絵でわかる自閉症児の困り感に寄り添う保育
著:佐藤 曉
学研 ヒューマンケアブックス
「意味の島」をつくる
「プレイ」を企画する
「要求」を育てる
「移動」を教える
スケジュール指導
生活習慣をつくる
「保育の流れ」をつくる
「保育の流れ」に乗れない子どもに
集団の中での支援
仲間と共に育てる
行事に向けた手だて
保護者と共に
佐藤氏の「困り感」シリーズは定評のある特別支援教育シリーズで、当ブログでも別の本のブックレビューのなかで触れたことがあります(参考記事)が、この本はちょっと色合いが異なります。
サイズが大判でハードカバーになっており、ページ数が極端に少なく、オールカラーで、「幼児向け絵本」のような装丁になっています。
中身はほとんどが大きな手書きのカラーイラストになっており、そこに補助的に解説文が添えられています。「困り感」という用語も、実際にはあまり出てきません。
イラスト中心でTEACCH的で絵本みたいな装丁、ということで、同じ出版社による、佐々木正美氏の「自閉症児のための絵で見る構造化」シリーズとのつながりも感じます。
自閉症児のための絵で見る構造化 パート2―TEACCHビジュアル図鑑(レビュー記事)
ただ、「絵で見る構造化」シリーズが、モノクロで絵も解説文も密度が高くボリューム感があって、タイトルどおり「図鑑」「事典」のように「気になったページをぱらぱらと見る」感じで読む本であるのに対し、今回の本は、オールカラーでイラストのタッチも柔らかく、また取り上げられている「場面」もずっと少なく厳選されている分、「図鑑」というよりは「ケーススタディ」というか、「ある素晴らしい1つの保育園の、イラストによるルポルタージュ」のような印象です。
最初から最後まで自然に読み通せて、「なるほど、自閉症児の支援ってこうやればいいんだ」という「全体像」がはっきり分かる構成だと言えます。
前半は、必ずしも「保育園」という環境に留まらない、自閉症児支援の一般的な話題が中心で、主に「視覚支援」と「構造化」によって自閉症児が活動しやすい環境を作っていく方法について解説されています。
なかでも、自閉症児支援(パニック回避)のポイントは「要求」と「移動(活動の切り替え)」にあり、ここをうまく支援できれば自閉症児自身もぐっと楽になる、との指摘は的確で、「困り感」という視点から特別支援教育にソリューションを提供していこうという佐藤氏の真骨頂が現われていると言える部分です。
このうち「要求」に関しては、絵カードを使ったコミュニケーションブック(バインダーに絵カードをまとめたもの、PECSとしての使い方も含む)の活用法について解説があり、「移動」に関しても、トランジションカード、トランジションエリアを活用した絵カードによるスケジュール支援の具体的な手法が紹介されています。
どちらも、手順にしたがってマンガのコマ割のようなスタイルで詳細に解説されたカラーイラストになっているため、初めての方であっても何をどういう手順でやればいいかが分かると思いますし、逆に絵カードをある程度活用している方なら、その洗練された手法が大いに日々の絵カード活用のヒントになるでしょう。
その他、着替えや片付け、トイレトレーニングなど、生活習慣の指導方法についても簡単に触れられています。
後半は、より「保育」という環境のなかで生じる問題点とその支援に焦点が当てられ、「集団生活への参加」や「他の子どもと同じ活動に入れない場合」、「行事活動への参加」「保護者とのかかわり」といったテーマが取り上げられています。
・・・と書くと、この辺りは親御さんが読む場合には参考にならない印象ですが、必ずしもそうではありません。
集団活動への参加にしても、行事の前の準備にしても、まさに自閉症児を集団の場に通わせる際に問題となり、親として最も頭を悩ませるテーマばかりです。
ですから、そういった問題への対処法を知るという意味でも参考になりますし、園や学校などに「こういう支援をしていただけないでしょうか、家ではこういうことをやらせて準備します」といった形で提案する際の資料としても役に立つでしょう。カラーイラストなら一目で分かりますから、先生などに説明する際も、本書のイラストページを活用すれば、スムーズにコミュニケーションができるかもしれません。
ですから、「保育」を主なテーマにした本書の後半も、保育士だけでなく親御さんにも大いに役立つ内容になっていると思います。
ところで、内容について少し細かく書きましたが、実は本書の最大の魅力は、細部というよりはその全体から伝わる「支援体制の全体像」にあると感じています。
私はこの本を読んで、娘が就学前に通っていたTEACCH系の療育センターのことを鮮明に思い出しました。
分かりやすく構造化された教室、そこを次々に移動しながらいろいろな療育を楽しそうに受けていた娘の姿、熱心に指導されている先生方。
そこにあった情熱とあたたかさ、配慮された環境、楽しそうに療育を受ける子どもたち、そういった魅力的な「支援体制の全体」がもつ魅力が、本書では「本」というメディアに結晶されています。それは改めて考えてみると、ちょっと奇跡的なことかもしれません。
目次や各章のトビラページを除けば、正味のページ数は60ページにも満たないでしょう。そしてその大半がイラストでできていますから、もちろんこの本は「じっくり読み込む」ものではないでしょう。
本書はむしろ、「とても魅力的な療育支援の場」をバーチャルに体験できるところにこそ、最大の魅力があるのではないでしょうか。
俗にいう「TEACCH的な療育」が、どんなものかイメージを知りたい方。
何となく、いま自分が取り組んでいる日々の療育がバラバラでちぐはぐだなあ、と感じている方。
お子さんを通わせている園や施設、学校の支援体制にちょっと違和感を感じていて、「いまとは違う支援体制」を見てみたい、と感じている方。
ぜひ、本書の中に閉じ込められた「1つの理想的な支援体制のある保育園」を見学してみてください。
ほんの1時間か2時間あれば、全体をぐるりと見て回ることができるでしょう。
自閉症児がいきいきと活動する、本書のなかのバーチャル保育園を、一度のぞいてみませんか?
本書はページ数に対する価格としてはやや割高な印象ですが(大判のハードカバーでオールカラーなので仕方ないのですが)、佐藤氏お墨付きの「評判のいい保育園の見学に行く」と考えれば、リーズナブルだと言えるのではないでしょうか。
なお、「保育」とありますが、割と高度な支援まで含まれていますので、我が家のように子どもが「重度」以上の場合、小学校への就学後の支援についても、本書から得られる部分はとても大きいと思います。
※その他のブックレビューはこちら。
一読しました。 なるほどいい本ですね。
全体から温かみを感じつつも、具体的な支援方法にも言及されていてわかりやすかったです。
構造化というとキッチリ、カッチリというイメージを持っていたのですが、この本から感じる印象としては、さりげなく配慮するというふうな感じです。
やたらと研修の多い娘の通う公立の幼稚園に明日持って行こうと思います。
でも、絵心のない先生にはプレッシャーになるかもしれませんね。 絵カード作成には手書きにこだわることなく、クリップアートなどを活用していただきたいものです。
一読されて,やってみたい取り組みに接したからといって,
すぐに幼稚園に持っていくのはどうなのでしょう???
絵カード作成などはご家庭でもできる取り組みですよね,
ご家庭でも取り組んでいることに対して幼稚園に協力を求めるのなら理解出来ますが,本を持って『このような支援を』と要求されるだけなら,場合によっては反感を抱かれる場合も多いのでは・・・。ちょっと心配になったもので・・・。
コメントありがとうございます。
この本は、TEACCHの構造化というのは、要は世界の「意味」が分からずに途方にくれている自閉症の子どもに「意味」のある場を作っていくことなんだ、ということを教えてくれているように思います。
絵カードは、手描きであるかどうかではなくて、子どもにとって理解しやすいかどうかが重要ですね。写真や記号のようなもののほうが分かりやすいお子さんもいれば、実物を貼り付けるのがベストなお子さんもいらっしゃると思います。
本書は幼稚園などでのコミュニケーションにもおおいに参考になると思います。
umetaさんのおっしゃるように、単に本を見せるというのではなく、一緒により良い支援体制を作っていくための参考資料として提示することができれば、きっと有効に活用されるのではないかな、と思います。
ご心配有ありがとうございます。
私は当事者ではなく、自閉症者の支援の仕事をさせていただいています。
ですので、この本を使ってうちの子供にはこの様なことをしてください。というのではなく、一資料としてご一読ください。という意味で、幼稚園に持って行った次第です。