自閉症を含めた精神医学の診断基準である「DSM」の改定版、現在がDSM-IV(4)ですから今度はDSM-V(5)になるわけですが、そのDSM-5の草案が公開されているそうです。
http://www.dsm5.org/Pages/Default.aspx
自閉症スペクトラムについては大きく変わっています。
これまで、DSM-4では、発達障害という大分類の下に、「広汎性発達障害(PDD)」という中分類があり、さらにその下に「自閉性障害」「レット障害」「小児期崩壊性障害」「アスペルガー障害」「特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)」という5つの小分類があったのですが、DSM-5ドラフトでは、自閉性障害・小児期崩壊性障害・アスペルガー障害・特定不能の広汎性発達障害の4つを「自閉症スペクトラム障害」にまとめ、「レット障害」を削除することが提案されています。
つまり、「アスペルガー障害」とか「PDDNOS」いう障害名が消える(そして、広汎性発達障害(PDD)=自閉症スペクトラム障害ということになるので、PDD、広汎性発達障害ということばも、あえて使う必然性がなくなる)ということになります。
分かりやすくてすっきりしますが、一方で、「アスペルガー障害(症候群)」という診断名がなくなることについては、それなりに大きなインパクトがあるのではないでしょうか。
DSM-5ドラフトでの「自閉症スペクトラム障害」の定義を見てみることにします。
http://www.dsm5.org/ProposedRevisions/Pages/proposedrevision.aspx?rid=94
Autism Spectrum Disorder
Must meet criteria 1, 2, and 3:
1.Clinically significant, persistent deficits in social communication and interactions, as manifest by all of the following:
a.Marked deficits in nonverbal and verbal communication used for social interaction:
b.Lack of social reciprocity;
c.Failure to develop and maintain peer relationships appropriate to developmental level
2.Restricted, repetitive patterns of behavior, interests, and activities, as manifested by at least TWO of the following:
a.Stereotyped motor or verbal behaviors, or unusual sensory behaviors
b.Excessive adherence to routines and ritualized patterns of behavior
c.Restricted, fixated interests
3.Symptoms must be present in early childhood (but may not become fully manifest until social demands exceed limited capacities)
これを見ると、「ことばの遅れ」が診断の条件から外れている(1-a.で部分的に入っていますが)ことに気づきます。
つまり、自閉症スペクトラム障害の診断基準は、「社会性の障害」と「興味や行動の限定」の2つが幼少から現れること、という形になっているわけです。
ちなみに、下記リンクのAFCPさんも言及されていましたが、3.の最後に「but may not become fully manifest until social demands exceed limited capacities(ただし、(子どもに)求められる社会性が(子どもの)限られた能力を超えるまでは、その症状ははっきり現れないこともある)」と記載されているのは、この障害への理解を深める素晴らしい表現だと思います。
代替療法などで、「赤ちゃんの頃は普通に見えていた子どもが、だんだん自閉的傾向を示すようになった」という現象を、その頃の食事や子育てやワクチンなどと結びつける言説がよく見られますが、それは実のところ、「普通の子が自閉症になる」のではなく、「もともと社会性に困難を(潜在的に)抱えていた子どもが、実際にその社会性が求められるようになってきた段階で初めてその困難が顕在化する」のだと考えられるからです。
その辺りのニュアンスを、この3.のカッコ内の付記がうまく表現していて、素晴らしい記述だな、と思うわけです。
自閉症スペクトラム障害以外では、我が家のように知的な遅れを伴っている子どもと関係のある「精神遅滞」は「知的障害」に統合され、IQに基づいた重度・中度・軽度などの分類がなくなる模様です(こちらはDSM-IVの現在の定義がなかなかネット上で見つからず、よく分からないところもあるのですが)。
http://www.dsm5.org/ProposedRevisions/Pages/proposedrevision.aspx?rid=384
Mental Retardation
Intellectual Disability
A.Current intellectual deficits of two or more standard deviations below the population mean, which generally translates into performance in the lowest 3% of a person’s age and cultural group, or an IQ of 70 or below. This should be measured with an individualized, standardized, culturally appropriate, psychometrically sound measure.
B.And concurrent deficits in at least two domains of adaptive functioning of at least two or more standard deviations, which generally translates into performance in the lowest 3 % of a person’s age and cultural group, or standard scores of 70 or below. This should be measured with individualized, standardized, culturally appropriate, psychometrically sound measures. Adaptive behavior domains typically include:
Conceptual skills (communication, language, time, money, academic)
Social skills (interpersonal skills, social responsibility, recreation, friendships)
Practical skills (daily living skills, work, travel)
C. With onset during the developmental period.
Code no longer based on IQ level.
本件について、関連するブログエントリをいくつかご紹介させていただきます。
http://homepage3.nifty.com/afcp/B408387254/C819714657/E20100212224725/index.html
DSM-5 Draft公開 - A Forward-looking Child Psychiatrist
http://d.hatena.ne.jp/bem21st/20100215/p1
DSM-5公開草案(自閉症と精神遅滞について) - ベムのメモ帳
ツイッターでフォローさせて頂いています。
アスペルガーの診断がなくなることは、教育現場としては、診断名の混乱が少なくなるメリットがあるでしょうか。「自閉症スペクトラム」との括りだと、臨床的にはかなり「広い」診断のように感じます(カナー型から高機能まで含むという意味で)。医師ではないので、詳しいことは分かりませんが、自閉症の中核症状とその周縁が拡大適用されてきた(せざるを得なかった)結果でしょうか。
いずれにしろ、「診断は治療のためにある」と思いますので、自閉症への理解と支援が進めば、と願います。
今後もブログ楽しみにしております。
いつもありがとうございます。
私は下記のサイトでモニタリングしていました。
http://dsm5watch.wordpress.com/
The APA appears to be adopting the use of “DSM-5″ rather than “DSM-V” for the next edition of its Diagnostic and Statistical Manual.
へー。
私の住むエリアの話ですが、IQは私の住んでいたサンフランシスコでは禁止されていました。以前人種差別だという訴訟があったからです。
禁止とは極端ですが、サクラメントでもIntellectual Abilityの検査をリクエストしたところ、DIfferential Abilities Scale (DAS)を行いました。
地域差もありますが、ウェブなどで調べるとアメリカでは全体的に自閉症の子に一般的なIQテストはすすめない傾向に向かっているようです。
それから診断ですが、息子は3年前の診断時には、アスペ用のGASという診断基準を使いましたが、今回はADOSでした。
そして診断名は、前回はっきりとアスペルガーと記載されましたが、今回は、自閉症スペクトラム(自閉症、アスペルガー、PDD/NOSの区分はしない)と書かれていました。
前回はサンフランシスコで、今回はサクラメントということもありますが、基準が変わり始めているのかなと感じています。
面白いのが、私の所属するアスペのサポートグループのメーリングリストでは、これについて様々な意見が出ています。
アスペのがよかったという人や、サービスが受けやすくなるという人など、様々です。
時には「俺たちアスペじゃなくて、自閉症だって。これってどうよ?」みたいな会話に差別意識が見えたり様々です。
私は個人的にはアスペは自閉症の仲間だと思っているのですが、高機能自閉症とアスペの間にちょっと違う特性があるんじゃないかなと感じていますので、その辺も調べてくれたらうれしいなとは思います。
アスペルガー症候群の当事者であり、疑い濃厚(と思っている)な5歳の娘の親でもあります。
先ほどトラックバックさせていただいた記事にも書いたんですが、私自身はアスペルガー症候群の名前にはこだわらないので、スペクトラムでいいかな、と思っています。
一番は世間の理解が進むことですし、診断が付くことはあくまではじめの一歩だと思います。
うちの娘は、4月に発達検査を受けます。
どのような結果が出るか未知数ですが、そらパパさんのブログも参考にしながら、私なりの子育てをしていきたいです。
ryugeninagiさん、
私は、今回の診断基準変更は、むしろASDと診断される領域を狭めるものになるかもしれない、と思っています。
今までは、「健常(定型)」と「自閉性障害」の間に、アスペルガーやPDDNOS、あるいは漠然とした「広汎性発達障害」といった、「診断名によるスペクトラム」が存在していた状態だと思いますが、それが今度は「いきなりASD」になるために、診断名の中間領域が消えます。
これによって、むしろ診断基準を厳しめに適用するインセンティブが医師に働くのではないか、という気がするのです。
あやぱぱさん、
DSM-VではなくDSM-5になる(そう呼ばせたい)ということですか。
それは面白いですね。(今回のエントリでは、「IV」とか「V」と書くと順序が分かりにくいかも、と思ってたまたま「5」を使っただけだったのですが)
Mママさん、
アスペという診断名には、既にある種の文化圏やアイデンティティが生まれているような印象もありますから、その診断名がなくなることに対するリアクションは今後出てくると思います。
そもそも、日本語の「自閉」症ということばからは、社会的ひきこもり的な誤ったイメージがいまだ消えていないこともあり、名称が改めてそこに集約されることにはメリット・デメリットがあるかもしれません。
(個人的には、「Social Interaction Disorder=社会的相互作用障害」みたいな名前を考えていくべきじゃないかとは思っています)
IQが古いテストで、人種や社会環境、時代の変化に対する標準化ができていないというのはそのとおりですね。
ただ、新しい定義でも、知的・適応力的に「2SD(標準偏差)以上」の遅れを診断するという「相対評価」のスキーム自体は変わっていないので、何かIQに代わる新しいテストを導入するということなのかもしれません。
「高機能自閉症」と「アスペルガー」の区分は、私は意味がないと考える立場です。
もし両者が本当に「違って見え」たとしても、それは単に「違って見え」る人を振り分けて診断名をつけた結果にすぎないか、異なったラベルをつけることで異なって見えているだけではないかと思うからです。
両者は同じスペクトラムのなかにあり、言語獲得に問題がない程度にキャパシティがある人がアスペルガーと診断され、逆に知的に2SD以上低い人が「低機能自閉症」と呼ばれ、そのどちらにも属さない人が「高機能自閉症」と呼ばれているに過ぎないのではないでしょうか。そして、低機能自閉症と高機能自閉症が「違って」見えるのと同じしくみで、高機能自閉症とアスペルガー症候群も違って見えることは自然だと思われますし、だからといってそれが、両者が別の障害であることを示す根拠にはならないのではないかと思います。(だからこそ、DSM-5もこれらを全部1つにまとめようとしているのでしょう。)
はらぺこるいさん、
トラックバックありがとうございました。
私も、DSM-5の方向性は、基本的にはこの障害のありようをより的確にとらえた「変更」なんじゃないかな、と思っています。
これからもよろしくお願いします。
さて、
「ASD」にまとめられることそれ自体は、
とても評価される事だと確信しています。
一方、日本において福祉の網が掛けられにくい
高機能群に対しての「ことば」は未だ必要
(必要悪とまでいきませんが)
だと思います。
本当に「スペクトラム」の概念が定着し
高機能群もそうでない群も分け隔てなく
適切な支援がある、
そうなってこそ「スペクトラム」の概念が
活かされるのだと思います。
そのために、われわれがやらねばならない事は
まだ、たくさんありますね。
「(DSM-Ⅳについて)特定する基準なのに特定不能といういいかたは自己矛盾??」
とおっしゃっていたことを思い出しました。
診断がご本人やご家族にとって、新たなる希望や可能性に繋がることを願います。
コメントありがとうございます。
このエントリに限らず、この話題に触れているいろいろな書き込みを見て改めて思うのは、「名前をつける」ということは、それが障害の診断名であっても、きわめて社会的な営みだということですね。
今回の変更にしても、自閉症「スペクトラム」障害の「スペクトラム」の部分は現時点でそんなにポピュラーな言い方ではないですね。
厳密に考えると、「アスペルガー」もなくなるのですが、同時に「自閉症」もなくなって、両方が別の1つの「スペクトラム障害」という呼び名に統合される、という見方もできるんじゃないか、と思っています。
個人的には自閉症スペクトラム障害という括りは、典型的とは言いがたい自分や子どもの困難さを包括してくれる括りで、わかりやすくよかったなと思います。
また、これは私の周辺だけかもしれないけど、「スペクトラム」を拡大解釈?して、誰にでも同様な偏りはある(だから理解、共感できる、という文脈)と主張するひともいます。
しかし誰にでもある特徴ならばわざわざ「障害」と規定する必要があるのか、頻度と程度が”誰にでもある”レベルじゃないんです(汗)と一々補足説明して回るべきか、それに福祉や支援は甘えだという差別につながらないかとずっとモヤモヤしていました。
今回、「スペクトラム」概念が診断名に採用されて厳密に適用される方向性ならば、スッキリする気がしますが、いかがでしょう。
すでにアメリカのオンライン上では、アスペルガーは自閉症と分けてほしいという人もいるらしく、賛同してほしいというのをMLのメールをみかけます。私の住むサンタクララだと、アスペルガーだとサービスはほとんど受けにくいのは事実。そういうこともあって、自閉症に統合してしまうというのが、いい、という声も多いようで、静観している人も多いという感触があります。
コメントありがとうございます。
たしかに、定型の人の「個性」のところまで含めてASDをとらえるのか、診断としての「障害」の位置づけでASDをとらえるのかで、受け止められ方が変わってくるかもしれませんね。
ASDという概念と「一般化障害仮説」というのはとても相性がいいので、私自身も新しい診断基準が「うまく、幅広くすくいとる」ものになればいいなと思います。
一方で、アスペルガーという診断名にアイデンティティを持ってきた方というのも間違いなくいらっしゃると思うので、なかなか難しいところですね。
これ・・・って、しばらく、診断する医師の方も支援をする方も大変かも・・・。
我が家は・・・言葉の獲得が大変遅かった子もアスペルガー症候群か高機能広汎性発達障害と診断名がついています・・・。
高機能自閉症なんですが・・・全部自閉症スペクトラム障害でくくるんですね・・・。
日本では確定診断をしている医師の中で・・・きちんちした診断をしているのか分からない方がいるから・・・どうなるんでしょうか・・・。
心配です・・・。
コメントありがとうございます。
確かにこの話題はインパクトが大きいのですが、実際に変わるのは数年先のようですし、今までが逆にいろいろ呼び名があることで「確定診断しにくい」という状況もあったんじゃないかと思うので、意外と「変えてみたらそんなに問題はなかった」ということになるのではないかな、と個人的には思っています。
ただ、それは「これからの診断」の話であって、従来の診断名にアイデンティティのようなものを持っている方がいらっしゃれば、それは「アイデンティティの危機」になりうるということはあるかもしれません。