2006年03月05日

心脳問題―「脳の世紀」を生き抜く(ブックレビュー)



心脳問題―「脳の世紀」を生き抜く
著:山本 貴光、吉川 浩満
朝日出版社

第1章 脳情報のトリック―カテゴリー・ミステイクとパラドックス
第2章 心脳問題の見取図―ジレンマと四つの立場
第3章 心脳問題の核心―アンチノミーと回帰する擬似問題
第4章 心脳問題と社会―社会と科学、そして生
終章 持続と生―生成する世界へ

この本、最初の3章は哲学で、あとの2章は社会学の本です。

「なあんだ、じゃあ自閉症の療育とは全然関係ないね」 はい、そうかもしれません。
「哲学なんて、そもそも生活にも何の役にも立たないね」 はい、そうかもしれません。

でも、結構そうでもないのです。
この本が取り上げている「心脳問題」と、「自閉症の療育」との間には、奇妙なつながりがあります
そして、この本を読んで私は、これからの娘への療育の方向性について1つの確信を持つことができました。

「心脳問題」とは、一言で言えば心と脳の関係をどう考えるか、という問題です。
本書は、この問題を考えるときに必要な「基本的な立ち位置」を教えてくれる本で、変わった角度からの「哲学入門」にもなっているというユニークな本です。

さて、この問題に対する、「現代的」なひとつの立場が、「脳がわかれば心がわかる」あるいは「心とは、脳の分子運動に過ぎない」という考え方であり、本書ではこれを脳還元主義と呼んでいます。

私も、本書を読むまでは、単純にそのとおりだと思っていました。
だから、「心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー」で、著者の茂木が、心を「どうしても捉えきれない何か」といったあいまいな表現で扱うことに、じれったさのようなものを感じたりもしました。

でも、必ずしも還元主義が正しいわけではない、ということが、本書を読んで少し分かったような気がします。

(ここから先は、私自身が「理解したつもりの」内容を書きます。)

脳科学も含めて、科学というのは、自然の「すべて」をあまねく記述するものではありません。自然の中から、規則のあるもの、再現できるものだけを抜き出して、記述するものです。
つまり、「自然」というスープをすくう「科学」という道具は、コップではなくザルなのです。科学が発展するにつれ、ザルの目は細かくなるかもしれませんが、それでもすべてをすくうことはできないでしょう。

脳科学に関していえば、ザルによってすくわれた「科学」の部分で、脳のスペック的な側面は語れるかもしれませんが、心とは、ザルによってすくわれた部分のみならず、スープ全体によってしか言い尽くせないものです。
脳還元主義が陥っている落とし穴とは、ザルによってすくわれた部分に心が宿っていると考え、すくえずに残っているスープの残りをすっかり見落としてしまっているところにあるのではないでしょうか。

・・・さて、そろそろ、なぜ心脳問題が療育と関係あるのか、というタネ明かしをします。

自閉症の障害というのは、端的に言ってしまえば「心」の障害です。
自閉症児には心がない、と言っているのではなく、自律言語としての「ことば」とか、他人とのコミュニケーションとか、将来への見通しとか、どうも、「自己意識」みたいなものの障害が自閉症にはありそうだという意味です。

一方、自閉症に対する療育法には、大きく分けると、目に見える行動のみにこだわるロヴァース的な行動療法と、TEACCHのように認知面での障害を仮定し、それに基づいて療育メニューを考える認知的療法があります。
私自身、認知心理学を専攻していたこともあり、自分の娘を観察した印象も含めて、「認知的療法」のアプローチの方がベターだろう、という直感を持っていました。

しかし、それに対して、ロヴァース的行動療法は、「そんなことは考える必要がない、できない行動を科学的に教えていけばいいだけだ」とあっさり言い切ってしまいます。
そして、ここで大きくそびえ立つのが「科学的」というキーワードです。ABAの本を見ればすぐわかりますが、ABAは最も科学的だ、だから最もいい療育法だ、という主張が常に高らかとうたわれています。
確かにABAは最も科学的なのです。
だから、ABAは最もいい、という主張を覆すのはまったく不可能に思えてきます。

でも、そうではありませんでした。
ABAが科学的なのは、科学的にできること「だけ」をやって、それ以外のことを切り捨てているからに過ぎないのです。
その「切り捨てた部分」がどんなに大きくても、残ったわずかな部分で「科学的」にやれば、確かに科学的な体裁は維持できます。でも、もしその「切り捨てた部分」に本当に大切なものが含まれていて、別の「科学的でない」療育法が、その大切なものに働きかける力を持っていたとしたら・・・? 「最もいい」療育法は、その「科学的でない」もののほうになるかもしれません。

この考察は、本書の考察と同じく、単に哲学的な考察です。本当に、ABAで切り捨てている部分に大切なものがあるのか、ABA以外の療育法に効果的なものがあるのか、それはまったくわかりません。

でも、「最も科学的な療育法がもっともいい療育法だ」という安易な議論は「脳が分かれば心がわかる」と同じくらい、根拠の弱い「信念」でしかない、ということに、はたと気づいたのです。

この「気づき」を、もう少し具体的な療育に則して書いたのが、この記事の後半部分になります。

哲学の本のレビューなので、やっぱり哲学めいた?レビューになってしまいました。
本書の中にもありますが、「ある種の知的な気分」を楽しむことのできる本だと思いますので、脳について関心のある方はぜひどうぞ。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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