2006年05月15日

知性はどこに生まれるか(ブックレビュー)

今回の出張でも、飛行機の中でいくつか本を読みました。その中の1冊がこちら。


知性はどこに生まれるか―ダーウィンとアフォーダンス
著:佐々木 正人
講談社現代新書JEUNESSE

第1章 さんご礁の心理学
第2章 生きものはこのようにはふるまわない
第3章 「まわり」に潜んでいる意味―アフォーダンス
第4章 知覚する全身のネットワーク
第5章 運動のオリジナル
第6章 多数からの創造
エピローグ 名前のないリアリティ


アフォーダンス研究の第一人者である佐々木先生が書き下ろした、少し変わった毛色のアフォーダンス入門書。
「毛色の変わった」というのは、ダーウィンの業績を進化論ではなくアフォーダンス理論の観点から解説することによって、アフォーダンスの概要を説明しようという試みだからです。

アフォーダンス理論については「心を生みだす脳のシステム」などを読んで多少は知っていましたが、ごく最近まで、自閉症療育とはあまり関係ないと考えていました。
でも、最近より詳しいアフォーダンスの紹介を読み関係ないどころか大ありらしいということに気がつき、今では私の関心が最も強い分野の1つになりました。

アフォーダンス理論がどんなもので、なぜ自閉症療育に関係がありそうなのか、というところから書いてみたいと思います。

アフォーダンス理論によれば、ヒトは環境が持つ「意味」を、環境との相互作用の中から直接知覚していると考えます。

これは、感覚器官からの入力という「情報」が、脳の中だけで「情報処理」され、我々はそこで作り出された「脳の中の世界」に基づいて認知・行動するという従来型の認知心理学モデルと真っ向から対立する考え方です。

もちろん脳の中で「情報処理」が行なわれているのは事実であり、我々がそれに基づいて行動しているのも事実なのですが、問題は我々が参照する「世界の情報」がどこにあるのかということです。
従来型のモデルでは、「世界の情報」は脳の中に作られ、脳の中に蓄えられていくものですが、アフォーダンス理論では、情報はあくまでも環境の側にあり、我々はその「環境の利用の仕方」を学習していくのだ、と考えます。

ですから、アフォーダンス理論というのは、何よりも我々がヒトの心や知覚、認識といったことを考える出発点となる「枠組み」、パラダイムであり、「知覚とは何か」「知性とは何か」といった問題に対して、抜本的な意識改革を求める考え方です。

本書の魅力は、そのような「アフォーダンスのパラダイム」、つまり、アフォーダンス理論の最も分かりにくい出発点、常識を乗り越えなければならない部分に焦点を当てて、かみ砕いて説明している、というところにあると思います。
ダーウィンの成果として紹介されているミミズや昆虫や植物の環境への対応は驚くべきもので、確かに、脳の中の情報処理が知性である、という説明にいかに無理があるかを実感させられます。

アフォーダンス理論そのものを学ぶという意味では、踏み込む手前で終わってしまっているきらいがないわけではありませんが、その部分については、同じ著者による名入門書と呼ばれる「アフォーダンス-新しい認知の理論」が補ってくれるでしょう。(この本についても後日ご紹介できればと思います)

さて、それでは、このアフォーダンス理論がなぜ自閉症児の療育に重要な役割を果たすといえるのでしょうか。

それは、ひとつには、自閉症の障害がまさに、知覚、認知、環境(世界)の理解に関する障害だからです。

このブログの中で、私は「知覚の恒常性仮説」という自閉症の障害に関する仮説を紹介しています。詳細はともあれ、自閉症児が知覚レベルで何らかの困難さに苦しんでいるらしい、ということについてはほぼ確信しています。

アフォーダンス理論というのは、まさにその「知覚」がどんなものであるのかに意識改革を求める考え方です。
ですから、私は一旦形にしたこの仮説を、アフォーダンス理論が説く知覚のあり方に基づいて修正しなければならないかもしれません。もしかするとその修正は「撤回」に近いくらい大きなものになるかもしれません。
いずれにしても、私はアフォーダンス理論についてもっと知りたい、知らなければならないと強く感じています。

それからもう1つ、これはもっと端的な問題ですが、知的であれ身体的であれ、障害をもっているヒトにとっては、この世界が持つ意味が私たちとは違っている、つまり「生の環境」が障害児者に提供するアフォーダンスは、私たちに提供するアフォーダンスよりも限られている、という認識を持つことの重要さです。

具体的な例をあげれば、目が見えないヒトにとっては、つるつるの面に字だけが書かれた掲示は「知覚」できません。そこに点字を加えたり、音声案内を加えることで、「知覚」できるようになります。
同様に、自閉症児者にとって「生の環境」は、自立生活するためのアフォーダンスを十分に提供しない場合があるでしょう。そのときは(掲示に点字を加えるように)我々が環境に働きかけることによって、初めて「意味のある」「生活できる」世界が生まれてくるはずなのです。

そう考えていくと、アフォーダンス理論もやはり、TEACCH的な構造化などの「環境への働きかけ」の意義や、私たちが持つべき障害観について、大きな示唆を与えてくれるものであることは間違いないでしょう。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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