2006年05月17日

自閉症に働きかける心理学(1)理論編(ブックレビュー)

韓国出張中に読んだ本の2冊めです。


自閉症に働きかける心理学〈1〉理論編
著:深谷 澄男
北樹出版

第1章 基礎の確認
 自閉症の診断
 脳神経系
 知情意と脳 ほか
第2章 展開への中継ぎ
 シミュレーションの意義
 モデル化の基礎
 さまざまなネットワーク ほか
第3章 実践活動の出発点
 脳の可塑性
 実践活動の理法
 知覚の問題 ほか

この本は、もしかすると恐るべき本かもしれません。
なぜなら、ちょっと(かなり?)変わった方法によってではありますが、自閉症の本質的な原因=脳がどのような損傷を受けているのか、に既にたどり着いているかもしれないからです。

本書の著者である深谷氏は、認知心理学の分野で「コネクショニスト・モデル」に基づく理論的アプローチを行ないながら、障害児教育の現場における実践も並行して続けている方のようで、本書も、この本が前半の「理論編」になっていて、続いて刊行予定の「実践編」とのセットで完結するという、自閉症の理論から療育の実践までを一人でゼロからまとめあげる壮大な著作となっています。

コネクショニスト・モデルとは何でしょうか?

それは、脳細胞が作り上げるネットワーク(ニューラル・ネットワーク)の仕組みをモデル化し、コンピュータ上に再現してシミュレーションを行なうことによって、脳の働きを解明しようという研究アプローチです。

私自身、本書ほどの詳細さで研究していたわけではありませんが、脳のネットワークにおける「和音の知覚」がどのように形成されるかをコンピュータシミュレーションによって実験する、というのが大学の卒論のテーマでしたから、コネクショニスト・モデルの研究者たちがどのような問題意識と方法論を持ち、どういった領域での研究を行なっているかは、おおよそ理解できます。

ここで、コンピュータシミュレーションごときで複雑なヒトの脳が理解できるわけがない、という批判はあまり正しくありません。

コネクショニスト・モデルが扱っているのは、学習曲線や汎化・分化、あるいはパターン認識など、「脳はどのように知識を吸収し、整理し、記憶し、問題解決に適用していくのか」といった領域、言い換えると「脳のアルゴリズムの研究」であって、知性や意識を持ったロボットをコンピュータ上に作り上げようとするものではないのです。

そして、本書の問題意識はまさに、そのような「脳のアルゴリズム」の障害として自閉症を定義し、その障害をコンピュータシミュレーション上に再現できないか、というところにあります。

つまり、コネクショニスト・モデルで扱われているネットワークアルゴリズムの中から、自閉症の障害と関係ありそうなものを選び出し、そのアルゴリズムの一部を傷つける(正常に動かないようにする)ことによって、ネットワークがどのような機能障害を起こすかを、実際にシミュレーションして確かめます。
もし、そこで起こる障害が、自閉症児の認知障害や学習障害と多くの共通点を持っているとすれば、その「ネットワークの機能障害モデル」は、自閉症児の脳機能の障害をうまく説明している可能性があるわけです。

本書でこの辺りが解説されている部分は、コネクショニスト・モデルの専門知識と、一見しただけではとても心理学や自閉症のことについて書いているとは思えないネットワークと記号の羅列が続く部分であり、読むのに相当難儀します。
細かい論理演算をやっている辺りは、私も完全には理解できません。

それでも、そこから導き出される自閉症に関するいくつかの仮説には、非常に斬新で、目を見張るべきものがあります。例えば:

・自閉症児に「細かいこと」を教えすぎると、かえって学習が阻害される。最も効率的な教え方は「本質的なことを厳選して教える」ことである。

・同様に、ノイズの少ない「構造化した環境」で教えることは、通常の雑多な環境で教えるよりも、途中の学習も容易なうえ、最終的に到達できる学習レベルも高くなる。

・ことばの表出の前段階として、ことばの理解がある。ことばをかけ続け、理解できることばを増やしていくことはことばの表出に有効である。

・早期介入には意味がある。

・感覚入力の適切な知覚処理のために必要な「側抑制」の機制に自閉症児者では異常があるために、感覚異常やその他の発達障害を引き起こしている。(これは私の仮説に近いですね)

・自閉症児で、一旦出たことばが消える(折れ線現象)のは、ことばに関連する「学習」が雑多になることで、ことばと事物との関係が壊れてしまうことによる。

・カナー型自閉症とアスペルガー症候群は別のタイプの障害である。


この方法論が優れているのは、古典的な脳のマッピングとはまったく異なるやり方で脳のレベルから自閉症の障害を説明し、かつ効果的な療育法に向けた道すじを用意してくれるところにあります。

私は、「自閉症の障害は脳のここの部分の損傷によるものです」といった形で、自閉症の脳の障害が説明される可能性はほとんどゼロだろうと思っています。
しかし、「自閉症の障害は脳のネットワークのこのような機能のダメージによるものです」という説明であれば、十分可能性があると思います。

そして、このような説明が可能になれば、自閉症児がどのような認知面での困難を持っているかが明確になり、効果的な療育法も分かってくるでしょう。もしかすると、薬も開発できるかもしれません。

そういった意味で、本書が私に与えたインパクトは、「こんな研究をしている人がいるんだ!」という驚きとともに、非常に大きなものがありました。

ただ、「本書の仮説・結論が正しい方向を向いているか」についての意見は、しばらく保留したいと思います。
もう少し書かれていることを吟味したいと思いますし、その上で自分なりの仮説を再構築していければと思っています。

そういえば、「理論編」と言いつつ、本書の最終章は具体的な療育法に触れているのですが、ここで紹介されている内容にはあまり共感できないですね・・・。「理論」から出てくる結論と実際の療育法とのつながりが強引すぎる気がしますし、療育法それ自体を見ると、何となく「古臭い」印象を感じます。

まあ、この辺りは後半の「実践編」が出ればもっとじっくりと研究できるでしょう。後半が出版されるのが非常に楽しみです。

※その他のブックレビューはこちら


posted by そらパパ at 22:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょっとこの記事と関係ないコメントですが、『折れ線現象』ってやつは、うちの子にもずっと以前からありました。今日始めて、この記事を読んでいて知りました!ずっと以前から、なぜなんだろうと思っていたことです。
2歳の時、初めて巡回移動相談というのを受けて、その時、診断名をもらいました。その時に、たぶん、言語療法士さんだと思う方に、質問しましたが、「さぁ~なぜなんでしょうねぇ」と言われてしまいました。さらには、「そういうお子さんも時々いるんですよ」という説明で終わりでした。
最近になって私なりに、考えた答えは、たぶん、言葉の意味自体は、全く解ってないけど、例えば、「樹く~ん」と呼ばれた時、「ハーイ」と答えるというやり取りそのものが面白かったり、その時興味のあることは、自分から意欲的に真似してみようという気持ちになるので、しばらくは真似してみるが、そのうち飽きてしまって、言わなくなってしまうのかなって思いました。言葉の本当の意味さえ解れば、しっかり定着できるのかな?と思いました。
『折れ線現象』という言葉は、『クレーン現象』という言葉と共に、「なるほど~ピッタリだ!」って感じで、なんか、やっとはっきりしたようで嬉しかったです!
Posted by いっくんママ at 2006年06月23日 13:15
いっくんママさんこんにちは。

そうですね、「折れ線現象」については、このコネクショニストモデルによる仮説が、一番説得力があるyとうな気がしています。

ただ、これは実はとても恐ろしい仮説で、非常に乱暴に言うと、自閉症児にことばを一度にたくさん教えると、根っこから全部忘れてしまうという仮説です。
ですから、着実に着実に、ゆっくりと教えていくことが求められる、というわけです。
(もちろん、この仮説が正しいと断定できるわけではありませんが。)
Posted by そらパパ at 2006年06月23日 23:15
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