2006年04月11日

知覚の恒常性障害という仮説(1)

最近、認知科学系の本をたくさん読んでいます。

当ブログでは、「心を生みだす脳のシステム」「うぬぼれる脳―「鏡のなかの顔」と自己意識」くらいしかご紹介できていないのですが、面白い本がたくさんありますので、おいおいご紹介していきたいと思います。

こういった本には、自閉症療育の話題が直接書いてあるわけではありませんが、著者さえ気づかない形で、脳の認知機能と自閉症の障害との間に何らかの関係があることを示唆するような内容がしばしば登場します。
(具体的な例を、こちらこちらでご紹介しました。)

そういった「脳の話と自閉症の話の不思議なつながり」体験を何度も経験して、いろいろ考えをめぐらせている中で、自閉症の障害についての1つの仮説の可能性に思い当たりました。

まだ考えとしてまとまったとは言えないものですし、そう簡単に説得力のある仮説が生まれるわけはないということも分かっているのですが、それでもどうしても書いてみたくなったので、そのアイデアを書いていこうと思います。

ヒトの知覚の特性として、知覚の恒常性、というものがあります。

http://homepage1.nifty.com/~watawata/psycho/b3.htm

↑このページでも説明されていますが、例えば、白いシャツを着て蛍光灯の下に立ったときと、電球の下に立ったときでは、シャツが反射する光の波長はまったく違います(電球の下ではオレンジ色に近い光を反射している)。ところが、私たちはこの2つのシチュエーションで同じ「白いシャツ」を知覚できます。
また、目のすぐ前に指を立てて、そのまま腕を伸ばして指を離していくと、実際に見えている「指の見え」はどんどん小さくなりますが、私たちは同じ「指の大きさ」を知覚することができます。
さらに、このブログの記事を、首を20度ほど横にかしげて読んだとしても、私たちは「斜めのディスプレイ」や「斜めの文字」を知覚することなく、首をまっすぐにして読んだ場合とほぼ同じ「知覚体験」をすることができます。

こうやって書くと視覚だけの話と勘違いされるかもしれませんが、他の感覚についても「恒常性」というのが成り立っています。
例えばあなたの配偶者なり知人なりが、普通に話しているとき、イライラしているとき、気分が落ち込んでいるときでは、声のトーンはまったく違います。また、浴室の中からの声や携帯電話を通して聞いた声は、直接聞く声とは非常に違った「音」になっているはずです。
でも、私たちは「同じ相手の声だ」ということが容易に分かります。というより、これらの声が違う音だなどと考えたこともないでしょう。

嗅覚や味覚、触覚なども同様です。遠くからほのかに香るカレーの匂いに近づいて、匂いが強くなっても、別の匂いをかいでいるようには感じませんよね。

このように、私たちの知覚が、そのときそのときの本質的でない違いを適切に無視し、同じものは同じだと認識できる特性のことを、「知覚の恒常性」といいます

主な知覚の恒常性としては、次のようなものがあります。

大きさの恒常性
 同じ物が近くにあっても遠くにあっても「同じ大きさ」と知覚できる。
形の恒常性
 同じ物をどんな角度から見ても正立した「同じ形の物体」を知覚できる。
位置の恒常性
 首を振っても、視界の中のものがぶれず、「同じ位置」にあることを知覚できる。
明るさの恒常性
 夜の雪が白く見えるように、周囲の明るさが違っても物の「同じ明るさ」を知覚できる。
色の恒常性
 照明の色が違ってもその下にあるものの「同じ色」を知覚できる。
声(聴覚)の恒常性
 声のトーンや音域が違っても「同じ声」だと知覚できる。


このように、ヒトは周囲にある「同じもの」を「同じもの」だと知覚するために、実は非常に多彩な知覚の恒常性という特性を活用しています。
これができないと、例えば首を振っただけで周囲の景色がぐるぐる回ってしまったり、顔を斜めにしただけでパソコンの字が読めなくなったり、昼と夜で同じものが違う色に見えたりと、大変なことになります。

例えば、手ぶれ補正もなく、オートフォーカスも自動露出もないビデオカメラで動き回って撮った映像と、無指向性マイクで録音した雑多な音の組み合わせを想像してみてください。恐らく、そんな映像は気持ち悪くて5分と見ていられないでしょう。
「知覚の恒常性」がないと、我々の知覚世界はこのような無秩序なものになってしまいます。

そして、私の仮説というのは、自閉症児の障害は、実はこの知覚の恒常性の発達障害ではないのか、という考えなのです。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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