2010年02月15日

脳は利他的にふるまいたがる(ブックレビュー)

「視点が提示されている」ところに、読む価値があります。



脳は利他的にふるまいたがる
著:村井 俊哉
PHP研究所

第1章 価値観の混乱の時代?
第2章 報酬が行動を決める
第3章 社会、この複雑なもの
第4章 他者の心を予測する
第5章 誰のために
第6章 身体が勝手にそうする
第7章 そうすべきだからそうする
第8章 死を思うこと
第9章 異なる「価値」の葛藤

最初に余談です。
既に各方面で評価の高い「代替医療のトリック」という本をレビューする予定でいるのですが、いつまでたってもAmazonの在庫が復活しません。
仕方がないので、代わりにというわけではありませんが、気軽に読めてちょっと新しい視点を持つことができる脳科学の一般書をご紹介します。(自閉症についての話題も一部登場します

本書の著者は、京都大学医学部教授の「村井 俊哉」氏です。
私が最初に村井氏を知ったのは、「脳 回路網のなかの精神」の翻訳者としてになります。



この本は、ニューラルネットのコンピュータシミュレーションから脳のはたらきを考える「コネクショニズム」の入門書として古典的名著であり、値段は高いですがこのジャンルに興味のある方にはそれ以上の価値が間違いなくある、素晴らしく面白い本です。この本の翻訳者として名前を見かけてから、村井氏には注目していました。

さて、本書ですが、全体としては非常に「敷居の低い」本です。
冒頭から、「東京の人は関西人より冷たいのか」とか、NHKドラマの「天地人」のワンシーンといった話題が取り上げられ、その話題だけで何ページも進んでいきます。専門用語を駆使して論理的に理論を解説していくような本とは対極に位置する本だと言っていいでしょう。印象としては、茂木健一郎氏が大量に出している「脳エッセイ」に近い「読書感」だと言えます。
でも、茂木氏の本とこの本が決定的に異なるのは、「エッセイ」の内容が単なる観念的・個人的な思索に留まらず、しっかり読んでみると、予想以上に学術的な知見、実験や研究に裏打ちされた奥の深いものになっているという点です。

本書の内容を一言で言うなら、「脳が決めるヒトの行動を、『報酬計算』という視点から考えていく」というものです。
著者である村井氏は「行動神経学」が専門だということで、まさに、ヒトの行動(社会的なレベルを含む)と神経レベルの脳の情報処理とがどのようにつながっているのかを研究しています。つまりそこには、「行動科学(行動主義心理学)」「認知心理学・社会心理学」「脳科学」「ニューラルネット・コネクショニズム」「精神医学・臨床」といった要素がすべて入り込んでくるわけです。

そういう幅広い「守備範囲」を、たかだか1冊の、しかも一般向けのコンパクトな単行本にまとめるとなると、その内容はえてして散漫なものになりがちなのですが、本書では、その幅広さのなかに「報酬計算」という1つのテーマを置くことで、うまくしっかりした「軸」を作ることに成功しているように思います。
具体的には、第2章から第8章までのページを使って、それぞれ章ごとに異なる「報酬計算」のしくみが、低次のものからより高次のものへ順に並べて提示され、動物の比較的単純な行動から、ヒトの極めて複雑な行動までを、どのように「報酬」という視点から理解していけばいいのかが分かりやすく紹介されていくのです。

第2章:脳の「報酬系(ドーパミン系)」→動物と同じレベルの単純な行動決定メカニズム
第3章:脳の「柔軟さ」→環境の変化に対応し行動を修正できるメカニズム
第4章:対人的状況→他人の行動を推理することで自身の行動を修正・決定するメカニズム
第5章:社会的価値→社会のなかにおける自身にとっての「報酬」を決めるメカニズム
第6章:パーソナリティ→行動に影響を与える「性格」のとらえかた
第7章:義務→言語化された社会規範がヒトの行動に与える影響
第8章:死を思うこと→「私はいずれ死ぬ」を報酬計算に含めると行動は変わるのか



↑本書の、第2章から第5章までをまとめたページ。

厳密な検証主義に基づいて余計なことは言わないというスタイルではなく、自在にアイデアや仮説を提示していくスタイルで書かれています。
特に、後半になればなるほど、取り上げられているテーマが厳密に検証することが難しいもの(社会や価値観、規範、死への意識など)になっていきますから、そういった傾向が強くなります。

でも、最後まで読んだ後、改めて全体を振り返ると、そこには「ヒトの意思決定、行動をどのように説明するのか」という大きなテーマについての、著者のクリアな見通しが示されていることに気づくのです。つまり、ヒトの行動は脳のなかでの「報酬計算」によって決められており、その「報酬計算」のなかには、刺激に対してドーパミンが出るかでないかといった低次のものから、他人の行動を予測したり、社会における言語化された規範を参照したりすることで初めて計算できるような「社会的報酬計算」といった極めて高次のものまでが含まれ、ヒトはその多様なレベルの「報酬計算」相互の矛盾に折り合いをつけながら行動している、そういう「人間像」が現われてくるのです。
例えば、第8章の「死を意識すること」という、究極的に人文的・哲学的なトピックにおいてすら、「自分は最後には死ぬ、ということを(脳が)報酬計算に含めると、行動の意思決定にどういう影響があるか」という形で、「報酬計算の視点」からぶれずに語られるところが、本書の最大の魅力だと言っていいでしょう。

ちなみに、先ほどの章ごとの内容のご紹介でカンのいい方は気づかれたとおり、自閉症の話題は第4章の「対人的状況を認知する=他人の心を理解する」という話題のなかで、「その認知スキルが障害された状態」として出てきます。


↑本書の、自閉症がとりあげられている部分。

また、第2章で出てくる、脳の「報酬系」というのは、簡単にいえば、生存にとって有利になるような刺激をより多く得られるように、また、逆に生存を脅かすような刺激を回避するように、ヒトの行動を動機づける(うーん、どう表現してもトートロジー的になってしまいますね(笑))脳のしくみを指し、行動療法(ABAなど)でいう「強化学習」がなぜ可能なのかに対する、脳科学における答えであると言えます。
ですから、自閉症の療育、という観点からみても、さすがに「この本が療育に役立つ」とまでは言えないまでも、「療育の際にヒントとなるような気づきがある」本だ、とは言えるんじゃないかと思います。

「脳科学についての、気軽に読めるようなエッセイ的な本で、しかもちょっと学びや気づきがあって、自閉症の療育にも関係がある本を読みたい」という、ちょっと欲張りな?ニーズに、うまく応えることができる本だと思います。カジュアルな脳科学本としても及第点でしょう。
気軽に手に取れる普及単行本価格ですし、「最近ちょっと読む本がないな」という方は、軽い気持ちで読んでみてもいいのではないでしょうか。きっと、脳とヒトの行動について、ちょっと新しい視点を持つことができると思います。

<脳科学エッセイ・その他のおすすめ>


脳を鍛えるには運動しかない!
著:ジョン J. レイティ、エリック ヘイガーマン

うつや発達障害への「運動療法」に、脳科学的に根拠があることを示した本。
かなり新しい研究成果に基づいた本であり、自閉症の子どもにも、まずは何より「運動する習慣」をつけさせよう、と改めて考えさせられます。療育にも参考になる本だと思います。


単純な脳、複雑な「私」(レビュー記事)/進化しすぎた脳
池谷 裕二

日本気鋭の脳科学者、池谷氏の、知的興奮に満ちた脳科学エッセイです。高校生向けの「講義録」という形になっており、口語調で読みやすいです。
posted by そらパパ at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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