2006年03月18日

入門・マインドサイエンスの思想(ブックレビュー)

というわけで、出張の飛行機で読んだ本の2冊目です。

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入門・マインドサイエンスの思想-心の科学をめぐる現代哲学の論争
著:石川幹人、渡辺恒夫
新曜社

序論 マインドサイエンスの戦場を望んで
   ―対談:心の科学になぜ哲学が必要になってきたのか
第1章 マインドサイエンスの歴史と未来
第2章 心理学のための科学哲学―歴史的観点から
第3章 心の哲学―概念分析と形而上学
第4章 科学社会学と科学心理学―社会的要因と心的過程

本書は、先日読んだ「心脳問題―「脳の世紀」を生き抜く」とも関連する、心に関する科学(心理学)と哲学の関係を概観した本です。

哲学だなんて、何だか変な方向に偏向してきたなー、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
実は私自身、つい最近まで哲学の本を読むなんて思ってもいませんでした。哲学なんて頭の中だけで夢想するような「地に足のつかない」学問だと思っていたし、自分の生活にも関係ないと思っていましたから。
恐らく、娘が自閉症でなかったら、きっと一生哲学の本を読むなんてことはなかったでしょう。

でも、娘が自閉症だと知って、療育のためにいろいろな本を読んで悩む中で、頭の中でぐるぐる回って答えの出ない疑問がどんどん膨らんできました。

それを一言で言えば、「娘にはこの世界がどう見えているのだろう?」という疑問です。何がどんな風に見えていて、何がどう分かって、何が分からなくて、どんな「意識」を持ちうるんだろうか?
もう少し突き詰めると、「認識」とか「意識」とかというのはそもそもどんなもので、それが自閉症の場合にはどのように障害されているのだろうか? それらが分からなければ、まともな療育プログラムなんて作れるわけがないと思ったのです。

もっと端的な疑問もあります。別のレビューでも書いたとおり、応用行動分析(ABA)が前提としている「行動療法で『ことば』を獲得させることができる」、もっとラジカルには「心は行動から制御できる」といった考え方が正しいのか、といった疑問です。

これらの疑問は、自閉症児の療育を考える親御さんなら誰でも多かれ少なかれ考えることだと思います。とても難しい疑問ですよね。

実は、この種の疑問を徹底的に考え抜き、さまざまな激論が戦わされているのが、心理学よりはむしろ哲学という戦場だということを最近初めて知ったのです。
難しいのもそのはず、私(や皆さん)の悩みの源になっている、認識とか意識とか心とはどんなものか、それは科学で解明できるのかできないのか、心の問題に対して科学が取るべきスタンスとはどんなものか、これらの疑問は、近現代の哲学の天才たちが挑み続けているにも関わらず、いまだに答えの出ていない超難問なのです。

なぜ心の哲学が重要なのか。心理学が哲学の問題になるのか。

心理学とは心の科学です。
ところが、「心」とは何かがまず明確になっていません。
さらには、近代の科学は、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という立場に象徴されるとおり、私たちの内的世界とは独立した「外の世界」があり、その外の世界を支配する単純な法則を見つけ出すことを最大のよりどころとして発達してきました。つまり、心の世界を排除することで近代科学は発達したのです。
だとすると、「心の」「科学」って一体何なんでしょうか?

つまり、心理学という学問をやろうと思った場合、

・心とは何か、を明確に定義する
・その心にアプローチするのに、従来の「科学」の手法が使えるかどうかの整理
・使えないとすれば、「科学」をどう拡張していけばいいのかの考慮


の、少なくとも3つをはっきりさせなければなりません。そしてこの3つは、すべて哲学の領域でこそ大いに議論されている内容なのです。

不幸にして、現在の心理学はこれらの議論を十分に深めることなく、さまざまな学派がばらばらの方向を向いて混迷しています。
同じ「心理学」という名前がついていても、学派が違うと言葉さえ通じませんし、お互いに軽蔑していがみ合っているなんていうのも日常茶飯事です。

行動主義の心理学がある意味「革命的」だったのは、上記の3つの整理をはっきりさせ、まともに「科学の道」を歩き始めた最初の心理学だったからです。つまり、

・心とは行動によって観察・制御される対象である
・心は従来の科学によって研究可能である
・したがって科学の概念の拡張も必要ない


と明確に宣言したのです。

行動主義による心理学の統一と科学への昇格は、一旦は成功したかに見えました。しかし、それは結局果たせぬ夢でした。
行動主義は研究対象を行動から捕捉できるものに限定して科学の体裁を整えているに過ぎず、何らかの拡張もしくは修正なしには人の心の核心には到達できないというのが、現在、多くの心理学者がとっている態度だと思います。(この態度自体も、極めて「哲学的」だということを改めて指摘しておきます。)

最近では、脳科学の発達とともに、心は脳の生理学的分析でやがてはすべて解明できるだろうという「脳還元主義」に世論が傾いてきています。
ただ、これももしかすると、数十年前に考えられていた「コンピュータが高速化すればやがて心を持ったコンピュータが作れるだろう」といった楽観論と同じく「見果てぬ夢」かもしれません。

いずれにせよ、心について、心の科学について(より端的には、ABAの前提となっている徹底的行動主義や、TEACCHの前提となっている自閉症児の認知障害仮説や、認知心理学でホットなトピックになっている自閉症児の「心の理論」障害などについて)突き詰めて考えていくと、最後に「心の哲学」に行き着くのは、むしろ自然なことなのです。

本書は、そんな、心理学の迷路をさまよい歩いてようやく哲学の扉にたどり着いた人に対して、道案内役をしてくれる入門書だと言えます。
入門書ではありますが、内容は極めて高度です。心理学史や、主要な心理学派の立場を知らないと、読み進めるのはちょっと辛いかもしれません。私も読んでいて、よく分からないところがたくさんありました。

それでも、「自閉症児の療育の方法論」ひとつになぜこんなにいろいろな考え方があるのか、なぜそれぞれの立場の人たちが、交流して深め合うどころかむしろいがみあって対立しているのか、自閉症療育では全盛の行動分析学(ABA)がなぜ心理学の世界では日の当たらない傍流なのか、そういった疑問に「道すじ」をつけ、頭の中をクリアにして自分なりの「一番信じられる療育方針」を選ぶためのガイドとして、本書にチャレンジする価値はあるかもしれません。
少なくとも私にとっては、非常に刺激的で、考えさせられるところの多い本でした。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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