応用行動分析学入門―障害児者のコミュニケーション行動の実現を目指す
編著:山本 淳一、加藤 哲文
学苑社
1 総論
1章 "コミュニケーションを教える" とは?
2章 応用行動分析学の基礎知識
3章 コミュニケーション行動の機能的分析
4章 非音声的コミュニケーション手段の活用
2 適用技法編
5章 指導プログラムの概要
6章 コミュニケーション行動を形成するための基礎的・応用的指導技法
7章 コミュニケーション行動の般化とその自発的使用
8章 コミュニケーション行動の査定(アセスメント)方法
3 事例研究編
9章 要求言語行動(マンド)の形成技法の基礎
10章 非音声的コミュニケーション行動の日常での般化のために
11章 自閉症児の地域社会での言語指導
12章 コミュニティ・スキル訓練
13章 問題行動を減らすための機能的コミュニケーション訓練
4 関連領域との接点
14章 コミュニケーション行動の系統発生
15章 コミュニケーション行動の個体発生
これも、読んでちょっとびっくり。
1997年発行の本なので、自閉症本、特にABAの本としては決して新しくない部類に入ると思うのですが、内容は他のどのABA本よりも「新しい」と言っていいかもしれません。
本のサブタイトル、そして詳細目次からも分かるとおり、本書は「ABAでコミュニケーションを教える」ことに焦点を絞った本なのですが、にもかかわらず、ロヴァース的なアイコンタクトやマッチング、音声模倣などのトレーニングが延々と載っている本とは対極にあります。
必ずしも音声言語にはこだわらず、あくまでもコミュニケーションの「機能」にこだわり、それを効果的に指導するためのノウハウが実践的に書かれた本だと言えるでしょう。
本書の想定読者は、おそらく養護学校や障害者福祉施設などの教員・職員だと思われます。
専門書ではあるのですが、第2章でABAの基礎知識、第3章でABA的に整理された「コミュニケーション」の考え方が詳しく説明されているので、じっくり読めば誰にでも読みこなせる内容だと思います。
特に第3章は、マンドとタクトの行動分析が類書に例をみない詳しさで紹介されており、ABAがコミュニケーションをどう捉えているのかを知る上でも役に立ちます。
なお、本書における「コミュニケーション」は、いわゆるマンド(要求言語行動)とタクト(叙述言語行動)に限定されていて、複雑な構文を教えるといった、国語学習的な方向性はありません。
あくまでも「コミュニケーションを教える」であって「日本語を教える」ではないわけです。
「適用技法編」では、チェイニング、プロンプト、フェイディング、般化、自発性向上、記録法など、より応用的なABAの技法についてかなりのページを割いて解説されています。
ユニークなのは続く「事例研究編」で、ここには、聴覚障害者に手話を教える、自閉症児に買い物の途中で電話報告をさせることを教える、自閉症児にスーパーで買い物することを教える、精神遅滞を伴う自閉症児の問題行動をコミュニケーション指導により減らす、という4つの事例が詳しく紹介されています。
ここを見ても分かるとおり、本書は「障害児者の・・・」となってはいますが、実際には自閉症児が主たる対象となっており、自閉症の療育本として読んでも無駄がありません。
そして、音声に限らずどんな方法でもいいから、障害児者に必要なコミュニケーションスキルを身に付けさせるにはどうすればいいのかを、「日本のABA」という枠組みから徹底的に考えた本だと思います。
この「日本の」というのが実はなかなか貴重なポイントで、日本で入手できるABA本のほとんどが訳書であるのに対し、本書は日本の療育を知っている日本人の著者が書いているために、ABAをとりまく日本の療育環境がリアルに映し出されています。
例えば・・・
・・・居住施設を例にとって考えてみよう。マンドをまったく示さない障害児者に対して、「ごろごろテレビを見るばかりで困ったものだ。何がしたいのか"意思"を表明する"能力"があればよいのだが」というコメントを、けっこうベテランの職員から聞くことがある。意思表示をしないのは、もっぱら障害児者の側に問題があるという見方である。(中略)
しかし、少し視線を引いて、その障害児者の生活環境全体に目を向けてみれば、そこには、実はつけっぱなしのテレビが置いてあるだけで、あとはまったく放置されている、といった実態が存在していたりする。そうであれば、そこで問題にされるべきことは、本人の意志や能力ではなく環境設定の方である。コミュニケーションの手段であるとか、それが上手にできるかといった以前の問題なのである。たとえ(中略)指導室で、「~をください」といったマンドを、口話や手話で示せるようになっても、三度の食事どころか、おやつさえ自分では選べなかったり、クリスマスのプレゼントは「公平のため」と言って全員に同じものが配られるような環境下では、マンドの般化など生じるわけがないのである。(1章 "コミュニケーションを教える" とは? より)
少し長く引用してしまいましたが、アメリカのABAの訳書とはまったく違う、日本的なウェットさにあふれたABA本であることがよく伝わってくるのではないでしょうか?
(念のため書いておきますと、上記は現場へのグチではなくて、現場の教育者への心構えの指導として書かれているわけです)
値段が高いのがちょっと残念なのですが、ABA本を何冊か読んでみて、「どうも頭でっかちな技法ばかり書いてあってしっくり来ない」、「まったく言葉の出ないうちの子どもには教えられそうにない」、あるいは「ちょっと今まで読んだものとは違うABA本が読んでみたい」と思う方、おすすめです。
値段分の価値は十分詰まった本だと思いますし、何よりオリジナリティがありますから。
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