<ディーゼル排ガス>胎児に影響、自閉症発症の可能性
ディーゼル自動車の排ガスを妊娠中のマウスに吸わせると、生まれた子供の小脳にある神経細胞「プルキンエ細胞」が消失して少なくなることが、栃木臨床病理研究所と東京理科大のグループによる研究で分かった。自閉症では小脳にプルキンエ細胞の減少が見られるとの報告もある。ディーゼル排ガスが自閉症の発症につながる可能性を示す初めての研究として注目を集めそうだ。
(中略)
その結果、細胞を自ら殺す「アポトーシス」と呼ばれる状態になったプルキンエ細胞の割合は、ディーゼル排ガスを浴びた親マウスから生まれた子マウスが57.5%だったのに対し、きれいな空気の下で生まれた子マウスは2.4%だった。また、雄は雌に比べ、この割合が高かった。人間の自閉症発症率は男性が女性より高い傾向がある。
さらに、プルキンエ細胞の数も、排ガスを浴びたマウスから生まれた子マウスに比べ、きれいな空気下で生まれた子マウスは約1.7倍と多かった。
プルキンエ細胞(理研ウェブページより)
妊娠中にディーゼルの排ガスを吸うと、生まれてくる子どもの小脳のプルキンエ細胞の数が少なくなるだけでなく、生成された細胞も多く「自殺(アポトーシス)」する、という研究結果です。
有象無象の「自閉症の原因」と称するニュースが散発する中で、この記事に私が興味をひかれたのは、次のような点が過去の知見や私の自閉症の原因に関する仮説と一致していると感じたからです。
第一に、自閉症者の解剖学的な脳の損傷状態はさまざまであり、特定の部位の損傷と自閉症とのつながりはほとんど見出せていないのですが、「小脳のプルキンエ細胞の減少」というのはその中では比較的コンスタントに見られる損傷である、という点です。
小脳プルキンエ細胞が自閉症では小さい (Fatemi SH, et al. 2002)
http://www.synapse.ne.jp/shinji/jyajya/abstract2002/fatemi2.html
プルキンエ細胞の断面領域の平均値は,自閉症者で健常群に比べ24%減少していた.5例の中で2例の自閉症者はプルキンエ細胞のサイズが50%以上減じていた.
自閉症の病理学的検討(A. Bailey, et al. 1998)
http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kimtubby/Site_folder/jiheiwadai/2001rombun/%8E%A9%95%C2%8F%C7%82%CC%95a%97%9D%8Aw%93I%8C%9F%93%A2.html
プルキンエ細胞の減少は、成人例全例でみられ、グリオーシスを伴っていた
自閉症の医療―現在と将来―(栗田, 1989報告)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/conf/jsrd/z00006/z0000611.htm
自閉症者では対照よりもプルキンエ細胞の数が有意に少ないという結果以外は明確な異常を示さなかった
2つめの注目すべきポイントは、この小脳のプルキンエ細胞というのが何をやっているかというと、どうやら抑制によるフィードバック学習に関与しているらしい、ということです。
参考リンク
なるほど!脳の中身が見えてきた!(理研 2003年科学講演会)http://www.riken.jp/r-world/info/release/news/special/
小脳から記憶や思考の謎に迫る(理研ニュース 2003/2)
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/news/2003/feb/
それぞれの伊藤正男先生のセクションで、抑制による学習の仕組みや、プルキンエ細胞(写真もあり)の働きが詳しく説明されています。
抑制によるフィードバック学習というのは、ある状況に対するいろいろな反応のうち、適切でなかったものについては、その反応が将来起こらないようにする仕組みのことをいいます。
例えば、散歩しているイヌと、絵本のイヌの写真と、家で飼っているネコの3つに対して、子どもが「イヌ」と言った場合、最初の2つはOK、最後のはNGですから、最後の反応だけを選択的に今後起こらないようにする必要があります。
このような、結果に基づいて間違った反応を抑制する学習の仕組みが、抑制によるフィードバック学習です。
このような仕組みによって、子どもは(というより、ヒト全般は)環境に対してさまざまな試行錯誤を繰り返しながら、最終的には「正しい反応」を学習できるわけです。
逆にいえば、これが適切に働かないと、学習機会を多く持って試行錯誤を繰り返せば繰り返すほど「正しくない反応」が重ね書きされ、むしろ「正しい反応」ができなくなる、といった奇妙な現象が起こります。
これは、自閉症児でしばしば起こる「一度出たことばが消える『折れ線現象』」などとも関係がある可能性があります。
そして、抑制フィードバックが不全な脳の状態をコンピュータでシミュレートすると、自閉症児の学習の困難さと似たような結果が得られることも分かってきています。(参考記事)
私たちが、ことばや対人関係などを他人との相互関係から学習していくことができるのは、相手からの反応を受け止めて、「正しい反応」と「誤った反応」、あるいは「同じもの」と「違うもの」を学習していくという、「分化と汎化」の学習スキルを持っているからであり、自閉症児はこのスキルに障害があると考えられます。
そして、この「分化と汎化」の学習スキルの前提となる脳の仕組みの1つが、この抑制によるフィードバック学習だと思われるのです。この辺りは以前「汎化と分化と側抑制」という記事で書きました。
さらに、上記「理研ニュース2003/2」では、前庭動眼反射がプルキンエ細胞によってコントロールされているという研究が紹介されています。この前庭動眼反射は「知覚(視覚)の恒常性」と強い関係があると考えられ、知覚の恒常性障害が自閉症の原因の1つなのではないかという私の仮説ともつながってきます。
こう考えてくると、いろいろな知見や仮説がかなりぴったりとつながってくる、という印象を受けます。
あまり脳科学に深入りしようとは思いませんし、プルキンエ細胞の減少がディーゼル排気だけで起こるわけではなく、せいぜい「原因の1つ」だろうとは思いますが、
[何らかの原因による先天的なプルキンエ細胞の不全]
↓
[抑制フィードバック学習の不全]
↓
[分化・汎化スキルの障害]
↓
[自閉症のさまざまな症状の発現]
という流れを考える仮説は、「脳科学からの自閉症のアプローチ」の中では最も興味深いものの1つだと思います。
今後もこの仮説は追いかけていきたいと思います。
http://www.hokkoku.co.jp/_today/H20070130105.htm
プルキンエ細胞が壊されると、脊髄小脳変性症になるということですが、この記事には自閉症について全く出てこないなあと思っています。
プルキンエ細胞の減少は、脊髄小脳変性症と自閉症の十分条件ではあるが必要条件ではないのかな、と思いました。
なかなか興味深い指摘だと思います。
確かに「小脳のプルキンエ細胞」というキーワードでこの2つの話題はつながっていますね。
そのうえで、大人になってからのその細胞の損傷が「脊髄小脳変性症」という、自閉症とは明らかに異なる症状を引き起こすということは逆に自閉症とこの細胞の死滅との因果関係はそれほど強くないということを示していると考えるべきなのかもしれませんね。
ちなみに、WikiPediaで調べてみたら、この「脊髄小脳変性症」というのは、あの沢尻エリカが主演したことでも有名になった「1リットルの涙」と関係があるんですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%8A%E9%AB%84%E5%B0%8F%E8%84%B3%E5%A4%89%E6%80%A7%E7%97%87
http://ja.wikipedia.org/wiki/1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%B6%99_%28%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E%29
素人考えですが、脊髄小脳変性症はプルキンエ細胞がどんどん死滅していく進行性の病という事ですから、細胞が学習すべき幼少期にはプルキンエ細胞の数は十分にあったと考えられます。翻って、自閉症者の小脳では最初期からプルキンエ細胞が少ない、かつ件の病気と違って数の増減は無いということであれば、病態が違うということも有りうるのかな、と思うので、因果関係を評価されるのは尚早かな、という気がします。
なかなか難しい問題ですね。
もちろん、プルキンエ細胞に「こだわる」のであれば、いろいろな可能性を考えて解釈していくという方向性になると思うのですが、逆に一歩引いて常識的な判断をするとすれば、もちろん「学習(とその崩壊)の過程」の部分がまったく違うということはありつつも、あまりに病態が違うことから、この「仮説」のスジはあまり良くなさそうだ、と考えたほうがいいように感じています。
もちろん可能性は消えていないと思っていますが、上記の記事を書いたときのインパクトと比べると、「いろいろある可能性の一つ」くらいにクールダウンしているという感じですね。
これと「小脳の唯一の出力であるプルキンエ細胞が専ら抑制性の神経細胞である」http://www.brain.riken.jp/jp/m_ito.htmlことをつなげると、そらパパさんの一般化障害仮説とも親和するのかな、と「妄想」しています。
・大脳は小脳に日常的な業務を委託している。
・新しいことがあったら、大脳も判断するために働こうとするが、小脳に状況を尋ねる。
・プルキンエ細胞は、間違った情報には抑制の働きをして正しい情報のみ大脳に送るべきところ、自閉症児はこれが正しく機能しないため、不正確・未整理の情報も大脳側に流れてしまう。
・大脳側はこの不正確・未整理の情報をもとに判断し、それを小脳にモデルとしてアップデートしてしまう。つまり、一般化がうまくできない。
あと、
・元々小脳は運動を司る働きもあるため、自閉症児の不器用さも説明ができる。
とも思います。
コメントありがとうございます。
私も、自閉症の脳神経学的な問題の一端は、大脳新皮質とそれ以外の脳部位との連携の障害にあるかもしれない、と考えています。
それが小脳なのか、それ以外(例えば扁桃体)なのか、いろいろなのか、その辺りは難しいですが・・・。
はじめさんの推理のなかでいうと、もし小脳が「役立たず」だとしたら、大脳はそれに頼るというかたちで「適応」せずに、むしろ、小脳を「使わない」という適応をするのではないかと思います(脳は可塑性がありますので)。
もちろんいずれにしても、そういうことがあれば何かしらの障害は出てくると思います。
また、健常児なら小脳内にモデルを作る過程で、環境と自我の境目を意識できるようになることから、他者の視点を大脳が持ちやすくなる=他人にも気持ちがあることを理解できる、と妄想は膨らみます。
コメントが遅くなりました。
脳と精神活動との関係について、以前ご紹介した本のことを思い出したりしながら、少し考えていたので・・・
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/13733331.html
脳と精神活動を直接結び付けて議論するのは、なかなか手ごわいことです。うまくやらないと、いわゆる「カテゴリー・ミステイク」になってしまうからです。
http://members.jcom.home.ne.jp/j-miyaza/page327.html
脳の議論は難しなあ、と思います。