすぎている気がすること。
第三に、これは特定の個人が開発したもので、学問的な裏づけの薄い「民間療法」に近いものであること。
第四に、これは上とも関連しますが、この理論の「裏付け」とされている自閉症児の知見が、精神分析的な「間主観性」とか、ABA的な「介入」とか、神経生理学的な「ニューロンの発達」とか、いろいろな理論を無節操に切り貼りしただけのように見えること。

もう1つ、私がこれまで自分の療育にRDIを取り入れなかったのは、アスペルガーや高機能な自閉症児に向いた療育メソッドのようだった、ということがあります。これは個人的な理由ですが。

ともあれ、Amazonのレビューでは(今のところ1件ですが)高い評価がされているようですし、まずは私も読んでみようと思います。
Posted by そらパパ at 2006年06月24日 00:05
さすが、そらパパさん!
RDIについても既に研究済みだったんですね!

私はつい最近知ったばかりなのですが、なかなか詳しい情報が得られず、この本の内容には期待しています。
しかし・・・そうなんですよね。
「脳科学的な裏付けがあって、効果が高くて、しかも家庭でできる」という、あまりにもうますぎる話に、不安を感じているのも事実です。

これが、すべて本当なら「ついに理想の療育方法見つけた!」ってことになるんですが。
Posted by pompoco at 2006年06月24日 08:16
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