2007年01月07日

心理学について(5)

「心理学について」のシリーズ記事は前回で一応終わりなのですが、ちょっと気になる話題があったので、「続き」ということで書きたいと思います。

最近、やたらと「スピリチュアル」ということばを目にすることが多い気がします。
ちょっと調べてみると、この「スピリチュアリズム」というのは、いわゆる昔から流行と衰退を繰り返してきた「精神世界」への志向を、最近のカウンセリング、ヒーリング志向で小ぎれいにまとめた考え方のようです。
スピリチュアリズムを説く本には、「霊魂」「オーラ」「運命」「天使」「守護」といった言葉が並び、自分の運命を導いている「守護霊」や「オーラ」といったものに意識を傾け、働きかけることが幸せにつながる、と説いています。

どうしてこんなことを書いているのかというと、自閉症児のことを「クリスタル・チルドレン」と呼ぶ人たちがいるからです。

クリスタル・チルドレンがどんなものかというのは、Googleで検索すればいくらでも出てくるので詳しくは書きませんが、要は、最近増えているといわれる「自閉症児」と呼ばれる存在の多くは、実は宇宙から転生した平和の使者だ、という考え方だということです。
同じタイトルの本も出ています。一方、ADHD的な子どもには「インディゴ・チルドレン」という名前もついていて、こちらも本が出ているようですね。
(一応、検索用としてリンクを張っておきます。積極的におすすめするわけではありませんが)

さすがに、いくら「自閉症関連」といっても、私はこういった本までお金を出して買うつもりはないので、本屋で立ち読みしたり、ネットで調べた範囲で書いていますが、内容的にはそれほど目くじらを立てるようなものではなさそうです。

「インディゴ・チルドレン」のほうは、ADHDの有力な対処薬物であるリタリンの使用をやめて、自分たちが用意しているという怪しげなサプリメントを買って飲ませなさい、といった内容がかなりの部分を占めているようですので、実はスピリチュアル本の皮をかぶった代替療法本、効能本、商売本としての性格が強そうですが、「クリスタル・チルドレン」のほうは、菜食主義の話が書いてある程度で、特に露骨な宣伝が表に出ている本ではないようです。
また、「クリスタル・チルドレンとの接し方」として書かれているのが、視覚優位なので目に見えるように教える、とか、常に一貫した態度で接する、とか、子どものプライドを尊重する、とか、「それって普通の自閉症療育と同じでしょう(笑)」という内容が多いので、そういう意味でもこの本を読んだからといって、自閉症児に対して著しく誤った態度をとってしまう、ということもないのかもしれません。

こういった本は、ある種のフィクションとして楽しく読む分には悪くないと思いますし、悪い意味で自分の子どもを「障害児、障害児」としてしか見れないといった悩みを抱えている親御さんにとっては、ある種の清涼剤的な役割を果たすのかもしれません。

・・・・でも、です。
そこまでならいいのですが、オカルトに免疫の弱い人は、こういった本を不用意に読むと、内容に妙に「説得力」を感じて、そこに書かれていることが「正しいのではないか」と考えてしまうことが十分にありうると思います。
こうなると、科学的な療育から心が離れていくといった悪い影響が出てきてしまいます。

実は、「スピリチュアリズム」の話の進め方には、もともとそういうからくりがあり、「信じやすい」ようになっているということを知っておく必要があるでしょう。

次回は、その辺りの話を書きたいと思います。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 18:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たびたびお邪魔してます。
「スピリチュアル」については、精神保健分野の従事者として、やや困っている面がありコメントさせていただきます。現在、日本のマスコミなどでさかんに話題になっているスピリチュアルの用語の内容は、間違いとはいえませんが、あまりにも一面的で、困った弊害を、精神保健分野で招いているという現状があります。といいますのは、スピリチュアルといのは、WHO世界保健機関の憲章での「健康」の定義の重要な課題として継続議論されています。拙訳では、現在のWHOの健康の定義は、「健康とは単に疾病がなく病弱でないことではなく、身体的・心理的mental・社会的に十分に幸福well-beingな状態である」なのですが、これについて、いわゆるイスラム文化圏の国を中心に、この用語はあまりに西欧文化圏的であるという見解から、先ほどの定義の「身体的、心理的、社会的」のところに、「spiritual」を加えようという改正案動議が強く出されました。その結果、むしろこの改正案を否決する国の方が少なく、いまだ継続審議になっています。
 こうした議論は、現在の西洋医学があまりにフィジカリズム・マテリアリズム(要素還元的・物質還元主義的・客観科学主義的)な考え方になっていて、「人全体」を見ていないという問題意識があると思います。よく、病院で、診療科が臓器ごとに分かれていたりするなど専門細分化されすぎて、医師が疾病や障害のみに目を向けるようになり、そうした疾病をもった人の生活全体への配慮が欠けがちになっていることは指摘されることです。こうした西洋医学の現状に、実存的充実感とか、精神性の要素や視点を加味していこうという動きなのだと思います。
 こうした観点は、実際に重要だと思います。が、難しいのは、実存的充実感とか、単にphysicalなものでない精神性というのが、容易にオカルティズムに侵食されやすいことです。日本でも、いわゆる知的な人たちが旧オウム真理教に参加し非社会的な加害行為を行ってしまったことがありました。あの悲劇は、悪意のあるひどい人があの事件を起こしたということに単純化できず、むしろ純粋で人の役に立ちたいと生きがいを持ちたいとか思った人がある意味利用されてああした行為に及んでしまったことです。そして現在の問題に話しを戻すと、スピリチュアリズムを推進する会社や団体が、実際このWHOの動きをうまく利用して、いきおいづいて自分たちの活動や代替療法を推進する、根拠づけに利用しています。
 私のような辺縁ではありますが、精神保健分野の仕事をしているとそこに近い境界圏で仕事をしているわけでして、このままだと、現代の行き過ぎた専門細分化された医科学へのアンチテーゼとして、安易にspiritual的観点の再評価を唱えていいのか非常に難しいところです(もはやうかつにはできないといえます)。穏当なSpiritual性の充実といったところで評価の基準が難しいですし(ないと言えましょう)。ただこのままだと、spiritualという語があまりに偏ったイメージを担うようになってしまい、もう議論したりこの語を使って説明することが難しくなってしまいました。それはそらぱぱさんがご指摘のとおりで、「オーラ」「霊魂」「転生」「守護霊」などという用語と常にコミにして語られるようになってしまいました。
 長くなってすいません。雑文でもうしわけありません。今回のコメントは、あまり本質的なものでない気もしますし、適宜、掲載しなかったり、一部略していただければと思います。
Posted by こうちゃん at 2007年01月08日 01:50
こうちゃんさん、こんにちは。

確か「スピリチュアリズム界のカリスマ」、江原氏もWHOが健康の定義にspiritualという単語が入るとかいう話題を書いていたように記憶しています。そういう背景だったんですね。

私も、還元主義的な近代西欧科学のアプローチには限界があって、部分をいくら集めても全体にはならないという視点には賛成です。(そこが、ひたすら細分化した行動を膨大に集めれば「全体」を作れるという思想が明らかに背景にあると考えられる「ロヴァース式早期集中介入」に対して私が疑義を持っている理由の1つでもあります)
でも、いわゆるスピリチュアリズムは、部分の合計が全体にならない理由は「科学で解明されない別の精神世界があるからだ」と言ってしまって、オカルトの方向にいってしまうんですね。
私は、還元主義の科学の限界は、「還元しない科学」、端的には複雑系の科学によって克服されていくべきものだと考えています。今の科学に限界があるからといって、科学を否定したり、科学的に証明できないものに実存性を見出したりするのは安易な方向ですよね。
まあ、安易で分かりやすいからこそ、マスコミなんかが飛びつくという側面もあり、そこがオカルト全般の困った特徴でもありますが・・・。


Posted by そらパパ at 2007年01月09日 00:20
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