2006年03月14日

行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由(ブックレビュー)

今回の出張中、飛行機の中で2冊の本を読みました。
そのうちの1冊がこれです。



行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由
著:杉山 尚子
集英社新書

第1章 心理学をめぐる誤解
第2章 行動の原理
第3章 行動をどのように変えるか
第4章 スキナーの思想と実験的行動分析
第5章 言語行動

このブログの一番初めの記事で取り上げて、既に殿堂入りしてサイドバーで紹介している本ですが、今回改めて読み直しました。

深い。深すぎる。
こんな短い新書なのに、読み直してみたらまた新しい発見がたくさんありました。実に奥の深い本です。
これまで、何度も紹介しておきながら、ちゃんとしたブックレビューの形になっていなかったので、今回改めてレビューしておきたいと思います。

最初に、念のため。「行動分析学」というのは、「応用行動分析(ABA、行動療法ともいう)」として自閉症の療育にも応用されている心理学の一種で、アメリカのロヴァースが開発した「早期集中介入」などにつながる学問です。

本書の大きな特徴のひとつは、行動分析学の「考え方の枠組み」を正面から読者に問うているところにあります。

行動分析学とは、「行動」と、それに伴う状況の変化(行動随伴性)の組み合わせによって、すべてを説明しようとする心理学です。「すべて」というのは、意思とか欲求とかも含みます。
例えば、第5章の「言語行動」には、要求の表現に関連して、こんなフレーズがあります。

(店で、店員にビールを頼む例をとって)なぜ、この人は「ビール!」というのだろうか? ビールが飲みたいから、と答えてはいけない。欲求が行動の原因ではない。行動の原因を考える時は、行動の直後に起こる出来事は何なのかを考えることが基本である。

このフレーズは、行動分析学の本質を見事にとらえています。
欲求によって行動が起こるのではなく、行動随伴性によって「欲求が起こって行動する」ことが強化されている、と考えるのです(そもそも「欲求」という言葉を使うこと自体を拒否すると言ったほうが正しいのですが)。見方が常識とはまったく逆です。
行動分析学を理解するために必要な「常識の転換」とはどんなものであるのか、薄い本ですが、これほどしっかりと解説されている本はあまりありません。

なぜこの理解が大事かというと、特に早期集中介入のような非常に労力のかかるABAにチャレンジする前に、ABAが前提としているラジカルな考え方を知っておく(そして、それに賛同できるかどうか考える)ことに大きな意味があると思うからです。

ラジカルといえば、行動分析学の立場を「徹底的行動主義(radical behaviorism)」といいます。どこが「徹底的」かというと、「皮膚の内側」、つまり、意思とか認知とか心といったもので行動を説明することを一切認めず、逆に行動からこれらを説明しようとするところです。

この部分に対して「いや、心はやっぱり行動ですべて説明できるはずがない。ビールが飲みたいから『ビール!』と言うんだ。我思う、ゆえに我あり」(これはあまり適切な比喩ではないですが)と考えた場合、つまり「皮膚の内側」にまでは行動主義を適用しない考え方は、「方法論的行動主義」となります。
自閉症児の療育における前者と後者の違いは、「皮膚の内側」への考え方、例えばことばのトレーニングをどう進めるか、自閉症児の認知構造を考慮する(このこと自体が徹底的行動主義では否定されるものです)かどうか、「心の理論」といったものを尊重するかどうか、といった辺りに現れます。
極論すれば、ロヴァース式ABAとTEACCHの違いは、この2つの立場の違いと言い切ってしまってもいい、と私は思っています。

さて、この本が優秀だと思うもう1点は、客観的で冷静なトーンに終始しているところです。
上記の行動分析学の立場についても、「これが正しいんだ!」という書きぶりではなく、「行動分析学の立場はこうであり、その立場を取る理由はこうである(それをどう受け止めるかは読者次第)」といった表現になっています。

また、行動分析学の言語行動に関する知見を自閉症児をはじめとする障害児の言語獲得に応用することについて(ABAが最も喧伝しているのがこの部分です)、「言語行動」を著したスキナーは述べていないし、しなかった(それをやっているのは後続の研究者たちだ)と明確に書いています。
ロヴァース式の言語獲得訓練からは、スキナーの他の業績から連想する「スマートさ」が感じられないのでどうも妙だなと感じていたのですが、なるほど、それなら納得。

さて、この「言語獲得」というチャプターには、もう1つびっくりすることがあります。
このチャプターは3ページしかなく、しかもかなりの部分がスキナーの著書「言語行動」の誤解を解く上記の記述に使われているにも関わらず、残りの部分をほぼすべて使って、「機能としての」言語獲得の有効な手段としてPECSを紹介しているのです。ここも、著者の着眼力の鋭さを感じるところです。

もしかすると著者は、まったくことばがないところから言語を獲得するところまでの療育を、ロヴァース的なABAで進めることに違和感を感じているのかもしれません。
だからこそ、スキナーは本来言語獲得については述べなかったと書いたり、PECSを肯定的に紹介したりしているのかもしれません。だとすると私の立場はそれと非常に近いのですが、これは思い過ごしかもしれませんね。

ともあれ、自閉症療育にチャレンジする人にはぜひ読んでもらいたい本です。
ことばが通じにくい自閉症児への療育には、行動分析学のノウハウは多かれ少なかれ絶対に必要だと思いますから、「徹底的」でいくか「方法論的」でいくかを問わず、本書に書かれているくらいの知識は持っていることを強くおすすめします。

加えて、ABAについては良く知っている、いろいろな本を読んだ、という方も、本書から得るものがあるのではないかと思います。見た目以上に、深い内容を含んだ本になっていますから。

最後に脱線しますが、先ほど意識的に「我思う、ゆえに我あり」というフレーズを入れておきました。実は、徹底的行動主義をよしとするか、方法論的行動主義までしか受け入れないかというのは、哲学の問題になるのです。
飛行機の中で読んだもう1冊の本はそちらに関連するものですので、そのレビューでもう少し詳しく書きたいと思います。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 22:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まさに「目からウロコ!」という感じで、一気に読みました。私が心理学とか、自閉症の特徴的な行動の説明でどうしても違和感があったことが、「こころ」の存在だと気づきました。今私のマイ・ブームは「おっと、これは医学モデルだ」です(笑)。
ABAもなんとなく違和感があったのですが、この本を読むと、修正されるべきは子供が起こしている(問題)行動ではなく、そこに与えている変数としての親のかかわりかたではないかと思いました。
さっそく昨晩実践して、怒鳴ることなく二人の子供を「自主的に」お風呂に入らせることができました。怒鳴ること自体はまったく行動を変化させない、という気づきと、「さざえさん」という好子を使いました。「言語行動」のところでは、「言語共同体」の説明を読んだとき、あ、PECSだな、とピンときました。
「聞き手が話し手の言語行動を強化できるには、両者が同じ言語共同体に属してなければならない」ということは、そらパパさんの「適応」シリーズと合わせて考えると、音声言語が発達していない自閉症児と健常の親との「言語共同体」は、絵カードや手話(ジェスチャー)である、と思いました。うちの息子は手話を好むので、私と二人にしか通じないような手話がいろいろあるのですが、(息子が考え出したものもいろいろあります)、この共同体があるから、最近息子のコミュニケーション能力がのびている(言語行動が強化されいてる)のだなーと発見しました。
Posted by ピッカリママ at 2008年07月16日 00:58
ピッカリママさん、

この本を、いきなりそんな風に読むことができたのは素晴らしいことだと思います。
少し前にも書きましたが、心理学を学ぶ、ということは、「相手の心とか行動が読めるようになる」ことではありません。「私たちの側の見る目が変わる」ことです。
そのことに、こんなに早く気づかれたのはすごいことです。(きっと、大学の心理学課程に行かれたら、優秀な成績を修められると思います(笑))

老婆心ながら、ちょっと補足を。

ABAに目覚めると、きっと「かぶれ」ます。人の行動を見る目がまったく変わり、行動主義心理学以外は心理学ではない、と感じられるようになり、この道を極めれば人の行動は学習理論だけで説明できるはずだ、と考えたりするようになります。

でも、それはそれでちょっと違う、と私は思っているんですね。ABAにもいくつか弱点があり、その弱点の最たるものが「発達」と「言語(獲得)」だと思っています。
実は、この本にも掲載されている、スキナーの「言語行動」の理論はその後の心理学の世界でも言語学の世界でもほとんど顧みられていない「日陰の理論」です。(世間一般的には、有名な言語学者であるチョムスキーに徹底的に批判された、ということで有名な理論という扱いです。)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%8C%E5%8B%95%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6#.E8.A8.80.E8.AA.9E.EF.BC.88.E7.9A.84.EF.BC.89.E8.A1.8C.E5.8B.95
http://www.eonet.ne.jp/~human-being/sub3.html

また、ABAは基本的に、「特定の働きかけ」によって「特定の行動」が変わるという、理想的に単純化された環境を前提にしているため、働きかけの効果が累積して相互作用し、また「からだ」の側の条件も刻一刻と変わっていくような「発達」を扱うのは、実はちょっと苦手です。(この辺りは、近々記事として書こうと思っています)

ともあれ、この本で学ぶべきは「人の行動の見方にはいろいろなものがある」「一つの価値観で人の行動を評価するのは、危険だ」ということです。その「一つの価値観」には、ABAなり行動分析学なりも含まれるわけですね。行動分析学は、非常にユニークな世界への視点を提供してくれますが、それが唯一の「視点」でないことを自覚することもまた、とても大切なことだと思います。
Posted by そらパパ at 2008年07月16日 21:35
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