(4)ステップ3:複数の場所に、複数の絵カード
いよいよ仕上げのステップ3に入ります。
ステップ3は、「飛躍のステップ」です。このステップで、いよいよ絵カード自身に「意味」が付加されて、絵カードが一種の「ことば」としての機能を持つようになります。
一方で、私たちが感じる以上に、子どもにとっての難易度も飛躍的に上がりますので、ここはじっくりと取り組む必要があります。ステップ3をすぐにクリアできるお子さんもいるとは思いますが、個人的な実感(というか、実際に娘に対して取り組んだときの実感)として、ステップ3を「マスターした」と言い切れるようになるまでには、ステップ1+ステップ2の時間の数倍以上の時間がかかることも覚悟しておいたほうがいいように思います。
(とはいえ、相当障害の重いお子さんでも、じっくり時間をかければステップ3をマスターすることは十分可能だと思います。そういう意味では、ステップ3であっても、少なくとも音声言語を教えるよりは、自閉症児に対して教えるのははるかに容易だということは言えるでしょう。)
でも、何がそんなに違うのでしょうか?
実はステップ2までは、子どもは「絵カードを交換する」という行動さえ覚えていればよくて、絵カードに印刷されている画像の意味を理解していなくても問題がないようになっていました。既に複数の絵カードは導入していますが、それぞれを使う場所を厳密に分けていた(まあこれは、ある種の「構造化」だとも言えます)ため、絵カードを交換する際の「意味」は、絵カードの中身、画像というよりはむしろ、絵カードを交換する「場所」とつながっている状態になっていたと考えられるのです。
それに対して、ステップ3では同じ場所に複数の絵カードを貼り、子どもに選ばせる段階に入ります。
ここで初めて、子どもは絵カードの画像=内容の違いを識別して、自分が希望するアイテムに対応した絵カードを「選択する」必要が生じるわけです。
具体的には、例えばこれまでは冷蔵庫には「ジュース」という絵カードしか貼っていなかったところに、「ジュース」と「お茶」という2種類の絵カードを同時に貼り付けて、子どもがとった絵カードに対応するアイテムを提供するといったやり方に拡張することになります。
さらに慣れてくるにしたがって複雑・一般化をすすめ、同じ場所に3枚・4枚あるいはそれ以上の絵カードを貼るなど、その時点・その場で選択可能なすべての絵カードが並んでいる状態までもっていくことを目指します。
ステップ3では、手助け(プロンプト)のやりかたも、少し工夫が必要です。
いままで、ステップ1と2では、「失敗する」ことを徹底的に避ける形で手助けをすることをすすめてきました。
これに対して、ステップ3の最大のポイントである「選択する」ということについては、「失敗する」、つまり自分が欲しいものと違うものを選んでしまうことも、トレーニングを進めるためには必要になります。
これは、一見矛盾した療育のすすめかたに見えるかもしれませんが、実はそうではありません。
これを理解するには少々ABAの知識が必要になりますが、非常に重要なことなのでしっかりと説明しておきたいと思います。
絵カードを交換するという行動について、その直後に「ごほうび」を与える、つまり「欲しいものが手に入る」ということが起こる(随伴する)と、その「絵カードを交換する」という行動は強化され、より起こりやすくなり、定着していきます。
逆に、絵カードを交換するという行動について、その直後に「ごほうび」が与えられない、つまり「欲しいものが手に入らない」ということが起こる(随伴する)と、その「絵カードを交換する」という行動は消去され、だんだん起こらなくなっていきます。
ステップ1、ステップ2においては、「絵カードを交換する」という行動だけがターゲットになりますから、その絵カード交換行動の「強化」だけに注力するのが最大の効率を生みます。ですから、絵カード交換で欲しいものが手に入る、という「成功体験」だけを徹底して繰り返せばいいわけです。逆に「失敗体験」は、絵カード交換という行動そのものを消去してしまいますから、避けるべきだということになります。
ところが、ステップ3では、「増やしたい行動」と「減らしたい行動」の両方が登場します。
例えば、「ジュース」と「お茶」の絵カードが冷蔵庫に貼ってあって、子どもが「ジュース」を欲しいときには、
「ジュースの絵カードを(正しく) 交換する」というのは「増やしたい行動」となり、
「お茶 の絵カードを(間違って)交換する」というのは「減らしたい行動」になります。
ステップ2までの学習は「とにかく(どんなものでもいいから)絵カードを交換すれば欲しいものが手に入る」というところまでです。
ステップ3では、この「とにかく絵カードを交換する」という「大ざっぱな行動」を、より細かく条件わけされた行動である「欲しいものを表している絵カードを交換して、そうでない絵カードは交換しない」という「細かく分けられた=分化した行動」にグレードアップしていく必要があるわけです。
このように「(とにかく)Aという行動をする」という状態から、「Bという条件のときはAという行動をして、(not B)という条件のときはAという行動をしない」という形で「分化した」行動を学習させることを、ABAでは「分化強化学習」といいます。
このような分化強化学習を成立させるためには、「Bという条件のときにAという行動をする」ことを「強化する」一方で、「(not B)という条件のときにAという行動をする」ことを「消去する」必要があります。つまり、間違ったカードを交換してしまったときに欲しいものが手に入らないという「失敗体験」が必要なのです。
長くなってきましたので、続きは次回に回します。
(次回に続きます。)