マトリックス 特別版
出演:キアヌ・リーブス,ローレンス・フィッシュバーン 他
監督:アンディ・ウォシャウスキー,ラリー・ウォシャウスキー
ワーナー・ホーム・ビデオ
このあまりにも有名な映画が、自閉症と関係があるの? といえば、私にとってはあります、と答えるしかありません。
なぜなら、この映画は、私が「自閉症の知覚恒常性障害仮説」(右のシリーズ記事「自閉症とは?-独自の仮説」参照)で強調したかったポイントの1つ、「私たちの持っている世界観なんて、結局は仮想でしかない」ということをズバリ映像化した映画だからです。
この映画は難解だという人が多く、何度見てもまったく意味が分からないと言う人も多いです。
実際、この映画にはメタファー(隠喩)が数限りなく散りばめられており、私自身もそれらが全部分かっているわけではもちろんありませんが、ただ表面的なストーリーを理解するだけでも、難しいと感じる人には本当に難しいようです。
なぜでしょうか?
それは、この映画が、私たちがまったく当たり前に受け止めている常識を完全に覆すところからストーリーが組み立てられているからだと思います。
その常識とは、「世界は見えているとおりにそこに存在する」という世界観です。
目の前にパソコンのディスプレイがあってブログの記事を読んでいる。
ふと喉が渇いたので、外に出て行って自販機でジュースを買ってごくごくと飲む。
こういった日常のあらゆることはコンピュータが作った「幻」で、あなたは本当は培養液の中で「飼育」されている、と言われたらどう思いますか?
そのことに気づかないよう、コンピュータはあなたの脳にプラグをつないで直接情報をやりとりし、仮想の空間であたかも実際に世界で生活しているような「幻」を作り続けているのです。この仮想空間こそが「マトリックス」なのです。
「マトリックス」という空間は、「夢を見ていること」に例えると分かりやすいでしょう。
夢の中で私たちはいろいろな行動をとりますが、それはすべて「幻」で、実際には私たちはベッドで寝ているだけです。
この映画の設定のキモは、夢から目覚めて、普通に生活していると思っている「この世界」も、実は培養液につかりながら見ている「夢」、しかもそれはコンピュータによって操られた夢だ、という構造にあります。
この世界観の転換に気づけないと、この映画は絶対に分かりません。
逆にいえば、分かった瞬間に、この映画の持つ最大の魅力に手が届くといっていいと思います。
舞い戻って、自閉症療育の話。
この映画を見ることで得られる1つの収穫は、自分の世界観を相対化できることだと思います。
自分が絶対だと思っていることも、実は絶対ではないかもしれない。ましてや、他の人の持つ世界観が、自分と同じであるはずがない。
そう思って自閉症児を見るとき、彼らの見せる不思議な行動が「普通から外れた異常行動」としてではなく、「まったく違う世界観に生きるかけがえのない存在である証拠」に思えてくるのではないでしょうか。
だからこそ、この映画は、自閉症療育と「ちゃんと」関係があると、私は感じているわけです。
補足:
この映画を、上記レビューのような観点から掘り下げた面白い本があります。
哲学の冒険―「マトリックス」でデカルトが解る
著:マーク ローランズ
集英社インターナショナル
第1章 「フランケンシュタイン」で実存主義が解る
第2章 「マトリックス」でデカルトが解る
第3章 「ターミネーター」で心身問題が解る
第4章 「トータル・リコール」&「シックス・デイ」でアイデンティティ論が解る
第5章 「マイノリティ・リポート」で自由意志が解る
第6章 「インビジブル」でカントが解る
第7章 「インデペンデンス・デイ」&「エイリアン」で黄金律が解る
第8章 「スター・ウォーズ」でニーチェが解る
第9章 「ブレードランナー」で死の意味が解る
映画が好きな人にとっては、最高の哲学入門書といえるかも知れませんね。
※その他のレビューはこちら。
自閉症だけでなく,脳卒中など他の脳の機能障害による症状についても同じようにいえますね.例えば高次脳機能障害を持つ方が感じている世界と,私たちが当たりまえと感じている世界の乖離を想像するには,この映画は役に立ちますね.
私は学生さんなどに話す時に,ギブソンの「アフォーダンス理論」などと組み合わせて説明しています.
私たちは、自分が知覚している「世界」が、あまりにも当たり前にそこに存在しているように見えるために、絶対安定の客観的な真実だと思い込んでしまいがちです。
が、実際には、非常にうまくつじつまを合わせた「作られた世界」を私たちは感じているわけですよね。
例えば、私たちが色を知覚できているのは、実は視界の正面のごく限られた領域だけで、視界の大部分は白黒の世界です。
でも、脳がうまく取り繕って、視界全体がカラーであるかのように知覚しているわけです。
心理学を勉強する「意味」の1つは、こういう「当たり前」と思われることまで自分の中で相対化できることだと思います。
アフォーダンス理論は私も興味あります。
今のところ、自閉症との関連が見えてこないので本などは読み込んではいないのですが(茂木本に出てくる程度には理解していますが)、時間ができたら佐々木先生の本など読んでみたいですね。
アファーダンス理論、わけあって読みました。(「わけ」については近々ブログで書きます)
いやー失敗でしたね。アフォーダンス理論といっても、単に「この木は○○できる」「この石は○○できる」とか、そういう知識の積み重ねということでは全然なくて、まさに知覚理論そのものだったんですね。
自閉症児の知覚異常に関心のある私にとっては、無関係どころかストライクゾーンど真ん中でした。
今後、もっともっと掘り下げていきたいと思っています。