次のフェーズで、要求表現に関するPECSのトレーニングはひとまず完成です。もうゴールが見えてきました。「コミュニケーションを教える」って、こんなに簡単にたどりつける目標にもなるんですね。
もちろん、ここまでのフェーズで教える内容は、コミュニケーションスキル全体からすればごくごくわずかな部分かもしれませんが、それでも、「直接欲しいものに手を伸ばす」「欲しくてパニックする」ことしかできない段階から考えると、「カード」という抽象的な道具が間に入るだけで、認知構造の変化としては飛躍的な進歩だといえます。
小さいけれども、大きな、大きな一歩だと言えるでしょう。
第3フェーズ:カードを選ぶ
フェーズ3では、いよいよ複数のカードから、子どもが「欲しいもの」を選ぶというスキルをトレーニングします。
この段階にきて初めて、子どもはカードと「欲しいもの」を1対1でマッチングさせるという、「マッチングスキル」を求められます。
実はフェーズ2までは、例えば子どもがみかんのカードを渡してみかんを手に入れることができるようになったとしても、必ずしもカードの絵柄と実物をマッチングできるようになったとは言えません。単に「(何でもいいから)カードを渡すとそのとき欲しいものが手に入る」ということを学習しているに過ぎないわけです。
PECSでは、マッチングスキルのトレーニングそれ自体も、「欲しいものを手に入れる」という日常のカード交換の中で行なうことを目指します。
最初は、フェーズ2の延長で、「欲しいもの」のカードに加えて、「ダミーのカード」をもう1枚、合計2枚のカードをコミュニケーションボードに貼り付け、2枚の中から「欲しいもの」を選んでもらう、というトレーニングを行ないます。
「ダミーのカード」としては、子どもが「欲しくないもののカード」を使うのが一番無難でしょう。そして、子どもが「ダミーのカード」を選んでしまった場合には、その「欲しくないもの」を実際に渡します。
ご参考までに、我が家では、娘の好きな果物のカードと一緒に、あまり好きではない水やお茶のカードも一緒に冷蔵庫に貼ってあります。(我が家では冷蔵庫がコミュニケーションボードになってしまいました(笑))
娘が間違って水のカードを渡すと、本当に水が出てきます。娘は「欲しいもの」と違うものが出てきて怒りますが、とりあえず一口水を飲ませて、それからもう一度やり直しです。
ちなみに、間違ったカードを渡しても、「ダメ」と言って何も渡さずに叱ったりするのは厳禁です。「カードを渡すと、カードに対応するものが手に入る」という対応関係をトレーニングしているわけですから、「カードを渡しても何も手に入らない(むしろ叱られる)」という環境を作ってはいけません。
また、「欲しくないもの」は、必ずしも同じカテゴリーのもの(食べ物、おもちゃ、etc.)である必要はありません。「欲しい食べもの」と「きらいなおもちゃ」といったように、むしろ、カテゴリーが違うほうが区別はつけやすいでしょう。
また、フェーズの最初は、欲しいもののカードのほうに手が伸びるよう、軽いプロンプト(手助け)をしてもOKです。
この「欲しくないものカード」のトレーニングではマッチングが難しい場合は、「欲しくないものカード」を、「欲しいものカード」とは全く異なった見た目にします。
例えば、カードの大きさを全く違うものにする、カードの背景をまったく違う色にする、カードの形を変える、などの工夫によって、「もう1つの手がかり」を与えるわけです。
その結果、子どもは最初は「もう1つの手がかり」のほうを手がかりにしてカードを選んでしまうことになりますが、この「もう1つの手がかり」のほうはだんだん消していく(フェイディング)必要があります。
例えばカードの大きさを変えた場合は、その大きさの違いを少しずつ小さくしていき、最終的にはまったく同じ大きさにします。
この際、行動療法(ABA)の基本的なテクニックとして、マッチングの「正答率」を絶対に落とさないように注意します。具体的には、正答率が90%を下回ったら課題が難しすぎるので、手がかりを増やすか、プロンプトを増やすかして、正答率90%以上を維持するようにします。
トレーニングが進んできたら、「欲しいもの」と「欲しいもの」を選ばせたり、3枚以上のカードから選ばせるような状況を作り、徐々に「コミュニケーションブック」が本当の要求コミュニケーションのための道具になっていくようにしていきます。
フェーズ3の最終的な目標は、「欲しいもの一覧」がずらっと並んだコミュニケーションボードの中から、子どもが欲しいもののカードを1枚はがして親のところに持ってくる、というコミュニケーションが普通に成立するようになることです。