自閉症児の親を療育者にする教育―応用行動分析学による英国の実践と成果
著:ミッキー・キーナン、カローラ・ディレンバーガー、ケン・P. カー
二瓶社
第1章 応用行動分析学―親の立場からの見方
第2章 応用行動分析学―最高の療育法
第3章 機能アセスメント、機能分析と問題行動
第4章 コリンのものがたり
第5章 子どもに何を指導するか
第6章 結論と今後の方向
本書は、イギリスのPEATという親のグループがまとめた本だということです。
PEATというのは、本書のタイトルそのものですが、Parents' Education as Autism Therapists、直訳すると「自閉症療育者になるための親向けの教育」といった感じでしょうか。
なお、ここで言っている「療育」というのは、ピュアな応用行動分析(ABA)、特にいわゆるロヴァース式の集中介入プログラムを指し、他の療育法はまったく省みられていません。
つまり、本書はロヴァース式ABAを(熱狂的に)支持する親たちによってまとめられた本だということに留意して読む必要がある、ということです。
本書の構成要素は大きく分けて2つに分かれます。
1つは、本書の執筆者である自閉症児の親たちが、応用行動分析の素晴らしさを強調し、それによって自分たちの子どもがいかに改善したかを紹介する内容です。
そしてもう1つは、まさに「親に対する教育」という意味で、応用行動分析による療育とは具体的にどんなものなのか、方法論から具体的ケースに対するアプローチの実際までを詳細に解説する内容が含まれています。
本書の魅力はこの後者の部分にあると思います。
特に、コリンという1人のアスペルガー障害の男の子に対して、プロのABAのセラピストがどのようなプログラムを組み、それを親がどのように実行していったかが紹介される第4章は圧巻です。
療育プログラムは約1年、ターゲットとなる行動変容は17種類におよび、その17種類の行動介入がどのように行なわれたかが1つずつ詳細に説明されています。具体的には、
1.アイコンタクト
2.コップへのこだわり
3.おもちゃへのこだわり
4.ことば(表出)
5.ことば(エコラリア)
6.アイコンタクト(汎化)
7.ことば(流暢性)
8.おもちゃを目で追う
9.ことば(エコラリア)
10.ことば(自発語)
11.アイコンタクト(遊び中)
12.アイコンタクト(時間延長)
13.アイコンタクト(時間延長)
14.遊び(リラックス)
15.遊び(コミュニケーション)
16.遊び(ごっこ遊び)
17.着席して課題を実行
この第4章だけで約90ページもの分量があり、同様に具体的療育アプローチが詳細に紹介される第3章・第5章、関連する巻末資料などを合わせると150ページを優に超えます。
これを読むと、我々が行動療法と聞いて漠然とイメージする、机に向かわせて知育玩具などを遊ばせて、うまくできたらごほうびをあげる、といったレベルのものと、アメリカなどでプロのABAセラピストを雇って実施される「早期集中介入」との間には相当なギャップがあることが実感できます。
さらに、本書の中にも「早期集中介入は週20~40時間、プロによって正しく実施されなければ何もしないのと同じ」という例の記述があり、ここまでの水準のものをそれだけの長時間やらなければ「意味がない」という、早期集中介入のハードルの高さを改めて思い知らされます。
・・・ところで、上記の17種類の介入プログラムをみると、ことばとアイコンタクトが異様に多い気がします。
また、第4章の「コリン」も含め、本書で取り扱われているほぼ全てのケースがアスペルガー障害の子どもで、ことばの指示に従ったり自ら話したりできることが前提のプログラムになっているため、ことばが全くないようなより障害の重い子どもの場合のプログラムがどのようになるのかは本書ではほとんど分かりません。
恐らくその場合は、「指示に従ったり自ら話したり」を目標に、コツコツと音声模倣をやるようなプログラムになるのだと思いますが・・・。
ともあれ、過去に紹介した「自閉症を克服する―行動分析で子どもの人生が変わる」などを読んでも今ひとつ分からない、「プロのABAセラピストが療育プログラムを組むとどんなものが出てくるのか?」を知るという観点では、極めて具体的であり、他の本にない内容を含んでいて、なかなか興味深い本になっていると思います。
・・・それにしても、です。
どうして「自閉症」と「ABA」という2つのキーワードが組み合わされた本はみんなこうなってしまうんだろう、とは思います。本書が親たちによるある種の「効能本」の性格を持っているためにやむを得ない部分もあるとは思うのですが、具体的な療育メニューが記述された第3章~第5章以外の部分の内容は、正直、私には読んでいて気が滅入るものでした。
読めば理解していただけると思うので詳しくは書きませんが、ロヴァース式のABAだけが唯一にして最高の療育法であり、ABAへの否定的な反応はすべて無知と偏見によるものだと言い切ってしまっています。また、TEACCHなど、他の療育法には徹底して批判的なのですが、そこには逆にそれらの療育法に対する「無知と偏見」が明らかに見受けられます。
自閉症に関するABA本ではいつも同じことを書かなければならないのが残念なのですが、本書についても、科学的・客観的に書かれた「情報」の部分と、感情的・イデオロギー的に書かれた「価値観」の部分をしっかりと見極めて、前者だけを冷静に取捨選択して読むことが求められると感じます。
それができる前提であれば、類書にない貴重な情報を含んだABA本だと思います。
※その他のブックレビューはこちら。
ところで、ブックレビューのカテゴリを作ってはいかがですか? こんな素晴らしいブックレビューを埋もれさせて(?)おくのはもったいないと思いますよ。他の素晴らしいシリーズ記事と並べられても遜色ないシリーズだと思います。
そういわれてみると、ブックレビューだけで相当な数がたまっていることに気づきました。
というわけで、レビュー記事にも簡単にアクセスできるようにしようと思いますので、お待ちください。