2009年09月14日

心理学で何がわかるか(ブックレビュー)

完成度の高い心理学入門書。心理学に関心のあるすべての方に。


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心理学で何がわかるか
著:村上 宣寛
ちくま新書 802

第1章 心理学とは
 なぜ心理学を選んだか
 科学的方法の基本
 エビデンス・ベイスドの動き
 心理学は統計を使う
 なぜ研究法が大事なのか
第2章 人柄を決めるのは遺伝か
 神話の時代
 発達研究の特殊性
 遺伝の影響
 出生順位の影響
 親の養育態度は子供に影響するか
第3章 人間は賢いか
 愛猫ジニー
 動物は考えるか
 類人猿に「言語」を教える
 心の理論とは
第4章 意識の謎
 意識を失う
 意識の神経心理学
 自由意志は幻想か
 意識が人間を規定するか
第5章 記憶は確かか
 最初の思い出
 幼児期の記憶
 偽りの記憶
 記憶力は鍛えられるか
 忘却理論
 記憶のためのプラン
 記憶のための最良の戦略とは
第6章 人と人の間で
 ある雨の日に
 他者を知る
 なぜ人を好きになるのか
 なぜ人は協調するのか
 なぜ人は攻撃するか
 あなたは凶悪犯か
第7章 異常な世界へ
 学長への抗議文
 臨床心理学とは
 アセスメントとはどういうことか
 うつ病とは
 うつ病の治療法
 あなたはうつ病か
 冷たい統計家と暖かい臨床家

心理学の入門書には大きく分けると2つあって、1つは「心理学にはどんなジャンルがあり、有名な実験にはどんなものがあるか」を羅列したようなもの、もう1つは「心理学とは何でないか」を中心に語るもの(曰く、心理学はフロイト・ユングの精神分析ではなく、血液型性格診断ではなく、読心術ではない、内面を洞察する学問ではない、etc.)ですが、前者はつまらない雑学本のようになりがちで、後者は哲学っぽくなるか特定の立場にしばられがちで、どちらにしても「心理学そのものを面白く解説する本」にはなかなかならないものです。
そんななか、本書はこの両方の要素を盛り込みつつ、心理学全体を統一したトーンでしっかりカバーしようという、かなり意欲的な内容になっています
(ちなみに、この2種類以外に、精神分析モドキや血液型性格診断、読心術・「心理操作」などを取り扱った「エセ心理本」というジャンルがあり、心理の本のコーナーで扱われている本の9割以上はこれになりますが、これらは心理学の本ではないので無視してください)

もちろん、新書という限られた紙面でそこまで欲張るからには、語れる範囲はかなり限定されたものになってしまいます。実際、本書で語られている具体的なテーマは、せいぜい両手で足りる程度のものに絞り込まれています。
とはいえ、目次をみてわかるとおり、数少ないテーマのなかで心理学のさまざまな領域が広くカバーされています(第1章:心理学研究法、第2章:発達心理学、第3章~第5章:認知心理学(知能/言語、意識、記憶/学習)、第6章:社会心理学、第7章:臨床心理学)し、1人の著者が書いているために、統一感があって論旨にもブレがありません。さらに言えば、こういった入門書でよくある、全体の半分が臨床心理学(の複雑怪奇な概念解説)で、残りの半分のうちの大部分が社会心理学(の変な実験)といった「バランスのおかしさ」がなく、「学問としての心理学」の全体像の、かなりいいミニチュアになっていると思います。

さらに、本書には以下のような高評価ポイントがあります。

(1) 紹介されている実験が「面白いもの」という基準ではなく、「エビデンスト・ベースドの観点から信頼に足るもの」という基準で選ばれているだけでなく、著者が「本書を書くために、厚さで1メートル分以上の論文を参照した(単行本は除く)」と書いているように、新鮮な一次資料(=学術論文)による最新の研究に基づいており、「信頼できる」うえに「驚きに満ちている」こと。
・兄は兄らしい性格、妹は妹らしい性格になる。
・親の育児態度は性格や気質に永続的な影響を与える。
・乳幼児は他人の心を理解できない。
・自由意志は存在する。
・幽体離脱経験は本当だ。
・乳幼児は長期間、物事を記憶できない。
・記憶力は鍛えれば強くなる。
・女性の理想の相手は、自分をもっとも愛してくれる人である。
・トラウマは抑圧される。
・暴力的映像は暴力を助長する。
・うつ病の治療には薬物療法が効果的である。

 まさか、こんな事は信じていないでしょうね。
 心理学では、二〇~三〇年遅れの教科書や啓蒙書が主流なので、この種の事項を真実だと思い込んでいる人が多いだろう。

(初版7~8ページ)

(2) それぞれのトピックについて、いきなり結論を書いてしまうのではなく、実験結果→解釈→結論というプロセスをしっかり見せていること。これは、(1)とも関連しますが、著者がちゃんと一次資料を参照して書いているからこそできることでしょう。
どんなことでも信じる自由はある。結果だけを信じるのは信仰で、科学は一種の思考的態度である。どのようにして、その知識が得られたのか、そのプロセスに注目し、確認する必要がある。だから、オリジナルの文献から見直さないといけない。
(初版8ページ「はじめに」より)

(3) 本書で厳選され採用された心理学のトピックのなかに、自閉症療育にも関連する重要なものがたくさん含まれており、参考になること。たとえば、

・子どもの知能・性格・社会的態度などに対する遺伝や子育て方法の影響力の研究結果
 (これらは遺伝によって50%以上決まり、「子育てのやりかた」がこれらに貢献する割合はゼロか、あっても1%程度しかなく、「読み聞かせで頭が良くなる」などの子育て論のほぼすべては「統制感の幻想」によるもの)

ファシリテイティッド・コミュニケーションについての統制された実験結果
 (FCによるコミュニケーションは、実際にはファシリテイターが発しているが、当人の意識にはのぼらない)

・「幼児期の記憶」について
 (自閉症理論でもたまに見かける、「幼児期の記憶が抑圧されてその後の行動に影響を与える」といった精神分析的なトラウマ理論には科学的根拠がない)

・日本の臨床心理学の現状について
 (日本の臨床心理学は行動療法系を除いて科学ではなく低調で、世界と比較しても20~30年遅れていること、スクールカウンセラーの効果は、臨床心理士資格を持つものと持たない者との間で有意差はなく、資格をもたないものを多く採用するほうが費用対効果が高いことなど)


その他、「心の理論」についての解説や、自由意志が幻想であることを示す実験の解説など、私たちが自閉症児とかかわっていくなかで感じる「こころって何だろう?」という関心と深くリンクしたトピックが多く取り上げられています。
なお、エビデンストベースドな立場から書かれていますから、その傾向が弱い日本の臨床心理学や教育学に対してはかなり批判的で辛口な指摘が多くなっていますので、その点は留意したうえで読まれるのがいいと思います。

また、療育とは直接関係ありませんが、自閉症児の親御さんにとっては切実な「うつ」についても、興味深い研究結果が紹介されています
薬物療法よりも認知行動療法や運動療法(心拍が上がるような有酸素運動を適度に継続する)のほうが効果があり、再発しないそうです。発病後の素人判断は危険だと思います(運動を続けさせること自体が困難だとも思われます)が、予防という観点であれば、ストレスの多い子育てのなかでの「心身の健康維持」のために、軽い運動を続けるのが良さそうですね。(こちらに、本書とほぼ同様の記載がありました)

ともあれ、内容的にも値段的にも、自閉症児の親御さんが手軽に読めて、しかも読む価値がある「心理学入門」になっていると思います。
これまで、当ブログでおすすめできる本がなかなかなくて、ある意味「探し続けて5年間」という感じだったのですが、ようやくその条件にみあう本が登場したと感じます。

療育そのものについての本以外では久々の、当ブログ「殿堂入り」にしたいと思います!


※ちなみに本書の著者である村上氏は、心理学の方法論について批判的に論じる本をいくつか書いていますが、文庫にもなっているこちらの本も面白いです。



心理テストはウソでした
著:村上 宣寛
講談社プラスアルファ文庫

第1章 なぜかみんなの好きなABO―血液型人間学
第2章 万能心理テスト―その名は「バーナム効果」
第3章 インクのシミで心を占う―ロールシャッハ・テスト
第4章 定評ある性格テストは大丈夫か―矢田部ギルフォード性格検査
第5章 採用試験で多用される客観心理テスト―内田クレペリン検査

血液型性格診断や日本の臨床ではいまだに使われていると聞く「ロールシャッハ・テスト」、私も適性検査でやらされたことのある「クレッペリン検査」など、これらの「心理テスト」がすべて何の役にも立たないことを解説していく痛快な本。語り口が毒舌っぽいのはご愛嬌。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 20:25| Comment(8) | TrackBack(1) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おもしろそうな本ですね。読みたい本リストに加えておこうと思います。読むのはだいぶ後になりそうですが…

でも、うつ病に関して認知行動療法や運動療法が効果的なのは、比較的軽度の場合や再発予防に限られていると思います。重度のうつ病は服薬して安静にという治療法が確立しており効果を上げています。実際問題、重度の場合には、行動も起こせないし運動もできない状態に陥り、無理をさせるとよけい悪化するリスクがあります。

「心理テストはウソでした」はかつて読み、たいへん面白かったです。あとは村上宣寛氏の著書では「IQってホントはなんなんだ?」も面白かったです。
Posted by ベム at 2009年09月15日 08:44
ベムさん、

コメントありがとうございます。

運動療法についてですが、この本や、リンク先の「エビデンス」を素直に信じるならば、症状の重さとは無関係に効果があると読み取れてしまって、私自身もどう判断していいか悩ましく感じているところです(もちろん「運動する」こと自体が可能か、という根本的な問題は横において、ですが)。

陰謀論を語ると頭が悪い人みたいなので嫌なのですが(笑)、もし仮に「うつに一番効果があるのは有酸素運動だ」ということになってしまうと誰もお医者さんに行かなくなってしまうので、医学会で「運動療法をもっと研究しよう」というインセンティブは働きにくいだろうなあ、という印象は持ちます。(そして、なぜ村上氏が極めて限られた新書の書面のなかで、この妙に具体的なトピックをあえて取り上げたのかということを邪推してしまうわけです(^^;))

村上氏のHPもとてもユニークなので、一度覗いてみると面白いかもしれません。

http://psycho01.edu.u-toyama.ac.jp/

本書については、「こんな良い本が書けるとは思わなかったね。物の弾みとはいえ怖いな。」とおっしゃっています。
Posted by そらパパ at 2009年09月15日 20:49
広汎性発達障害です(軽度)。小学一年生で支援クラスにいます。何からはじめれば良いでしょうか?
Posted by ゆうのはは at 2009年09月15日 22:39
ゆうのはは さん、

コメントありがとうございます。

何から始めればいいのかは、お子さんによってまったく違うと思います(それが広汎性発達障害の最大の特徴でもあります)から、一概には言えません。

あえて言うならば、親御さん自身が、自閉症ないし発達障害について学ばれるのが「第一歩」だと個人的には考えています。

当ブログで紹介している本(割と重い子用の本が多いです)や、当ブログ以外で、軽度の広汎性発達障害を取り扱われているサイトで高く評価されている本(すみませんが、私自身はよく分かりません)などを2~3冊、じっくりと読まれてはいかがでしょうか。
恐らくそうすれば、お子さんにとって何が必要で、何から始めればいいのかのヒントが少し見えてくるのではないかと期待します。
Posted by そらパパ at 2009年09月15日 23:03
この本のうつの章(の運動療法の話題)がどうしても気になるので、関連図書として「脳を鍛えるには運動しかない!」(NHK出版)を読んでいます。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4140813539?ie=UTF8&tag=danchanseikou-22
やはりこれを読むと、重い軽いにかかわらず運動は効果があるらしい、ということのようです(エビデンスも示されています)。
(Twitterでも議論しています https://twitter.com/sora_papa ので、興味のある方はご覧ください。)

この本も近日中にレビューしたいと思います。
Posted by そらパパ at 2009年09月16日 22:58
「心理テスト・・」「IQって・・」は既に読んで日本の臨床心理の問題点を垣間見せてくれた貴重な、本と思っていましたが、今度の本はついにその核心を突いたな!という快著ですね。一寸法師が針の刀で鬼を退治しているイメージです!
Posted by スカラベ at 2009年09月24日 00:23
スカラベさん、

コメントありがとうございます。

この本は確かに「快著」と呼ぶにふさわしい内容ですね。新書で、「入門書」ではありますが、このレベルでバランスよく最新の心理学の知見を読むことができる本は、専門書でもなかなかお目にかかれないんじゃないかと思います。
Posted by そらパパ at 2009年09月24日 22:28
はじめまして。

私はまだ素人で知識もないのもですが、今勉強中です。
貴サイトさんの紹介している本を読んで、知識を増やしていきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by ゆうた at 2009年10月02日 14:38
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