今回は、ABAのなかでも「罰」というデリケートな問題について取り上げたいと思います。
2.「罰」について
今回のシリーズ記事では、問題行動を減らすために「消去」という方法を使っています。
「消去」というのは、それまで問題行動に与えられていた「ごほうび」を与えなくすることで、問題行動を徐々に減らしていくというABAのアプローチです。
これに対して、私たちは問題行動を減らすために、しばしば「罰」を使いがちです。
罰というのは叱ったり、痛みなどの嫌悪刺激を与えること、つまり、ごほうびとは逆の「嫌なこと」を与えることで、行動を減らしていこうというアプローチであって、もちろんABAの中でも「そういうやり方もある」ということで整理されています。
こちらの方法を記事の中で使わなかったのには、理由があります。
それは、「罰で行動を減らす」というアプローチにはさまざまな副作用、問題があり、ABAの世界でも「できるだけ使わない」ことが推奨されているからです。
まず、そもそもの問題として、「いま続いている問題行動」には、何らかの「ごほうび」が与えられているはずだ、というポイントがあります。
ですから、その「ごほうび」を取り除く(「消去」する)ことをせずに罰を与えても効果が弱くなるばかりか、罰を与えるのをやめられない(やめた途端、ごほうびの力による「強化」のサイクルで問題行動が元に戻る)ことになってしまいます。同じような理由で、与える「罰」がだんだん強くなってしまう、ということもあります。
例えば課題演習をやっていて、パニックすると課題をやらずに済む、という「ごほうび」の構造があるとき、その構造(課題から逃げられる)が残っている限り、叱ってもパニックは収まりにくいでしょうし、叱るのをやめた途端パニックの頻度も元に戻ってしまうでしょう。
この場合も、パニックの代わりに「休憩したい」カードを使わせるとか、課題の難易度を下げたり課題の時間を切ってタイマーで見通しをつけるなどでパニックのきっかけを作らないようにするといった「代替行動づくり」「環境づくり」をした上で、パニックでは課題から逃げられないようにして「ごほうびサイクル」を止める(消去する)という手順のほうがずっといいわけです。
さらに、叱るなどの嫌悪刺激、罰を与えることで、罰を与える人間に対する恐怖反応が起こったり、罰を与える人間とそうでない人間との間で「行動の切り替え」が起こったりする問題があります。
子どもを叱ってばかりの親御さんは、当然に、子どもに怖がられて、避けられるようになります。
そうなってしまうと、当座の問題への対処以外の働きかけ、療育にも悪影響が出ることは避けられませんね。
また、後のほうの問題(行動の切り替え)については、例えばパニックに対して、お母さんは叱ることでやめさせようとし、お父さんは欲求をかなえることで静めようという対応をとった場合、ABC分析でいえばこんな状態になります。
A | B | C |
何らかの欲求がある状態 | お母さんに向けてパニック | 叱られる (↓) |
お父さんに向けてパニック | 欲求がかなう(↑) |
このABC分析のレイアウト、どこかで見たことがありませんか?
そうですね、「代替行動への切り替え」と、実はとてもよく似た構造になっています。
「代替行動への切り替え」では、「問題行動」と「代替行動」とで、強化の構造を異なったものにすることで、問題行動から代替行動への切り替えを働きかけていきました。
それに対して、この「人によってパニックへの対応が違う」という状態の場合は、「お母さんへパニック、という行動」と「お父さんへパニック、という行動」との間で、強化の構造が異なったものになっているために、「行動の切り替え」が自然と起こります。
つまり、「お母さんの前ではおとなしく、お父さんの前でパニックする」という行動の変化が起こってしまうわけですね。
これでは何も問題は解決しません。
それではここで「家庭内での意思統一」が進んで、問題行動に対してお父さんも厳しく対応するようにしたら、「叱る」という罰は有効に働くのでしょうか?
残念ながら、そうはなりません。
例えば、「水遊びを(周囲が困るような形で)やってしまう」という問題行動があったとして、お母さんとお父さんがしっかりタッグを組んで、水遊びを叱るようにしたとします。
そうすると、どうなるか。
恐らく、「隠れてこそこそと水遊びをする」という行動が形成されてしまいます。
なぜなら、ABC分析でいうと下記のような強化の構造が生まれてしまうからです。
A | B | C |
しばらく水遊びをしていない | お母さんがいるときに水遊び | 叱られる (↓) |
お父さんがいるときに水遊び | 叱られる (↓) | |
誰もいないときに水遊び | 水遊びができる(↑) |
このように、罰を与える、叱るという形で問題行動を解決しようとしても、次々と問題が生じてきて、しかもそれは「どんどん問題が手の届かない、自分の管理が届かないところに逃げていってしまう」ということが起こってしまうわけです。「脱走癖」なども、この構造と関係があることがあります。
ですから、「ABAを意識した子育て」では、罰をできるだけ使わないように心がけます。
問題行動を減らしたいときは、罰ではなく、「代替行動への切り替え」「環境づくり」などのやり方を優先的に使います。
参考図書
おかあさん☆おとうさんのための行動科学(レビュー記事)
行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由(レビュー記事)
発達障害のある子の「行動問題」解決ケーススタディ―やさしく学べる応用行動分析(レビュー記事)
(次回に続きます。)