2006年03月21日

「こころ」の本質とは何か(ブックレビュー)

これまた、背表紙を見ただけでは自閉症関連の本だとは絶対に分からない本。
でも、実際には自閉症に関する記述だけで70ページ以上ありますので、十分「自閉症に関する本」だと言えると思います。



「こころ」の本質とは何か
著:滝川一廣
ちくま新書

第1章 「精神医学」とはどんな学問か
第2章 統合失調症というこころの体験
第3章 「精神遅滞」と呼ばれる子どもたち
第4章 自閉症のこころの世界
第5章 不登校と共同性

著者は精神科医から出発して、障害児教育や福祉学の先生になった方。
著者の考え方の出発点には、いわゆる精神分析(フロイト・ユングから始まる「無意識」といった概念から心を探る学問)があることは中を読めば明らかですので、本書は自閉症をはじめとする心の障害や病について、精神分析的にアプローチした本だと言うことができるでしょう。

そう書くと時代遅れの心因論・受容論なのかな、あるいは、自閉症と統合失調症が同じ本に入っているなんて、もしかして50年前の説を蒸し返すのか? などと考えてしまいそうですが、意外とそうでもなくて、自閉症研究の「歴史」を再確認し、新しい視点を持たせてくれるなかなかの良書です。

本書の自閉症に関する記述の前半部分は、すべて過去の自閉症研究の歴史の解説にあてられています。
初めてカナーが自閉症という障害を「発見」して以来、当初は統合失調症との関連が研究され、次に環境論・心因論に移行し、さらに脳障害を前提とする認知障害論がとって替わった経緯を、どの段階も否定することなく、なぜその時代にそう考えられたのかということが順を追って説明されています。

この部分はとても興味深く、なるほどと納得させられる内容がたくさん含まれているのですが、よく考えてみると本書は自閉症の歴史を語る本ではありません。目次にもあるとおり、自閉症のこころの世界を探ることが目的です。
にもかかわらず、著者がこういうスタイルをとっているのにはわけがあります。

精神分析というのは、生育歴を非常に重視します。端的にいえば、「子どもの頃こういう辛い目にあった(トラウマ)ことが原因で、大人になってからの問題行動が起こっている」といった考え方です。
脳の機能をばらばらに分解してどこが「故障」しているのかを考えるといった還元論的アプローチには批判的で、あくまでも全人的な存在としての「ひと」を重視するという特徴も持っています。

そういうバックグラウンドを持っている著者からみれば、近年の還元的な認知障害論よりも、1つ前の環境論・心因論のほうに共感を感じるのは自然なことでしょう。そもそも、環境論・心因論の時代は、精神分析の文脈で自閉症が語られていたわけですし。
ですので、現在ではほとんど「誤った過去の悪夢」として葬り去られている環境論・心因論に、もう一度肯定的なスポットライトを当ててはどうか、というのが著者のスタンスなわけです。

といっても、じゃあまた「自閉症の原因は親のしつけにある」とか言い出すのかといえば、もちろんそうではありません。もしそうだとしたら、こんなところで紹介しません。
そうではなくて、過去のアプローチが正しくなかったことを認めつつ、子ども自身が環境から学習する力の発達の遅れこそが自閉症の本質であると考え、養育者側からだけでなく、子どもの側からの「関係性の発達」からこの障害をとらえていくべきではないか、というのが著者の考え方です。

本書の後半部分は、著者の考える自閉症の障害像の解説です。それは、子どもの発達を「認識(理解)の発達」と「関係(社会性)の発達」の2軸でとらえ、それぞれの発達の遅れの有無と知的障害の関係を次のようにあらわすものです。

 関係の発達
遅れあり

正常

認識の発達

遅れ
あり
自閉症精神遅滞
正常アスペルガー
症候群
正常


関係の発達の程度は、認識の発達(つまり知能)の程度と同様に、上から下まで幅広く連続的に分布すると考えられ、これが重度の自閉症から「正常」までが連続的につながっているという、いわゆる「自閉症スペクトル」である、というわけです。

そして、認知心理学的アプローチが主張している、心の理論や感情認知などの特定の認知機能の障害を仮定する考えは、このような関係の発達の遅れが個別の障害として表面化したに過ぎないのであって、これらを還元的に「自閉症の原因である」とする考え方は、原因と結果をまったく逆に捕らえてしまっており、これが現在の認知的アプローチの行き詰まりの原因である、と著者は主張します。

・・・さて、どう思いますか?
一見、とても単純化されて魅力的なこの主張ですが、実は致命的な欠陥が1つあります。それは精神分析的アプローチの限界とも言える本質的な欠陥です。

この主張の欠陥。それは、「関係(社会性)」という概念がどんなものであるかが定義されていないということです。定義されていない以上、検証も反論もできません。

原因と結果が逆、という主張についても、「関係(社会性)の発達の遅れ」が原因で、「認知上の障害」が結果だということが、なぜ言えるのでしょうか? 検証が進められている「認知上の障害」のさらに背後に、検証不可能な「関係の障害」という概念を置いて、それが本当の原因だと考えてしまうのは、実は科学的態度の放棄、思考停止と言っても過言ではないと思います。

定義もあいまいで、検証不可能な概念によって障害や問題行動を説明して、そこで止まってしまう。これが、精神分析の本質的な限界なのです。

本書においても、前半の歴史を語る軽妙な語り口につい引き込まれてその流れのまま後半を読んで何となく納得した気分になってしまうのですが、実は説明が説明になっていません。この部分だけは注意すべきところでしょう。

ただ、本書は少なくとも私が読んだこの手の本の中では抜群に良心的であり、特に前半の自閉症研究の歴史の部分はとても勉強になります。自閉症における精神分析的アプローチの最新の姿とその限界を知る意味で、読む価値のある本だと思います。

※その他のブックレビューはこちら


posted by そらパパ at 08:43| Comment(2) | TrackBack(1) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こちらで滝川先生の話しが出てくるなんて、感激しちゃいます!私は滝川先生も好きなんです~

我が子の「なぜ?」が知りたくて、いろいろな情報を手に入れ右往左往してた頃です。

子供の心を、いつか聞けるといいと思います。
高機能の方達の本も出回っています。
いつか、我が子も書くかもしれません。
まだ今ひとつ会話が読めない・文章は
「う~ん」・・・ですが。。。。
いろんな方が仰る話しと照らし合わせて
密かに「ふふふ・・」となりたいと思ってます♪
Posted by ハイマム at 2006年03月21日 10:04
ハイマムさんこんにちは。

この本は、正直いってあまり期待せずに読み始めたのですが、説得力のある語りに思わず引き込まれて、最後まで一気に読んでしまいました。

レビューの後半は批判的なことも書いていますが、それも精神分析の特質ですし、ヒトのとても深い部分を探っていくには精神分析のようなアプローチが必要な場合もあると思います。
ただ、自閉症の具体的な療育を考えていくときには、ここに書いたような精神分析の限界を感じないわけにはいかないのも事実ですね。

私も自分の子どもの話を聞いてみたいですね。
今はまだ、「自分の心を語る」という段階以前の問題で、「何が欲しいのかちゃんと教えておくれ」という感じではありますが・・・(笑)。
Posted by そらパパ at 2006年03月21日 22:52
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Weblog: 宮沢賢治の風 from 方城渉
Tracked: 2006-03-22 00:02
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