2006年04月21日

知覚の恒常性障害という仮説(7)

「自閉っ子、こういう風にできてます!」で、2人の自閉症者から語られる不思議な世界観(本の中では「俺ルール」などと呼ばれていますが)を改めて見てみると、重要な2つの共通点があることが分かります。

・乗り物は、私が念を送っているから安全なんだと思っていた
・この世界を大きな巨人が上から覗いていて、とても高性能のコントローラーで私たちを動かしているのだと思っていました。
・(クラスメートは学校の備品だと思っていた。)家に帰ると親がいます。学校にいるとクラスメートがいます。クラスメートとは、教室にいるものだったんです。まさか一人一人におうちがあって、そこから通ってきているとは思いもしませんでした。
・私は自分が学校に歩いて行っているのか、世界が回り舞台のように自分に近づいてきているのか、どっちなのかはっきりと確信が持てていませんでした。
・私としては、劇の中を生きているわけですから、両親が見えないときは「あ、両親役の人『出待ち』なんだ」と思っていました。


1つは、「心の理論」の欠如または変性です。ヒトをモノと同類のものとして見ているような記述がいくつも見られます。

これは、「ヒトをモノ扱いする冷たい人間」というニュアンスではありません。
そうではなくて、対象物への「向き合いかた」が1種類しかない、つまり、モノとヒトに対して同じ思考回路・行動パターンを使っているというだけのことなのです。
本記事の後半でも出てきますが、「違う世界観を生きている」ということに対して、安易に「こちらの世界観」の価値判断を押し付けることは適当でありません。

そして、よくよく読んでみると、ここにもう1つ、より重要な共通点があることに気づきます。

その、より重要な共通点とは、「世界」という固定された外界の座標軸がない、ということです。

私たちは、目の前にパソコンがあって、机があって、部屋があって、家があって、町があって、地球があって、その中でいろいろな人が暮らしている、そして私自身もそういう世界の中で生きている、という世界観を、当たり前に持っています。

つまり、私たちは、「世界」という安定して動かない(誰にも動かせない)空間が自分の周りに広がっていることを「知って」いて、自分自身も、その世界の中で生きている存在に過ぎない、ということを常識として持っています

このような常識を持つことができるのは、自分の周りの世界が動かずに存在しているという認識、つまり、知覚の恒常性に基づく物の永続性が確立しているからこそです。

素朴物理学にしても心の理論にしても、視点を「自分の中」から取り出して「外界」に持っていくこと、つまり、「世界という視点」から自分を相対化することによって初めて成り立つものであり、これには物の永続性の確立が深くかかわっていると考えられます。

これが仮に、首をかしげれば周りの世界が斜めに傾き、首を回せば周りの世界がぐるぐる回転し、物が倒れたら別の物に見えてしまうような、知覚の恒常性が失われた状態だとしたらどうでしょうか。
そうしたら、自分が動いていて「世界」が止まっているのか、自分は止まっていて「世界」が動いているのか、どっちなのか分からなくなっても無理はありません。

これは、「天動説」と「地動説」の違いに似ています。
私たちがもし、太陽系を上から見下ろせるような「神の視点」を持っていれば、地球が動いていることはすぐに分かります。
でも、私たちは、地球が動いていることが分からない視点で生きています。そんな私たちにとっては、太陽が地平線から「昇ってくる」という「素朴物理学」こそが日常の世界観です。

同じように、「周りの世界が安定した空間であること」が分からない視点で生きている人にとっては、自分が止まっていて周囲が動いている、という「『私』の天動説」が日常の世界観になっても不思議ではありません。

かつての天道説が、火星や金星の動きをうまく説明できなくて、途中にねじれのある奇妙な軌道をでっちあげた(だからこれらの星は「惑う」星と名づけられています)ように、「『私』の天動説」でうまく説明できない他人の行動などに対しても、巨人が動かしているとか、劇の配役をやっているとかいう奇妙な理屈が生まれてくるわけです。

こう考えると、一見突拍子もないように見えるこれらの「世界観」も、やはり自閉症という発達障害から、ある意味「必然的に」生まれてくるものだということが理解できます。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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