2010年08月30日

3た論法から療育リテラシーを考える(6)

インチキ療法にだまされないための基礎的な論理武装としての「療育リテラシー」について、「3た論法」という観点からまとめているシリーズ記事の、第6回です。

「3た論法」とは、以下のような「理屈」で、ある療育法の有効性を主張する、誤った論理構成パターンのことを指します。

「ナントカ療育を試した・良くなった・ナントカ療法は効く!」

以下が、これまでご紹介した「3た論法」にまつわる問題点です。

(1)そもそも「3た論法」は、因果関係を示しているものではないこと、

(2)「脱落効果」によるサンプリングの偏りが、効果のない療育法を効果があるように見誤らせることがあること、

(3)有効性があるという「結果」は公表され、そうでない結果は公表されないことで効果が過大に評価される「発表バイアス」があること、

(4)悪い状態を「基準点」にすると、その後は自然に「より良くなる」可能性が高くなるという「平均への回帰」があること、

(5)発達の一方向性と離散性により、自然な発達にみられる「できるようになる」瞬間を、療育の効果と見誤りやすいこと。


だんだん疲れてきました(笑)。
残りは少し急ぎ足で書いていくことにします。


(6)観察者バイアス

「この療法でよくなるはずだ」という先入観をもって「観察」すると、実態以上に「よくなっている」かのように見えてしまうという心理的効果のことを、「観察者バイアス」と呼びます。

例えば、ナントカ療法の実施前と実施後で、1日のパニックの回数をカウントするという「エビデンス」を取ろうとしたとします。
ところが、この「パニック回数をカウントする人」が、「ナントカ療法は効くはずだ」という先入観を持っていると、例えばちょっと大声を出す程度の「プチパニック」を、「実施前」についてはパニック1回とカウントし、「実施後」に対しては「これはパニックというほどではない」ということでカウントしない、といったことが、無意識のうちに起こってしまうのです。
その結果、「ナントカ療法の実施後は、実施前よりも有意にパニックの回数が減少した」という「誤った結論」が、「エビデンスに基づいて」導かれてしまうことになります。
(パニックのようなある程度行動化された事象の観察ではなく、たとえば「愛着を示す」といった、観察者の「解釈」が含まれる事象だと、この観察者バイアスはより大きなものになってしまう可能性が高いでしょう。)

この「観察者バイアス」の影響力は予想以上に大きく、医療や科学のさまざまな実験で、この観察者バイアスが排除できなかったために誤った結論が導かれる(そして、別の研究者による追試等で否定された)ケースが多々あるため、より厳密な実験デザインとして「二重盲検法」という実験デザインが採用されます。
二重盲検法とは、単純にいえば、「結果を観察・測定する人自身も、その対象者が施術を受けているかどうかを知らない」という実験デザインを指します。
つまり、上記の「パニック回数をカウントする」ことで言えば、ナントカ療法実施前と実施後の様子をビデオに録画し、どちらが「実施前」でどちらが「実施後」か分からないようにしたうえで、ナントカ療法を実施した人とは別の人にパニック回数をカウントしてもらう、といったやり方をとれば、観察者バイアスを排除できることになります。


(7)あとづけの効能選択

例えば、「自閉症のあらゆる問題に効くサプリメント」というのがあったとしましょう。
代替療法がうたう効能っていうのは、だいたいこんな感じで、下手をすると「万病に」効いたりします。
実はこの「あらゆる問題に効く」「万病に効く」とする「幅広い効能」こそが、代替療法が「効いたように感じられる」重要なトリックの1つだったりします。

例えば、あるお子さんがこのサプリメントを飲んだあと、「パニックが減ったような気がする」状態になったとします。(ちなみに、このような「効果があるような感じ」の判定そのものに非常にたくさんの問題があることは、これまでのシリーズ記事で繰り返し解説しているので、あえて繰り返しません)
そうすると、このお子さんにとって、このサプリメントは「自閉症のパニックを減らす効能のあるサプリメント」ということになります。

また、別のお子さんが同じサプリメントを飲んで、その後にたまたま発語があったとします。
そうすると、そのお子さんにとっては、このサプリメントは「自閉症の子どもに発語をもたらす効能のあるサプリメント」ということになります。

どういうことか分かるでしょうか?
つまり、「何にでも効く」という効能をうたうことによって、それを利用したお子さんの身におこるさまざまな「自然な変化・発達」のなかから、一番「よい方向」に変化したものをどれでも自由に選択して、「効能があった」と解釈することができる、ということです。

たとえば行動療法ならターゲット行動の増減だけが「効能」になり、標準的な薬物療法なら、自傷やパニックなどの特定の行動の増減を主たる「効能」とするなど、「効能」は限定的です。なので、「効いたかどうか」の判定も、その分だけ厳密に行なうことができます。

それに対して、「なんにでも効く」という代替療法は、「効能」を非常に幅広くとることによって、「たまたまの改善・発達」を幅広く拾い上げて、あたかも「効いた」かのように主張できる可能性を高めているということができます。

このような「あとづけの効能選択」の戦術をとっている代替療法は、やはり、眉につばをつけて接する必要があるでしょう。
要は、「誰にでも効きます」「何にでもききます」「特定の問題を治すんじゃなくて、身体全体を良くしていくんです」みたいな主張は、「うさんくさい」わけです。
「Aという効能を期待してナントカ療法をやってみたら、Bという効能がありました!」「それはよかったですね、続けていればAにも効きますよ」みたいなやりとりは、代替療法の掲示板とかでは普通に見かけるものですが、これこそ「あとづけ効能」そのものだということに気づきましょう。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 21:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
観察者バイアス確かにあるかも、反省です。

「愛着を示す」ですかぁ…。観察者の主観によって捉え方は変わってきますね。

例えば、注意喚起が目的で、顔をやさしく触ってきたなら、「愛着行動」、同じ目的でつばを吐きかけてきたなら「問題行動」許容できるか、できないかの違いなのかもしれませんけど。
Posted by rin5papa at 2010年09月09日 01:41
rin5papaさん、

コメントありがとうございます。

ご指摘のとおり、観察者バイアスは、特に観察の対象が「主観的に評価されるもの」の場合、強く出てくると考えられますね。
それ自体が問題というよりは、そういうバイアスがかかる可能性があることを考慮して、療育の効果を判断していかなければならない、ということだと思います。
Posted by そらパパ at 2010年09月09日 23:37
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