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2006年05月31日 [ Wed ]

「私」はいつ生まれるか(ブックレビュー)

「鏡の療育」の流れで、新書の新刊書を1冊ご紹介しようと思います。

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「私」はいつ生まれるか
著:板倉 昭二
ちくま新書

第1章 「私」という認識
第2章 「私」の発達
第3章 「私」の進化
第4章 他者の心と出会う「私」―メンタライジングの発達
第5章 他者の心がわかる「私」―心の理論の進化
第6章 ロボットに宿る「私」

「自己意識」の発達を、個体発生的(発達)側面系統発生的(進化)側面の両方からとらえ、さらに自己意識と不可分な認知スキルとして「他人の心を認識すること」をおき、メンタライジング(他人に心があることに気づくこと)や心の理論(他人の心を推測する能力)がどのように発達してくるかをあわせて考えます。
最後には、そのような「自己意識」をロボットに持たせられるのかというところにも議論が進んでいきます。

基本的には、著者が行なったユニークな実験の紹介と、その結果からどのような結論が導けるかという考察の繰り返しで構成されています。実験内容については、「動物の心をどう実験するか」という論理パズルの様相を呈しており、実験デザインという観点からも楽しめる本です。

本書では、自己意識の発達の中で、「鏡による自己鏡像認知」(鏡に映っている像が自分であることに気がつくこと)が取り上げられており、そこで、鏡像に対する自己認知がどのように発達していくかが、6段階にわたって解説されています。
(それが、本書をここでとりあげた理由です。)

まずは、その6段階の鏡像認知発達について引用しておきましょう。

ロシャの自己鏡映像の認知に関する6つのレベル(概説)

レベル0
 鏡自体に気づかず、まわりの世界と鏡の映像の区別がつかない。鏡の中に飛び込もうとして鏡にぶつかる段階。

レベル1
 鏡の中と環境の実世界が違うことに気づき、鏡の映像が実世界と随伴性(見える世界や動きに対応関係があること)にも気づき始める段階。

レベル2
 鏡に映る自己像の動きと自己受容感覚が結びつくレベル。鏡映像と自分の動きとの対応関係に興味を示す段階。

レベル3
 鏡に映っている自己像は自分であるという認識を持つレベル。いわゆる鏡テスト(こっそりおでこなどに色をつけて鏡を見せると、おでこをさわることができる)に合格する段階。

レベル4
 自己の永続性に気づくレベル。鏡に映っていなくても、写真などで着ている服が違っても、それを「時間を超えて」自分と分かる段階。

レベル5
 自己を、第三者的な観点から意識できるようになるレベル。つまり、完全な「自己意識」が芽生える段階。


これを見ると、「鏡の療育」が子どもの自己意識にどのように段階を追っていい影響を与えていくかがよく分かるのではないでしょうか?

既に記事で書いたとおり、このうち、レベル3までは、ただ大きな鏡を子どもに常時見せておくだけでも、(見せないのに比べれば)自然に発達が進むことが期待できると思います。
もちろん、鏡だけで最終的な自己認知のレベル5まで進めるわけではないでしょうが、その段階に進むための最初の一歩として、「鏡の療育」が理にかなったものである、とは言えるのではないでしょうか。

本書は、鏡像認知に関する記述が思いのほか詳しく、以前ご紹介した「うぬぼれる脳−鏡の中の「顔」と自己意識」と比べても新しい情報を知ることができたので、その意味では買って良かった本なのですが、それ以外の部分については、ちょっと踏み込みが足りないかな?というのが率直な印象です。

自己意識が、他者との関係性のなかから生まれてくる、というのは正しい方向性だと思いますが、そこから、「他者との関係性」イコール「他者に心を見出し、他者の行動を心という概念から説明すること=心の理論の発達」と無批判につなげてしまっていますし、その関係性から生まれるという「自己意識」も、ほとんど議論なく、内観し行動の原因を考える自己だということになっています。

自分の中に身体とは分離した「心」を考え、他者にも同様に目に見えない「心」があってそれが行動の原因になっている、というのは、典型的なデカルト的心身二元論(心と身体を独立した別のものと考える考え方)であり、その方向で研究を進めるのが本当に正しいのか、本来はもっと吟味されなければならないのではないかと思います。

(先ほど、「動物の心を実験する」という言葉をあえて何の解説もなく使いましたが、この言葉がどういうことを意味しているのか、突き詰めて考えると非常に難しいということに気づかれるのではないかと思います。)

また、本書のロボットに関する議論は、「心の理論」の有効性や普遍性を否定する、つまり前半の議論との間に矛盾を含んだ内容になっているように思うのですが、そういった議論も最後まで出てきません。

これらの問題意識がいずれも「心の哲学」に属するものだということを考えると、著者は恐らくそういった領域に関心が薄いのか、もしくは理解したうえで話を簡単にするためにあえて議論を省いたのか、どちらかなのでしょう。
個人的にはもう少しこの辺りにもページを割いて欲しかったなあ、とは思います。

※その他のブックレビューはこちら

posted by そらパパ at 22:42 はてなブックマーク | コメント(2) | トラックバック(0) | 理論・知見
この記事へのコメント
はじめまして。鏡の療育、すごいですね。難しいことはよくわかりませんが、゛自閉症゛と゛鏡゛を関係させた記事読ませて頂きました。私事ですが、わたしは鏡の前でご飯食べてました。部屋中を鏡にしようかと思ったこともあります。しませんでしたが…。今でも鏡の前で一人、話をします。鏡の前で、過去に人とかわした会話を再現します。なぜかそうしています。わたしにとって、いいような感覚があるからです。わたしは成人の発達障害者です。これは、わたしの秘密でした。一連の記事、面白かったです、最後に、わたしが単なるナルシストだったらごめんなさい。
Posted by きひと at 2009年03月01日 20:46
きひとさん、

はじめまして。コメントありがとうございます。

鏡の療育は、まだ私自身も分かっていないような「奥の深さ」がありそうだな、といつも思っています。

きひとさんからいただいたコメントもそうですし、この「鏡の療育」の話題では、いろいろな人から、思いもよらないような感想やご意見をたくさんいただいています。

「私」とか「私をとりまく世界」と、「鏡」というのがどういう関係をもっているのか、そういったことを考えるとどんどん哲学的な思索の世界に入っていってしまいますね。

とても興味深いご意見、ありがとうございました。
Posted by そらパパ at 2009年03月02日 18:33


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