自閉症の心の世界―認知心理学からのアプローチ
著:フランシス ハッペ
星和書店
第1章 序論
第2章 自閉症の歴史
第3章 行動的レベルで見た自閉症
第4章 生物学的レベルで見た自閉症
第5章 認知的レベルで見た自閉症―心を理解すること
第6章 認知的レベルで見た自閉症―心の理論に代わる案
第7章 少数の才能ある者たち
第8章 アスペルガー症候群
第9章 自閉症と自閉症ではない関連障害
第10章 残された謎、今後の展望
本書は、自閉症となどんな障害であるか、特に認知心理学方面における最前線の研究の概要が紹介されている本で、他の一般向け書籍では見られないような掘り下げた記述が特徴です。
(一見、「自費出版?」といった外観なのですが、中身は極めてまっとうな本です。)
今回のシリーズ記事は、この本の論旨をある程度なぞりながら進めています。
自閉症という障害を考えるにあたって、本書の第3章から第6章にかけて述べられているような、3つのレベルという考え方はとても大切だと思います。
一番浅いレベルが、「行動的レベル」で、これはことばが出ないとかこだわり行動といった、目に見える自閉症の症状を指します。
最も深い根っこのレベルが「生物学的レベル」で、これは脳の特定の部位に損傷があるといった、脳の物理的な異常を指します。
そして、この2つのレベルの間に入るのが「認知的レベル」で、これは脳が実際に感覚を処理するプロセス=認知の異常、つまり脳の機能面での問題を指します。
以前、風邪のたとえ話でこんな図を書きました。
ウィルス(根本原因)→粘膜の炎症(一次的結果)→鼻水など(二次的結果)
これを自閉症の原因におきかえると、こうなります。
生物学的レベルの障害(根本原因)→認知的レベルの障害(一次的結果)→行動的レベルの障害(二次的結果)=自閉症
ここは前回ご紹介した内容と同じですね。
脳神経系に損傷がある(生物学的レベルの障害)ために、例えば人の心を読めなくなり(認知的レベルの障害)、その結果、他人とコミュニケーションできなくなる(行動的レベルの障害)、といった階層構造を想定しているわけです。
それぞれのレベルの障害の研究の現状については本書を読んでいただくことになりますが、結論からいえば、生物学的レベルの障害についてはほとんど分かっておらず、認知的レベルの障害についてはさまざまな仮説が検証されている段階、そして行動的レベルの障害については、いわゆる「社会性・コミュニケーション・想像力の欠如」という「3つ組の障害」という考え方がほぼ定着している、という状態だといえます。
この中で、注目すべきはやはり認知レベルの障害についての研究でしょう。
さまざまな研究により、自閉症児は、注意を他人と共有すること(人と同じものに注目すること)、模倣すること、感情を理解することなどの認知スキルに障害があることが分かってきています。また、全体よりも部分に関心が集中することや、人よりもモノに関心が向きやすい傾向もあります。
これらをある程度うまく説明できるのが、「モノには心がないが、人には心があるということを知っていて、その心を外面的な手がかりから推測することができる」という認知スキル=「心の理論」が自閉症児には欠けているという考え方です。
これ以外にも、本書には別の認知障害仮説として「中枢性統合の障害」という考え方も紹介されています。これは、例えば目・鼻・口などのパーツから顔という存在を認識したり、物語を聞いてあらすじを理解したり、特定の単語の意味を前後の文脈から理解したりといった、「部分部分の集合を全体として統合・理解する認知スキル」のことを指しており、これが阻害されているのが自閉症だという考え方です。
どちらも、自閉症の3つ組の障害を全部説明することが理論的に可能であり、非常に示唆に富む洞察だと思います。
(認知的レベルの仮説は、自閉症の3つ組の障害を包括的に説明できることが絶対に必要です。この条件を満たしているかどうかを検証することを、今後、認知的レベルの仮説の説明力テストと呼びたいと思います。)
こういった研究について理解することも、子どもの障害をより深いレベルで理解し、効果的な療育につなげていくために不可欠なのではないかと思います。
(次回に続きます。)