鏡の療育とは、ひとことで言えば子どもの全身が映る大きな鏡を、生活空間に固定設置して子どもに見せる、ただそれだけのシンプルな療育法です。
それでも、この鏡の療育は、発達段階が比較的低い自閉症児に対する基礎的な認知スキルの向上に大きな効果があると考えられます。
特に、おもちゃを操作するような一般的な課題がまったくできないような、「何から手をつけていいかわからない」子どもに対する取り組みの1つとして、積極的な効果が期待できます。
「おもちゃ」としての鏡は、他のおもちゃにない、以下のような特長を持っています。
・適切な意図をもって接しなくても反応がある。
・微細運動を行なわなくても反応がある。
・鏡はそれ自体ただの1枚の板であり、部品だけで無意味な遊びをするといったことがない。
・こちらの動きに対し、一瞬の遅れもなく即座に反応が返ってくる
・同じ動きに対しては同じ反応が返ってくるため、因果関係が明確である
これらの特長により、普通のおもちゃを与えても感覚遊びや常同遊びにふけってしまう子どもでも、「体を動かして鏡像の動き(反応)を楽しむ」という、適切な操作遊びに容易に導くことができます。
鏡の療育の導入時の最初の目標は、このような「初めての操作遊びの体験」をさせることにあります。
この体験により、鏡の前で体を動かして鏡像を見る、という遊びに関心を持つようになれば、ただそれを繰り返すだけでさまざまな重要な気づきに到達することができるでしょう。具体的には、
・「世界」と「自分」との区別(自他区別)
・世界に対して自分が働きかければ結果が返ってくるという「相互作用」や「因果関係」
・自分が世界の中にいるヒトである、という原初的な「自己意識」
さらに、鏡の中の鏡像は、自分に対して「模倣遊び」をしているという、これも無視できない大きな特長を持っています。
鏡像が自分を映したものであり、鏡像の動きは自分の動きと同じだ、と気づいた後は、自分の動きはどんな風に見えるんだろうか、という「モニタリング」のツールとして鏡を使えるようになります。
私の娘も、鏡で遊ぶようになってしばらくすると、鏡に顔を映しながら泣くようになったり、鏡に口パクをしてことばの練習?をしたりと、明らかに自分の動きをモニタリングしていると思われる動きを見せるようになりました。
自己意識、他者への気づき、行動のモニタリング、模倣行動など、「鏡の療育」が効果をもつと思われる発達領域を考えると、この療育法は、発達レベルの低い子どもを他の療育法に進めるための橋渡しをするだけでなく、恐らく、自閉症が最も苦手としている領域に対してダイレクトに働きかける効果もあわせもっているのではないかと考えられます。
薬も、過酷なトレーニングもまったく必要としない安全な療育法ですから、関心を持たれた方は一度お試しになってはいかがでしょうか。
ただし、鏡自身の安全性には十分ご注意ください。割れても安心なアクリルミラーを、木ねじなどでしっかりと壁面に固定することを強くおすすめします。
(参考記事)
1.私が「鏡の療育」を考えた頃の話:1, 2, 3
当時の試行錯誤の過程を紹介しています。
2.それを踏まえた、当時の「鏡の療育」のガイド:, 1, 2
鏡の設置方法などはこちらの記事に詳しく掲載されています。
3.鏡と自己意識について書かれた本のレビュー:こちら
鏡に映った姿を「自己」と認識するという話題を掘り下げた本です。
4.アクリルミラーを通販している「アクリ屋」:こちら
こちらのサイトでアクリルミラーが購入できます。
うちには精神遅滞を伴う広汎性発達障害と診断された兄妹がいます。
こちらの「鏡の療育」をみて思い出しました。妹のほうがまだ1歳くらいのころ洗面台のボールにすっぽりとはまって座って遊ぶのが好きで、自然に鏡に興味を持って遊んでいたことを。こちらに書いてあるような感じで遊びが変化してました。
うちは偶然でしたが、発達にはいい影響があるんですね。今は年長ですが、お絵かきしていて顔にインクがついたとき、鼻をかむ姿、新しい服を着たとき、確認してます。テレビを見て覚えた踊りを鏡の前で踊ってチェックしたりもしてます。
ちなみに私たちの住んでいるところだと公的な療育を受けられるところはほとんどなく(うちは月に1回言語訓練だけでした)、民間もあの七田くらいしかなく、療育らしい療育なんてほとんど受けていません。さすがに今頃ちょっとあせり、親が勉強してみようかなと、調べていてこちらをみつけました。少しづつ参考にさせてもらって、もっと暮らしやすくなれたらと思っています。
コメントありがとうございます。
鏡というのは、とても不思議なものです。
そして、鏡を見たときの反応というのも、実はとても不思議なものなのです。
多くの動物は(一部霊長類を除く)、鏡に映っている自分の姿を「自分」だと認識することができません。
だから、ミケさんが書かれているように、鏡を「自分の姿を見よう」という目的で覗くというのは、それだけでもとても高度なことなんですね。
私自身、「鏡の療育」が具体的に認知のどの領域にどのように働きかけるのかがはっきり分かっているわけではありませんが、少なくとも、ほとんどのお子さんに対して無害で、かつ何らかの効果を与えている可能性が高いんじゃないだろうか、と思っています。
これからもよろしくお願いします。