愛犬を賢く育てる「魔法のクリッカー」―中高年のための犬の飼い方・しつけ方
著:渡辺 格、石和田 陽一
PHPエル新書
今度は犬まで登場です。
とはいっても、もちろん、「気晴らしのために犬でも飼いましょう」ということではありません。
実は、本書に掲載されているのは、飼い犬に対してABAを適用する方法なのです。
当たり前ですが、犬は人の言葉を理解しません。もちろん、命令に従うようにしつけることは可能ですが、それは言葉を理解したわけではなく、音声に対応する行動を学習しただけです。
そんな、言葉の分からない犬に芸を仕込んだり問題行動を減らしたりする方法は、同じく言葉が通じにくい自閉症児の療育へのヒントになるのではないか、と思って本書を読みました。期待にたがわず、なかなか面白い本でした。
ちなみに・・・
「大切な子どもと犬を同列に扱うなんて、絶対に許せない!」というご意見もあるかもしれませんが、決して「子どもを犬同様に扱う」わけではなく、単に「子どもに犬と同じ方法論を適用する」だけです。
そもそもABAは動物実験の結果を人に応用した方法論ですから、動物で成功している方法を人の療育の参考にするのは不自然でもなんでもないのです。
ここで、クリッカートレーニングの概要を説明します。
クリッカーとは、手に収まるくらいの器具で、「カチッ」という音(クリック)を出すことができます。
このクリッカーを使って、クリッカーを鳴らした後にえさを与えるという条件付けを繰り返し、クリック音を聞くとえさを期待するという学習をさせます。
これは、通常のABAで使われる「オペラント条件付け」ではなく、「パブロフの犬」の実験で有名な「レスポンデント条件付け」の学習になります。
ともあれ、この学習によって、クリック音自体が「ごほうび」となり、ABAの強化子として使うことができるようになります。(ここから先はオペラント条件づけになるわけです)
そして、犬が望ましい行動を開始したらその都度クリックし、1セットの行動が終わったらすぐにえさを与える(Click and Treats)というトレーニングを繰り返すことによって、犬に望ましい行動を学習させます。
これは、課題実行中は「いいよー、がんばってるねー、すごいよー」などと口でほめ、課題が終わったら休み時間にする(ごほうび)といったやり方と実質的に同じだと言えます。
クリッカートレーニングを、通常の「ごほうび」だけを使って強化するやり方と比べると、望ましい行動をより的確に強化できるというメリットがあります。
例えば、ボールを投げて、犬がそれをくわえて戻ってきたときにえさを与えた場合、クリッカーを使わないと、犬は「ボールをくわえて」戻ってくることではなく、単に主人に近づくことを学習してしまうかもしれません。
これに対し、クリッカーを使えば、犬がボールに向かって走ればクリック、ボールをくわえたらまたクリック、戻ってきたらまたクリックしてえさを与えることができますので、「ボールを取りにいってくわえて戻ってくる」という行動全体を適切に強化できるというわけです。
本書は、クリッカートレーニング以外にも、強化、消去、罰といったABAの基本的な考え方や、問題行動への対処の仕方など、実践的なABAの適用ノウハウが満載です。
例えば・・・
犬の行動形態は限られている
犬は読書やテレビを見たりしません。つまり、やることと言えば、寝る、飼い主と遊ぶ、ものをかじる、程度のことです。ですから、好ましくない行動(家具をかじるなど)を叱ったとしても、犬は似たようなことをする以外に方法がないのです。したがって、今度はスリッパをかじることになります。ですから、飼い主は常時、犬に好ましい行動を教え、また、犬が自発的にそうしているなら(サークルで静かにしているなど)、すかさず褒美を与えてやらなければなりません。(初版78ページ)
これなんかは、そのまま自閉症児の常同行動への対処法にもつながっていると思います。
対象が「犬」なだけに、非常に率直なしつけのやり方が紹介されています。
それに加え、普通の飼い主がついついやってしまう「誤ったしつけの仕方」の例とABAに基づく正しいしつけ方が対比的に示されるので、やはり同じく私たちが陥りがちな「誤った行動療法の適用の仕方」に気づくことができます。
ある意味、どんな本よりも分かりやすいABAの実践マニュアルになっています。
行動療法がどんなものか今ひとつ分からないという方、あるいはちょっと変わったABA本を読んでみたいという方におすすめしたいと思います。
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