変革を定着させる行動原理のマネジメント―人と組織の慣性をいかに打破するか
著:中島 克也
ダイヤモンド社
第1章 なぜ、変革は続かないのか?
多くの職場が直面する7つの悩み
2つの根本原因とその処方箋
第2章 人の行動原理をマネジメントする
人は「きっかけ」ではなく、「結果」で動く
行動を促進させる・ストップさせる法則
「望ましい行動」の回数を増やす法則(承認による行動強化)
無理強いは絶対に長続きしない(脅迫による行動強化)
ある行動を減らす法則(処罰による行動弱化)
無視・無関心が行動を減少させる(無視による行動弱化)
4つの行動結果を使い分けて部下を変える
4つの行動結果を活用した会議の活性化
行動の背景をつかむPIC/NIC分析
第3章 変革行動を継続させる5つのステップ
「望ましい行動」を引き出し、定着させる
ステップ1・成果と行動の特定化
ステップ2・測定
ステップ3・フィードバック
ステップ4・承認
ステップ5・飽き防止
第4章 人と組織の「慣性」をマネジメントする
「慣性」が変化を押しつぶす
「人の慣性」をマネジメントする
「職場の慣性」をマネジメントする
「会社の慣性」をマネジメントする)
第5章 自走する組織・チームのつくり方
ABAをビジネス場面で応用しましょう、という、これまでにも何冊か出ているタイプの本ですが、なかなか完成度の高い本です。
コンパクトな中に理論から実践までが網羅されていて、ABAをビジネスに応用する本としての実用性は、もしかすると当ブログで過去に殿堂入りさせている「行動分析学マネジメント」より上かもしれません。
よくよく見てみると、表紙が「ABC分析」になっています(笑)。
ただ、「当ブログで」紹介する本としては、ちょっと厳しめに評価しておいたほうがいいかな、と感じるところがあって、それは、
ABAの各種テクニックを「ビジネス向け」に特化させているために、「自閉症療育」からはやや離れていると感じるからです。
例えば、強化や消去などの「行動の原理」について、本書は「強化子」とか「好子」といった用語を使わず、次の4つに「変形」して使っています。
・承認による行動強化
・脅迫による行動強化
・処罰による行動弱化
・無視による行動弱化
↑本書が採用する「4つの行動原理」
これらを「好子・嫌子方式」の一般的な行動分析学用語で書き直すと、こういうことになるでしょう。
・好子出現による強化(ただし好子(強化子)は社会的なもののみ)
・嫌子消失による強化(についてのルール支配行動、かつ嫌子は社会的なもの)
・嫌子出現による弱化(ただし嫌子は社会的なもの)
・消去
用語が違うことはもちろん、好子や嫌子として、生得的なもの(食事や休息など)は除外して社会的なもの(承認や叱責、ポイントなど)だけが使われていたり、本来の随伴性ではなく「ルール」による随伴性が前面に出ていたり、「好子消失による弱化」がないことになっていたりと、ビジネスに特化させるために、ABAの「全体」ではなく「一部分」だけが取り出されていることが分かります。
これ以外では、「スモールステップ」ということばがなぜか「ベイビーステップ」に置き換えられていたり、「ふつうの随伴性」と「ルールによる随伴性」の区分を明確にせず、「PIC/NIC分析」という独自の分類法でシンプルにまとめられていたり、プロンプトやフェイディングについてほとんど触れられず、フィードバックのみで行動形成する仕組みを採用していたりといった点がユニークです。
↑本書が採用する「PIC/NIC分析」
この辺り、殿堂入りの「行動分析学マネジメント」が、律儀に「好子・嫌子方式」の4つの行動原理+消去という5つが本来の用語を使っていることや、「プロンプト」や「フェイディング」、「ルール支配行動」なども、ちゃんとその通りの用語を使って解説されていて、しっかり「ABAの教科書」として使えるのと対照的です。
また、組織や人間が変わらないことの理由として、本書は「組織や人間には、変革を嫌う『慣性』が働くからだ」と説明しますが、これもややトートロジー的で、厳格なABAの観点からはあまり褒められたものではありません。(「慣性」とは何かを考えると、要は「変革が起こりにくい様子」のことを指しているわけで、これは因果関係の説明でもなんでもない、同語反復(トートロジー)に過ぎないわけです。)
ABAに「徹する」のであれば、これは「これまでの行動様式が強化され続けているからだ」と説明すべきものでしょう。
ただこれも、「ビジネス書」という視点からいえば、難しいABAの概念から入って退屈させてしまう代わりに、何となく分かった気になれる「慣性」という用語を使って現状を追認したうえで、さっさと「テクニックとしての行動原理の応用」に入ってしまうほうが「分かりやすくて実践的」には違いないだろうな、とも思うわけです。
それ以外にも、「わたしたちの脳は、組織はこういう特性をもっていて・・・」みたいな、認知心理学的・社会心理学的説明も多く、この辺りも厳密なABAの立場とは一線を画しているといえます。
このように、本書はABAのさまざまなテクニックを、「論理的にかっちりと体系だてて解説する」というよりは、「ビジネスに役立つように取捨選択、再構成して、分かりやすく提供する」ことが徹底されています。
それを評価するかしないかで、この本の価値はまったく違ったものになるでしょう。
まず、ABAのことをすでによく知っていて、そのテクニックを職場などで応用してみたい、という方。
こういう方には自信をもっておすすめできます。
ABAの「原理・原則」が、組織や人材のマネジメントという目的にむけて、方法論まで含めてどのように「応用・変形」されているのかを興味深く読むことができるでしょうし、「どんな風に他人に説明すれば、難解なABAを理解してもらえるか」を考えるためのヒントも満載です。
そして、ABAを勉強してみたけどよく分からなかった、という方。
この本は、ABAの「難しいところ」をうまく避けながら(ごまかしながら?)、ABAのエッセンスを理解し、高度なテクニックを使ってしまおう、という本になっていますので、教科書的なABAの本を読むよりはずっと「分かりやすい」と思います。
また、本書を「療育の目的」で読むこともできそうです。
本書は、ほめられることや「ルール」が十分理解できる社会人に対する「効果的なテクニック」を示したものですので、言語能力の高いアスペルガー症候群のお子さんが相手であれば、本書のユニークな「指導法」は、「ちょっと変わったABAの応用例」として参考になると思います。
つまり、「教科書的でない、ABAのユニークな活用・応用ノウハウ」として読むのであれば、本書は価値があります。内容の充実度に比して値段も安く、お買い得だとも思います。
ただし、この本は「ABAの正当な教科書」にはなっていないことに留意して読む必要がありますし、本書でABAに興味をもったら、次に「教科書的なABA本」(この記事で紹介している2冊など)を読んでいくのがいいでしょう。
私自身もとても面白く読めましたし、会社でABAを紹介するのであれば、むしろこの本をベースに説明したほうが分かりやすいだろうな、と感じました。
その他のブックレビューはこちら。
今、「行動分析学マネジメント」を読み進めています。
ドラッカーの本にに触発されて、数年前に組織変革を目指し、コーチング、ファシリテーションに関する本を読んでいたころがありました。 あっさりと挫折をするわけですが、(それ以降ビジネス書は縁遠くなりました)今思い返してみると、表面的なスキルだけを実践していたように思えます。継続もしなかったので、そのスキルそのものも身につく前に止めてしまったというのもありますが。
ABAの視点に立って当時の本を読み返してみたいと思っています。
コメントありがとうございます。
ビジネス書って、療育書と同じで全然エビデンス・ベースドではないので、基本的に眉につばをつけて読んだほうがいいですよね。
ほとんどのビジネス書は、極論すると、「私が成功したのだから私のやりかたは正しい」→「ナントカ療法をやっていて良くなったのだからナントカ療法は効果がある」と同じ構図で、再現性について検証されていません。
まあ、人文系の世界はだいたいみんなそうなので、そこに「効果」とか「成功」といった再現性を求められるキーワードが入ってくると、途端にトンデモ色が強まってしまうんだろうなと思います。
この本や、お読みになっている「行動分析学マネジメント」も、もちろん鵜呑みにはできませんが、一応、行動分析学という学問に裏打ちされているので、一般的なビジネス書よりは信頼できるように思います。何より、ちゃんと「効果測定」ができるようになっているので、少なくとも「実践後」は完全なエビデンス・ベースドに持っていくことができるところが強いですね。