ネットで「PECS 自閉症」と検索すると、PECSを療育に活用している方のさまざまなウェブページやブログを見ることができます。
まだ一般に入手できる日本語のPECSテキストがない現状にあるにもかかわらず、このように草の根的に盛り上がってきている背景には、やはりその分かりやすさと導入のしやすさ、短期間での効果の高さといったものが注目されているのではないかと思います。
現時点で容易に入手できる唯一のテキストである「A Picture's Worth : PECS and Other Visual Communication Strategies in Autism」も、私が買った後、Amazonでもしばらく品切れになっていました。いまAmazonの洋書で「Autism」(自閉症)で検索すると、一番売れている本としてトップに出てきます。
さて、本題に戻ります。
PECSは、文字通り「絵カード『交換』システム」となっています。
実は、この「交換」という部分が、PECSの大きな特長というか、強みになっているのです。PECSの開発者であるアンディ・ボンディ氏はこの「交換」という仕組みを、長い間苦労してようやく編み出したそうです。
以下は、「A Picture's Worth」の第6章に登場する、PECS誕生までの逸話です。
彼は最初、絵が並んだボードのようなものを使って、その絵を「指差す」というコミュニケーション方法を教えていたそうです。が、あまりうまくいきませんでした。
それには、大きく分けると4つの理由がありました。
第1の問題は、絵が並んでいる中から特定の絵を正確に指差すというのは、ある程度発達した微細運動を必要とするため、微細運動の発達が遅れている子どもには難しい場合があることです。
Aという絵を指そうと思ったのに、微細運動の遅れのために誤ってBという絵を指してしまい、AではなくBを与えられた子どもは、強化されません。このようなことが繰り返されてしまうと、絵を指差すという行動は消去されてしまいます。
第2の問題は、「指差す」という行動が、必ずしもコミュニケーションのとき以外でも起こることがあったこと。つまり、子供があさっての方を向いて絵をトントンと指でたたいているとき、その指しているものが欲しいのか、絵とは無関係に「見ているもの」が欲しい・興味があるのか、あるいは単に自己刺激的にトントンやっているだけなのか、はっきりしないということです。
はっきりしなければ、大人も適切に強化できず、ABAのプログラムとしては失格です。これと同じような失敗を私も娘に対してやってしまったことがあります。
第3の問題は、「絵を指差して要求する」という動作は、自分と絵のボードという身の回りの世界だけで完結してしまうため、そのボードをわざわざ大人のところへ持っていって指差す、という肝心の動作が抜け落ちてしまう(あるいはその動作をトレーニングするのが難しい)ことが多い、ということです。
いくら絵を指差すことができるようになったとしても、子どもがそれを部屋の片隅で背中を向けてやっていたり、離れたところでの動作に大人が気づかなかったりすることによって、「せっかく指差してもコミュニケーションが成立しない」というケースが多く発生してしまうことになります。これも、行動を適切に強化できないという意味で失敗を意味します。
そして第4の問題は、適切な絵を指差す、という行動を教えるためには、どうしてもいわゆる従来型のABAのフォーマルトレーニングによるマッチング訓練から始める必要があります。
しかもこのマッチングは、いわゆる「選択マッチング」と呼ばれる、2種類のマッチング課題のうち難しいほうのマッチング課題になってしまいます。(マッチング課題の種類についてはこちらをご覧下さい。)
※選択マッチング課題イメージ

選択マッチング課題は簡単な課題ではありません。そのため、ここまでたどり着くまでに時間がかかったり挫折したりすることになり、導入の大きな障壁となってしまいます。
さらに、長期間のフォーマルトレーニングを行なうことによって、「自発的な」コミュニケーションというよりはむしろ、親からの働きかけに対する受動的な反応が学習されてしまう可能性がある点も、コミュニケーションは自発的なものでなければならないと考えるアンディ・ボンディ氏にとっては、深刻な問題でした。
(次回に続きます。)