発達障害のある人と楽しく学習―好みを生かした指導
著:デニス・レイド、キャロライン・グリーン
監訳:園山 繁樹
二瓶社
第I部 序論
第1章 「好みを生かした指導」とは何か?
第2章 障害のある人の指導を楽しくするエビデンスに基づくアプローチ
第II部 指導を楽しくする前提条件
第3章 指導が効果的であることを保証する
第4章 実用的なスキルを増やす指導
第III部 指導を楽しくする秘訣
第5章 教師と学習者のよい関係を築く
第6章 指導セッションを学習者にとって楽しくなるように構成する――「好みを生かした先行事象・行動。結果事象」モデル
第7章 指導プログラムに選択機会を組み込む
第8章 正の強化子と好きなもの
第9章 指導のタイミング・指導セッションをいつ行うか
第IV部 楽しい指導を続ける秘訣
第10章 教師も楽しく指導するために
第11章 効果的で楽しい指導をサポートするための管理責任者の責任
第V部 まとめと問題解決
第12章 好みを生かした指導のチェックリスト
第13章 好みを生かした指導についてのよくある質問
この本、タイトルからは微妙に内容が想像しにくいですが(私も、出版社が「二瓶社」だから、「ああ、きっと行動分析の本だな」と分かったのですが、そうでなければ、この妙な訳語調のタイトルでは本を手に取らなかったかもしれません)、簡単にいうと、「退屈で面白くないといわれる、ABAのフォーマルトレーニング(机に向かって課題をやらせるようなトレーニング)を、『楽しんで実施してもらう』ためのアプローチをまとめた本」です。
この本の原題は、こうなっています。
Preference-Based Teaching: Helping people with developmental disabilities enjoy learning without problem behavior
サブタイトルのところをざっくり訳すと、「発達障害のある人が、問題行動を起こさずに楽しんで学習できるよう支援する」となります。
ちょっと面白いのは、「問題行動を解決するためにABAを使う」という話ではなくて、「ABAの指導の場面で問題行動が起こらないようにする」ということを言っている、という点です。
確かに、ABAのトレーニングをやろうとしたとき(あるいはやっている最中)に、子どもが嫌がって、「問題行動」を起こしてしまう、ということは普通にあります。
そういった問題に対して、ABAの文脈では一般に、「ABAでは強化のメカニズムを使うんだから、ABAのトレーニングは楽しくて当然、もしそうでないなら、それは指導者の力量不足」といった整理になってしまうことが多いのですが、本書は、「必ずしもそうではない。特に学習者が『重度の障害をもっている』場合は、ABAのトレーニングは楽しくないことも多く、楽しくするための工夫が必要だ」と考えます。
言い換えるなら、上記の「指導者の力量」、あるいは「強化子の見極め」「指導者と学習者とのいい関係(ラポール)作り」といった、ABA本であってもなかなか言語化されにくい領域について、「エビデンスに基づく方法論」をできるだけあてはめ、どのようにすれば「学習者と指導者の間にいい関係が生まれ、学習者が楽しくトレーニングに取り組むことができ、結果としてトレーニングの成果を最大化できるのか」に答えを出そうとしている、ともいえるでしょう。
さて、いまちょっと触れましたが、この本の最大の特徴の1つは、「重度障害の人に特に焦点を当てて書かれている」という点にあります。
本書の中で紹介する指導を楽しくする方法は、どのようなタイプの発達障害のある人にも適用できるものです。知的障害、自閉症、障害が軽度か重度かなどに関係なく、さまざまな手続きを一人ひとりの好みに応じてアレンジできます。しかし、もっとも焦点を当てているのは、「重度」の障害のある人たちです。ここで重度の障害というのは、重度や最重度の知的障害、自閉症、あるいは重複障害です。(初版8ページ)
なぜ「楽しいABA」が「重度の人」にとって特に重要なのか、本書では2つのポイントが指摘されています。
・重度の人は、そうでない人に比べて、指導プログラムに長い時間がかかる。
・重度の人の指導プログラムは、そうでない人に比べて、楽しくない要素が多く含まれる(身体プロンプトで身体に触れられるとか、実際の生活場面での汎化訓練の前に、長期間の「教室や机での地味なトレーニング」が必要だったりなど)。
その後も、本書では随所に「重度の人」を意識した指導のポイントが書かれていて、実際に重度の娘を育てている私としても、非常に参考になりました。
例えば、第4章で書かれている「どのようなスキルをターゲットとすべきか」という点についてです。
多くの場合、指導プログラムは「発達モデル」に基づいて構成されます。例えば「買い物」を例にとると、数の概念を理解し、お金の概念を理解し、硬貨や紙幣の区別ができて計算ができる、と順番に学習を積み重ねて、その後でようやく「お金を使って買い物」というスキルの指導を検討する、という考えかたです。
平たくいえば「簡単なことから複雑なことへ、順をおって指導する」という教え方ですね。
でも本書では、このようなモデルは、年少児を除く、重度の障害をもった人への指導においては必ずしも適切ではない、とされます。
なぜなら、少しの工夫で、実際の生活に役立つ複雑なスキルをいきなり学習させることが可能であり、そのようなスキル獲得こそが障害をもった人の実生活を豊かにし、真に「実用的」だからです。
どのようなスキルが重度の人にとってより「実用的」かについて、本書では6つのガイドラインが示されていますが、その中で印象深かったのが、4つめの「実年齢にふさわしい余暇スキル」でした。こんな事例が掲載されています。
事 例
ガルシアさんとベネットさんは重度の知的障害があり、支援付き住宅で一緒に暮らしています。日曜の午後はいつも、1人の支援職員がガルシアさんとベネットさんを連れだって、彼らの住む町の公園に行きます。その公園でガルシアさんはいつも、砂場でおもちゃのトラックで遊び、ベネットさんは池のアヒルにエサをあげるのを好んでいます。ガルシアさんが砂場でおもちゃで遊んでいるのを見ると、他の人は彼を避けて通り、子ども連れの親は子どもたちを彼から遠ざける光景がよく見られます。それに比べ、ベネットさんのほうは、人びとは彼のすぐ近くで池のアヒルにエサをあげたり、子どもにエサをあげさせたりしています。一緒にエサをあげながら、時々ベネットさんに声をかけたりもします。(初版57-58ページ)
ちょっと残酷な事例のようにも感じますが、ここには確かに「重度の人にどんなスキルを教えるべきか」の真理の一面がある、と思いました。
第7章も、考えさせられるところの多い章です。
私自身、重度の障害をもつ娘にできる限り、生活・人生における「選択の機会」を与えていきたい、と思っています。
親や支援者の言うことをおとなしく聞くことが「よき生き方」なのではなくて、時には「NO」を表明し、こちらの期待とは違うものを選び、「自ら選択する」生活・人生をできるだけ送れるようにすることこそが、療育の最重要目標の1つだと考えています。
なので、本書が、選択の機会をもつことこそが基本的人権であり、その人のQOL向上に決定的に重要だと断言し、「重度の人に、トレーニングのなかでも選択の機会を与える(それによって、トレーニングをより楽しいものにしていく)」工夫について、丸ごと1章、17ページも割いていることに、深い感銘を受けました。
本書を読み通してみて、「ああ、この本は、確かに『重度の人』のことがよく分かっていて、『重度の人』のことを特に強く意識した本になっているなあ」と、強く感じました。
それは、これまでABAのさまざまな本を読んでいて、心の片隅でかすかに感じていた(でも、あまりにかすかだったので気づきもしなかったくらいの)違和感に対する、1つの明確な答えでもあるような気がしました。
「重度の人」に対するABAトレーニングは、細かいカリキュラムを緻密に積み上げて「発達モデル」のマス目をぎっちり埋めていくようなものとは、確かに一線を画する側面があります。
そして、そもそも論として、「トレーニングに興味を持ってもらうにはどうすればいいか」「どうすれば指導を続けているときの問題行動を避けられるか」「強化子といっても、何が好きなのかさえよく分からない」「できないことだらけの中で『いま、何を』教えるべきなのか」といった、トレーニングの前提自体に対する問題(トレーニングに対するメタレベルでの指導上の問題)が多数存在します。
そういったさまざまな「重度の人ならでは」の問題について、「好みを生かした=preference-based」という1つの筋を通して整理し、具体的なアプローチ法や教えるべきスキル等について具体的に説明した本書は、ある程度ABAの基本について理解している方が、実際に「重度の人」を相手に実践する前に読むべき本として、うってつけです。
ABAの内容的には、決して高度・難解なものは含まれていません。課題分析、プロンプト、ABCモデル、強化あたりまでですから、俗にいう「ABAの基礎」さえ分かっていれば、十分読みこなせます。
本書の価値は、「ABAの知識を増やす」ことではなく、「ABAをベースに、『重度の人を指導する』という1つのテーマを深く掘り下げている」点にあります。
本書は、固いタイトル、訳語調の文体などから、いかにも「専門書」的な雰囲気がありますが、実際には(訳語調の文体が苦にならなければ)内容的には平易で、価格もぎりぎり一般書の価格帯(税込み2000円未満)に収まっています。重度の障害をもつお子さんにABAを実施する親御さんにとって、他の本ではまず書かれていない重要なアドバイス・着眼点が多数書かれているのが魅力です。
この本だけでABA療育が始められる、といったタイプの本ではなく、他のABA入門書と組み合わせることで、ABA療育がよりスムーズに進められるようになると思います。(そういう意味では、「重度の人」だけでなく、「ABAがうまく実施できない」という悩みに対する、幅広いソリューションにもなっていると思います。)
従来のABA本とは一線を画する、独自の付加価値をもったABA本です。ABAに関心を持ち、「重度のお子さん」と関わる機会のある方なら、読んで損はありません。
※他のブックレビュー等はこちら。
>そして、そもそも論として、「トレーニングに興味を持ってもらうにはどうすればいいか」「どうすれば指導を続けているときの問題行動を避けられるか」「強化子といっても、何が好きなのかさえよく分からない」「できないことだらけの中で『いま、何を』教えるべきなのか」といった、トレーニングの前提自体に対する問題(トレーニングに対するメタレベルでの指導上の問題)が多数存在します。
これ、まさに我が家の状況です。
療育機関は就学と同時に強制的に卒業。訓練に関しては学校にも期待できず(担当が新任)、親がやらなければ・・・と気は焦るもののなかなか本に書いてあるようには上手くいかなくて、「楽しくない」刷り込みだけが増える状態です。やらない方がマシかも?とか、私には無理なのかな、我が子にはまだ無理なのかな、と気が滅入ってました。
診断から4年診てもらっているドクターからOT訓練の成果を尋ねられるたびに、「いまいち手ごたえを感じない、どこから手をつけたらいいのか、どうやってこの子を導けばいいのか・・・」と相談してきましたが、先月初めて「ABAというものがあるよ」と紹介されて思わず苦笑いしてしまいましたw
そういう大雑把な情報を知りたかったのは4年前で、今知りたいのはもっと詳しい中身なんですけどね。
本屋さんで重度の子向けに書かれた本を探すと意外と少なく、頼るべきものも人も見つからないような気分になってましたが、早速この本を注文したいと思います。
これは、めちゃめちゃ良くわかりますね~。
我が家のこうくんはこれだけで行動形成して適応行動を増やしてきました。
そういう意味では、重度の子はシンプルです。
身につけるべきスキルの選択についても支援者と時に対立しながらも(支援者はなんとかできるようにしてあげたいと無理させるので)選んできたので、今、何とかなってる気がします。
最重度の子向けの本、なかったから、回り道しながら無理矢理独学でやってきましたが
あったんですねぇ・・・・。
私はアメリカで自閉症児を育てており、ブログをはじめてから、日本から自閉症の療育機関、情報が足りないという声を沢山聞くのです。
日本でも翻訳されてABAの紹介本が沢山出ているのですねえ。でも親は独学で学ぶしかないんでしょうか?
行政が療育に取り組んでくれることを願わずにはいられません。
このブログ、他の方にもご紹介してもよろしいですか?
tariraさん、
重度の人むけのABA本って少ないですよね。
逆(高機能の人をターゲットにしたもの)はけっこうあるように思うんですが。
この本は、具体的なテクニックが網羅されているというよりは、割と理念的に「これから重度の人を指導する教師向けのガイドライン本」的に書かれている側面があって、そこは「もっと具体的だったらさらにいいのに」とも思いますが、こういったタイプの本が少ないので、やはり貴重な本だなと思います。
(具体的、ということでいうと、エントリでもちょっと紹介しましたが、第4章の「実用的スキルを選択する6つのガイドライン」はかなり参考になりそうですね。)
こうままさん、
確かに、我が家でもトークンエコノミーとか行動契約とかそういうレベルのものは全然使えませんから、ある意味ABA的にいえば「シンプル」なんですよね。
むしろ問題は、強化子の選定とかターゲット行動の選定とかどうプロンプトすればいいかとか、そういう根本的な部分にあるように思います。
今後、この分野(重い子むけのABA)ももっともっと一般向けの本や情報が充実してくるといいなあ、と思います。
Sandie/自閉症児の挑戦さん、
この本を出している二瓶社は、行動分析の訳書をたくさん出しています。
ここ数年で、日本で一般の人が読めるようなABAの本も、翻訳だけに限らずかなり増えてきたと思います。
行政の療育への取組みは進んでいないですね。
私個人は、すべての子どもにABAの早期療育を行政がやるべきだ、とは必ずしも思っていない(継続可能な福祉という観点から)のですが、「セラピーとしてではなく、リテラシーとしてのABA」を、親御さんに対して指導するような支援は、もっともっと広がっていっていいと思っています。
ブログをご紹介いただくのはまったく構いません。
インターネットで公開している情報ですから、ご自由にどうぞ。
ブログの内容とは直接関係なくて申し訳ないのですが、自閉症を題材とした映画を紹介します。
中国のアクションスター、ジェット・リーが、アクションを封印して自閉症の息子との情愛を演じる映画「海洋天堂」(原題)が現在中国・香港・台湾で公開されています。
以下URLは映画「海洋天堂」の 公式サイトです。(中国語)
http://oceanheaven.yule.sohu.com/
こちらの特集サイトでは、「海洋天堂」のシーンや出演者の写真などを見ることができます。中国語ですが、映像や写真からこの映画の雰囲気は伝わります。
http://yule.sohu.com/s2010/oceanheaven/
日本語の記事です。
「【華流】ジェット・リー、新作『海洋天堂』は親子愛の感動映画」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0509&f=entertainment_0509_015.shtml
「ジェット・リーがカンフーを完全封印!3年ぶり主演映画はがん患者に」
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=42765&type=5
この映画の音楽担当は、あの久石譲さんだそうです。医学監修には日本人も関わっているそうです。
しかし、この映画は娯楽作ではないので興行的に不安があり、日本での公開は難しいかもしれないそうです。
そこで、この映画の日本公開を目指して『ジェット・リーの「海洋天堂」を日本で観たい!』というプロジェクトが始まったそうです。以下URLはこのプロジェクトのサイトです。
BBSでメッセージを募っています。たくさんのメッセージが集まれば、日本公開につながります。もしよろしければ、ご協力をお願いします。
http://oceanheaven.amaterasuan.com/
以下は、「海洋天堂」のストーリーです。(いろいろな日本語のサイトの情報を集めたものなので、実際の内容と違う箇所があるかもしれません)
水族館に勤める王心誠(ジェット・リー)は、妻を亡くして以来、自閉症の息子の大福を男手ひとつで育ててきました。
大福は海で泳いだり、水中の生物と触れ合うのが好きでした。
大福が22歳になり、心誠は将来の息子の自立について考えていました。
そんな中、心誠が末期がんに侵されていることがわかり…
書き込みありがとうございます。
確かにエントリとは関係が薄いですが、自閉症とは関係のある話題でしたので、掲載させていただきました。
この映画、たしかに当事者の輪の中ではちょっと話題になっていますね。