うぬぼれる脳―「鏡のなかの顔」と自己意識
著:ジュリアン・ポール・キーナン、ディーン・フォーク、ゴードン・ギャラップ・ジュニア
NHKブックス
久しぶりに、本屋さんで発見してびっくり、中身を読んでびっくり、そんな本に出会いました。
というのも、私がこのブログで最初のころに(まだまだ試行錯誤だった頃ですが)書いた「鏡の療育」で考えていたことがそのまま1冊の本になっている、と感じたからです。
さらに中を読んで、その「鏡」問題が、私が最近関心を持っている「心の理論」、さらには「心」とか「意識」の問題にまでつながっている可能性があることを理解し、さらに驚きました。
さらに、本書もタイトルだけではまったく分かりませんが、自閉症に関する内容で約10ページ、心の理論まで含めると30ページと、自閉症関連の話題にかなり多くのページを割いています。
自閉症というのは、実は、最新の脳科学の世界でもかなりホットなトピックだということを改めて感じさせます。
本書が主に扱っているのは、「鏡テスト」と呼ばれる実験です。
これは、次のような手順で実施されます。
1. チンパンジーなどの実験対象のいる場所に鏡を設置する。
2. しばらくそのまま生活させ、鏡に慣れてもらう。
3. 次に実験対象を麻酔で眠らせ、自分では見えない場所(例:おでこ)に色のついたマークをつける。
4. 麻酔がさめて鏡に向かった実験対象が、どのような反応をするのか観察する。
チンパンジーにこの実験を行なうと、鏡を見ながら、マークのついた自分の体の場所をしきりに触り、その手を見たりにおいをかいだりするそうです。
この実験に何の意味があるのでしょうか?
このテストに「合格」する(直接見えない自分のおでこを触る)ということは、鏡に映っているのが「自分」だということに気づいているということです。
さらに、マークを触るということは、「自分」に異変が起こったことにも気づいているということになるので、永続的な「自己イメージ」のようなものまで持っている、ということを示唆するのです。
つまり、鏡テストに合格するということは、自己意識=セルフ・アウェアネスを持っているということだ、というのが本書の議論の前提になっています。この実験は言語を介さずに行なえるために、適用範囲が広いという素晴らしい利点を持っています。
鏡テストをさまざまな動物に行なった結果は、非常に興味深いものです。
チンパンジーやオランウータンは鏡テストに合格しますが、ゴリラや他のサル、霊長類以外の動物は合格しません。さらに、チンパンジーやオランウータンであっても、孤立して育てられた場合は合格しません。
これは、自意識が社会的関係性の中で後天的に獲得されている可能性を示唆するものです。
さらに鏡テストの実験は、人間に対しても行なわれました。
健常な赤ちゃんが鏡テストに合格するのは2歳前あたりだそうです。これは「狼狽する」「反省する」といった行動の発現とも合致するため、ヒトは2歳前に自己意識を獲得すると推測されます。
なお、それより幼い子どもでも、鏡にさまざまな反応を示しますが、これは鏡の中の存在が自分と分かっているわけではなく、単に「何かすれば何かが起こる」という因果関係を楽しんでいるだけだと考えられます。
この年代の子どもに鏡テストを実施すると、自分ではなく鏡に手を伸ばす動作が見られるそうです。
そして、鏡テストに合格できるような自己意識がさらに発達して、メタ意識を持てる(つまり、「自分はこう考えている」ということを意識できる)ようになると、他人の心を推測できる「心の理論」が獲得されると結論づけます。
鏡テストに合格することと、心の理論を獲得することが、ひと続きの発達過程に並んでいる可能性が示唆されているわけです。
本書はここから、自己意識に障害のある脳障害の分析に進み、鏡の自分を自分と認識できない「鏡徴候」という脳障害や、自分の手足を自分のものだと考えられない「身体失認」(これって、また「自閉っ子、こういう風にできてます!」で書かれていたことと対応していますね。)、さらには「心の理論」に大きな障害を示すケースとして自閉症について言及されます。
最終的な結論が、「自己意識の座は脳の右半球にありそう」という、ここだけ見るとあまり実のない脳科学本になってしまうのですが、そこに至る過程における、鏡テストに関する過去のさまざまな実験、鏡テストと自己意識、さらには心の理論までの関係など、魅力的な情報と話題をたくさん提供してくれる本です。
「鏡の療育」に関して深く考えたい方、必読です!
→こちらにも本書の関連記事があります。
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