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家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30
著・編集:井上 雅彦、著:藤坂 龍司
学習研究社
第1章 コミュニケーションを身につけるために
自閉症とコミュニケーション
コミュニケーションの発達を促すには
ABAの基本的知識
上手に課題をすすめるためにQ&A
第2章 コミュニケーションプログラム1
コミュニケーションの基礎
(1) 課題への導入
(2) マッチング
(3) 動作模倣
(4) ことばでの指示理解
(5) 目合わせと指さし
(6) 遊び画面でのかかわり
ことばの獲得
(7) 音声模倣
(8) 物の命名
(9) ことばでの要求表現
(10) 一語文の世界を広げる
(11) 絵カードによるコミュニケーション
文と概念の形成
(12) 複雑な指示の理解
(13) 社交的応答
(14) 物の属性
(15) 二語文・三語文
(16) 表情・感情
[コラム]視覚的プロンプトを用いて教える方法
第3章 コミュニケーションプログラム2
会話の基礎
(17) 物の特徴と機能
(18) 肯定と否定
(19) 初歩の文法
(20) 質問の弁別
(21) 質問の自発
(22) 文字の読み書き
(23) 過去の想起
(24) 情報交換型会話
[コラム]2つの強化-強化について注意すべきこと-
上級コミュニケーション
(25) ピアトレーニングとシャドー
(26) 共感と他者視点
(27) 受け身形と「あげる」「もらう」
(28) 会話の発展
(29) ことばの世界を広げる
(30) 残された問題
[コラム]セルフマネージメントへ向けて
2008年に出版され、当ブログ殿堂入りとなっているABA家庭療育本「家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46」の続編という位置づけの本です。
ただ、この「位置づけ」は実はあまり正しくないんじゃないか、と思っています。この本のより的確な位置づけというのは、
「つみきBOOK」の言語トレーニングの部分が初めて商業出版されました、というものだと思います。
井上先生もブログでお書きになっていますが、本書のメインコンテンツである「療育プログラム」の部分は、ロヴァース式ABAに取り組む親御さんの会であるNPO法人「つみきの会」の代表、藤坂氏が執筆しており、井上氏は第1章の導入解説とコラム(そして全体の編集)に関わられているそうです。
私は、「つみきの会」に入会したことはありませんが、以前は入会していない人でもメインテキストである「つみきBOOK」だけは購入できたので、購入して手元にあります。
↑私が持っている、旧「つみきBOOK」
※その後、この「つみきBOOK」は改訂され大幅にボリュームアップされ、それと同時に会員にならないと購入できなくなったようです。(ただし非会員でも、支援関係者の方は購入できるようです。)
で、本書を(著者のところを詳しく確認せずに)初めて読んですぐに「ああ、これって『つみきBOOK』そのままの本だ!」と感じたわけです。
「つみきBOOK」の現行版の目次はこちらにあります。上記に記載した30のプログラムと見比べると、言語・コミュニケーションのプログラム部分は、構成も含めてきわめて類似していることが分かると思います。
もともと、「つみきBOOK」のプログラムの大半は言語・コミュニケーションに関するものでしたが、本書ではさらにそれを純化させて、「言語とコミュニケーション」についてのロヴァース的なABAトレーニングのやり方だけが、「つみきBOOK」の記述と同じくらい詳しく解説されています。
プログラム「30」とは書かれていますが、独立したプログラムが30個あるわけではなく、事実上「1つ」の大きな言語トレーニングのプログラムが、30のスモールステップに分けられているといったほうが適切だと思います。
ですから、この本の性格を改めて書くとすれば、
ロヴァース式ABAで採用されているタイプの「ディスクリートABAによる集中的な言語トレーニング」を、「つみきの会」での実践に基づいて日本の家庭療育用にアレンジした、独自の「ABA言語トレーニング体系」を書籍化したもの
となります。
この記述で、この本を無条件で「買い」だと思う方はたくさんいらっしゃるでしょう。そして、そういう方にとっては、期待をまったく裏切られない、素晴らしい本になっていると思います。
これまで、ロヴァース式ABAや、専門家を呼んできて実践するくらいの本格的なABAが具体的にどのようなものであるかを、やり方(どんな教材を使ってどんな指導をするか、どういう手順で進めるか)まで含めて詳しく紹介した一般書はほとんどなかったように思います。(専門書や、断片的な記述や、特定の家庭が実施したプログラムを掲載した本はありましたが)
本書が、そういった領域に初めて踏み込んで、「(ロヴァース式に相当するレベルの)超本格的なABAを家庭で実践するためのガイドブック」となっていることは間違いないですし、そのプログラムの対象が「言語」になっていることも、本格的なABAをやりたいと考える親御さんの多くが、何よりも言語を最優先の課題と考えているであろうことを考えると、適切な課題設定になっているといえます。
逆に、注意していただきたいのは、この本はシリーズ前著とされている「家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46」とは相当に性格の異なる本である、ということです。
もっとはっきり言ってしまえば、前著と本書は事実上「別の本」であり、対象となるお子さんもちょっと違う、あるいは本の使い方がちょっと違うだろう、と考えられるのです。
↑前著の1ページ。
↑本書の1ページ。ちょっと雰囲気が違うのと、難易度がかなり高くなっているのが分かるでしょうか。
例えば、「重度」である我が家の娘の場合、本書のプログラムの「マッチング」「動作模倣」まではスムーズに行きましたが、「音声模倣」でガックリ進展が落ち、その時点でのディスクリートABAのトレーニングで単語を言わせることができるようにはなりませんでした。
まあ、それは私たちのやり方がまずかった部分もあったかもしれませんが、我が家ではその時点で絵カードコミュニケーションに切り替え、音声言語は普段の遊びのなかで教えるスタイルに変えました(毎日の家庭の課題の時間も、微細運動等の訓練に変えました)。
本書の目次を順に追っておくと分かるとおり、プログラムのかなり早い段階で「そこそこことばが話せる」レベルが設定され、後半では複雑な文法や感情表現まで求められるという、かなり高い目標が設定されていることが分かると思います。
率直にいって、私は、知的な遅れを伴った自閉症のお子さんのすべてが、このプログラムを最後まで達成できるとは考えにくいと思います。
でも逆に、多くのお子さんはプログラムの途中までは進むことができるでしょうし、「途中」までであっても、そこまでに学習したスキルは、普段の生活スキルの向上に十分役に立つ可能性があるのも事実だと思います。
例えば、最初に出てくる「マッチング」や「動作模倣」をマスターできれば、日常生活のさまざまな場面に応用できるでしょう。
ですから、本書は決して「知的な水準の高い子のためだけの本」ではありません。
でも同時に、「どんな子に適用してもプログラムの最後まで到達できる本」でもないと思います。
お子さんの様子をしっかり見ながら、伸ばせるところはABAという強力なツールを活用してぐんぐん伸ばし、どうしても難しくなってきたら、「それまでに獲得できたスキル」をベースに、コミュニケーションの幅を広げる別の方法を考えたりといった工夫ができるなら、本書はどんなお子さんをお持ちの方にもすすめられる「本格的なABA教本」になっていると言えるでしょう。
また、プログラムの前の導入として井上先生が書かれている第1章も、ABAに初めて取り組む方には非常に参考になると思います。
ここには、強化や消去といったABAの基本概念に加えて、「コミュニケーションとは何なのか」といった考えかたや、家庭でのABA療育の取り組み方といった基本的な情報がコンパクトにまとめられています。
また圧巻なのが、16個もの「よくある悩み」と、それに対する回答が紹介された「Q&A」コーナーです。全16個の質問を要約して以下に掲載しておきます。
1.子どもが多動でじっとしていない場合
2.子どもに合った好子を見つけられない場合
3.好子をお菓子からお菓子以外に切り替える際のポイント
4.好子として与えるおもちゃにこだわってしまう場合
5.好子としてお菓子を使う場合のポイント
6.課題をクリアしたと判断する基準
7.子どもの集中力が続かない場合
8.課題は1日にどれくらいやればいいか
9.休憩が終了しても遊びから戻ってこない場合
10.正反応までに時間がかかった場合も強化すべきか?
11.子どもの調子の波が激しい場合
12.課題をやろうとするとかんしゃくを起こす場合
13.家では指示に従うのに、学校で勝手な行動を起こす場合
14.独り言をやめさせるべきか?
15.セラピーで言語は覚えても自発語が少ない場合
16.セラピーは進んだのに日常生活での伸びが感じられない
個人的には、この「第1章」と、ABAを初めて導入するときの基本となるプログラムである「マッチング」や「動作模倣」の実施方法が分かるだけでも、本書の価値は十分にあると感じました。
ABAのセラピストを雇えば1回ウン万円でしょうし、「探してもいない」という方も多いと思いますが、本書を買えば2000円たらずで「とりあえず家でやってみる」ことができます。
そのうえで、「うまくいきそう」ならそのまま続ければいいですし、「良さそうだが家族でやるのは大変」というなら、その時点でセラピストを探すこともできるでしょう。
残念ながら「わが子には向いていないようだ」と分かったなら、それはそれで初期投資の節約になるわけですし、絵カードをはじめとする代替的コミュニケーションツールを選択することの根拠にもなるでしょう。
逆に、本書の誤った使い方は、子どもの状態を無視して、ひたすら本書のプログラムに従って無理にでも進めていこうとすることです。それは、本書の第1章で井上先生もはっきり書かれていることです。
最も効果を上げるのは、その子に合わせたオーダーメイドの療育プログラムであることはいうまでもありません。本に書いてあるプログラムは万人向けのフリーサイズの服のようなものです。だれでも着用できますが、ピッタリとは合いません。ですから、この本に書いてある通りにプログラムが進まない場合も、それで当たり前なのだと考えましょう。本書のプログラムを下敷きにして、子どもの特性や環境に合わせてプログラムをアレンジしていくことが大切です。(初版37ページ)
そんなわけで、活用するのは決して易しい本ではありませんが、その「難しさ」を自覚しつつ、ABAの家庭療育の書として読み、実践するのであれば、ここまで「本格的かつ具体的な」ABAトレーニングのプログラムがこんな安価で本として出版されたことは画期的だと思いますし、皆さんにおすすめできる本だと思います。
その資料的価値を高く評価して、本書も前著に引き続き、殿堂入りさせたいと思います!
※その他のブックレビューはこちら。
うちの子は幼稚園の年少さんで、入園直前に自閉症と診断されたばかりですがすぐにつみきの会に入会し、ABAセラピーを実践しています。
…といっても忙しいので、とてもじゃないですが推奨されているような長時間のセラピーはできていないです。せいぜい1日30~60分ぐらいです。
しかし、それでも目に見えて会話スキルは上がってきていると思います。
あまりこればかりにとらわれたり必死になりすぎるのではなく、楽しみながらゆるーく続けていければいいなと思います。
つみきの会は初年度の費用が結構高いのでハードルが高いと思いますが、この内容の本が普通に書店で買えるというのは素晴らしいですね。
きっと、うちのディサービスを利用しているお子さんたちに役立つと思ったからです。
いつもありがとうございます。
連休中にこの本を読んで、うちの子が小さい頃の指導場面を思い浮かべました。「一番初めの1ページの半分」やるのに1ヶ月かかったり とか。
そらパパさんがおっしゃるように、課題のレベルとしてはハードだなぁ、と感じましたが、
これが2000円で手に入るのだから、隔世の感があります。
リュカさん、
ロヴァース式ABAでは、超長時間のABAがすすめられていますが、もちろん、そこまで長くやらなくても、やればやっただけの成果を期待できるのはABAの素晴らしいところですね。
本書のような本は、もしかすると世界でも珍しいのかも、とも思っています。(一般書で、本格的なロヴァース的言語訓練の本)
それも、藤坂氏のつみきの会での経験の蓄積の賜物なのだと思います。
こうままさん、
確かに、「重い子」を育てる親にとっては、ちょっと気が滅入るような項目がずらりと並んでいる(我が家も、プログラム全体に対して言えば2割もできません)本なのですが、「家庭でのABAセラピーってどんな感じで始めるの?」をこれほど明快に書いた本はなかったと思いますし、資料的価値は間違いなくとても高いと思います。(後に続く本もまず当分は出てこないだろう、という本でもありますね。)
あやぱぱさん、
そうですね、うちの経験からも考えると、家庭でのABAセラピーって、
1.最初の「流れ」を作るところがものすごく大変、
2.その最初のハードルを超えると、しばらく面白いように進む充実した時期があって、
3.どこかのレベルでそれ以上進むのが難しくなる、
という3段階の流れになるように感じます。
3.に到達するところまでまずはABAを頑張ってみる、というのは、療育でとりあえずおいてみてもいい目標設定のように思います。
確かに、この本が書店で2000円で買えるというのはすごいことですよね。
いまABA、ロヴァース式に関心をもった親御さんが、すぐにこの本を買えるというのは、素晴らしいことだと思います。
私はまだちらっとしか見ておりませんが、うちでも殿堂入りとなりそうな気配です。
コメントありがとうございます。
この本、プログラム部分も評判がいいのですが、Q&Aを含む第1章も非常に好評のようです。
確かに、これほどしっかり家庭療育での悩みにきめ細かく答えてくれるQ&Aは今までなかったと思います。
ABA早期療育さん、
コメントありがとうございます。
私の印象では、TEACCHとABAは同じ程度に普及していると思います。教職、特に特別支援教育に携わる教職の方は、基本的にみなABAを学んでいるというお話も伺いました。
ただ、知識(リテラシー)としてのABA、つまり、日常の生活や学習場面でのABAを広めていくことと比べると、「セラピーとしての」個別ABAはコストが非常に高いので、どうやって普及させていくかは難しい問題なのかもしれませんね。
丁寧なレヴューありがとうございます。Q&Aも私なりのメッセージを込めたつもりです。
発達支援の道筋はひとつではありません。自閉症、コミュニケーションの領域に限らず、前著も含めてあらゆる教育本もその例外ではなく、本は道のいくつかを材料として提示すものと思います。
「専門家」とはまさにそれを個々に合わせて調整できる方です。きめられたプログラムをすることはABAではなく、具体的な記録によってご家族や本人に適切な調整ができる方法論こそ重要なのだと思っています。
そらパパさんのブログによって使い方の選択肢が広がると期待しております。
直々のコメント、ありがとうございます。
本書のQ&Aの充実ぶりはとても素晴らしいと思います。また、藤坂氏のパートの、特に最初の導入のあたりは、我が家も「つみきBOOK」で勉強させていただきましたが、他に類をみない優れたABAのスタートアップガイドになっていると思います。
家庭で「カスタマイズした療育」をやるのは、なかなか難しいですよね。
「カスタマイズ」のためには「基礎知識」に加えて「豊富な経験」が必要になろうかと思いますが、親御さんの場合は、基礎知識も十分でなく、経験はゼロの状態から、いきなり応用を求められるわけですから。
本書のような「高度な内容をマニュアル化する」というアプローチは、さまざまな限界はありつつも、「家庭の療育」にとってのニーズは高いものがあると思います。
その限界をふまえつつうまく利用できれば、家庭でこれほど幅広く高度な療育が実践できる本というのも珍しいと思います。
このような魅力ある本を、リーズナブルな価格で世に出していただいたことに、ブロガーとしてではなく、一人の自閉症児を育てる父親として、心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
続いて、このコミュニケーション課題30を読ませていただきましたが、最も沁みたのは、172・3ページでした。
井上先生が、QandA49Pでも参照を促してくださっている、嫌子の弱化を使ってしまっている例、もこれまでの私のとりくみで、無意識にあったことに、実例から気づかされました。
ものすごく高等な語彙・文法(偏りはあり)を操るのに、自発で挨拶しない、挨拶に返せない、のがこの一年の悩みでした。私は、その悩みを顔に表して挨拶を教えようとしてしまっていた、と、悟りました。もともと痩せていて、きつめの顔立ちなので、仕事でも家庭でも笑顔を心がけていますが、挨拶場面(のプロンプト)では、顔がきつかった。声は優しくても。後ですかさず強く褒めて微笑んでも。
いくら名を呼んで褒めても、目を見てくれなかった3年間に慣れすぎていたかもしれません。フラットな顔・声のつくり方、私には難しいですが、研究します。
愛情とか、伝統とか、擬科学的なことではなく、シンプルに科学的な反応・学習の課題として実行しやすく記載されているこの本は、有難い本です。大事に使います。
ご紹介ありがとうございます。