この話の流れに関連して、ちょっと寄り道になりますが、感覚統合訓練について書いてみたいと思います。
原初的な発達課題に真正面から取り組んでいる数少ない療育法の1つが、「感覚統合訓練」であることは間違いありません。
感覚統合訓練は、体のさまざまな部分に感覚や動きや平衡感覚といった刺激を与えることによって、それらの感覚刺激をつかさどる脳細胞間のつながりを強化・統合・適正化し、脳機能を活性化させていこうという療育法です。
私は、発達段階の初期における感覚統合訓練の導入は確かにメリットが大きいと考えています。
ただそれは、主として実践プログラムの完成度に対する評価であり、感覚統合訓練が前提としている理論的な立場は、既に古くなっており過去のものだろうと思います。
私は、感覚統合訓練は、理論はイマイチだが実践はピカイチである、そんな風に考えています。
興味が限定しいろいろなことを試そうとせず、その結果、限られた感覚刺激しか経験していない自閉症児に対し、人為的にさまざまな感覚刺激を与えることによってその不足分を補うことには、大きな意味があるでしょう。
また、感覚統合訓練が実践の中で編み出していった、子どもにとって楽しくて、しかも新しい刺激を与えられる遊びの数々は、子どもに楽しい時間を提供するだけでなく、さらには親や他の大人と自閉症児との距離を近づけるツールとしての役割も果たすことができると思います。
さらに、自閉症児に感覚異常が多いことも事実ですので、感覚統合訓練によって異常のある感覚への適応性を高めていくことも、意味のあることでしょう。
アスペルガー症候群でありながら学者となった、かの有名なテンプル・グランディンさんも、自分にとって感覚統合訓練が有効であっただろうという話をつい最近、日本で行なっているようです。
ある母親がテンプルに「もし今、子どもに戻れるとしたらどんな療法を受けてみたいと思いますか?」と質問したら、テンプルは「私は感覚統合療法を受けます」ときっぱりと言ってくれました。(日本感覚統合学会 公式ホームページより)
「何から初めていいか分からない」ような子どもに対して「何かをする」という意味では、感覚統合訓練はその筆頭としてすすめられる有効な療育法だといえます。
ただ、感覚統合訓練は確かに、さまざまな感覚刺激への適応性を高め、粗大運動能力を引き上げることはできますが、働きかけの対象が限られており、それだけで全般的な認知スキルの向上を期待できるものではないと思います。
実際の療育の現場でも、感覚統合訓練は療育メニューの1つとして取り組まれており、これだけやっていればいい、という風にはとらえられていないと思います。
感覚統合理論そのものは、より広い発達領域をこの理論の枠組みで説明しようとしていますが、例えばことばの遅れや多動を単純に感覚統合訓練によって解決しよう、というのは、かなり無理があるのではないかと思います。
さて、話を戻します。
これまで、私たちは、発達の最初期段階の子どもにとって大切な発達課題は「世界と自分の相互作用への気づき」である、と考えてきました。
問題は、感覚統合訓練でこの発達スキルが獲得できるのか、ということです。
「子どもと大人が関わって『二項関係』が成り立っているのだから、当然獲得できるだろう」というのはちょっと違います。
感覚統合訓練が主に着目しているのは触覚刺激や平衡感覚、体の動きなど、直接ないし近接の刺激への適応力です。
それに対して、「世界との二項関係」のために必要なのは、自分と世界とを引き離して考える、「間接の世界への気づき」なのです。
この「近接」と「間接」の違いは決定的であるため、私は、感覚統合訓練には、この「世界への気づき」を促進する力は不十分である、と考えています。(もちろんこれは、それ以外の効果を否定するものではありません。)
そこで、感覚統合訓練とあわせて行なうべきもう1つの療育法として考えられるのが、「鏡の療育」なのです。
※参考:自閉症児の感覚異常とそれへの対応法の参考書として、以下の本を紹介します。(そのうちレビューも書きたいと思います)
アスペルガー症候群と感覚敏感性への対処法
著:ブレンダ・スミス マイルズ
東京書籍
「アスペルガー症候群」と書いてありますが、3~4歳以降くらいの自閉症児全般に参考になる、自閉症児者の感覚異常とその対処法についての入門書。
Amazonのレビューはずいぶん否定的ですが、そんなに訳が悪いとは私は思いません。
もっと幼い子ども向けの感覚統合訓練の実践方法については、こちらの記事も参照ください。
(次回に続きます。)