2009年09月03日

機軸行動発達支援法(立ち読みレビュー)

率直に言って「親御さん向き」ではないですが、ABAマニアな方なら。



機軸行動発達支援法
著:ロバート・L. ケーゲル、リン・カーン ケーゲル
二瓶社

1節 機軸行動の指導について
2節 コミュニケーションの発達
3節 社会性の発達
4節 行動問題の減少と子どもの興味の拡大

ものすごく堅苦しいタイトルになっていますが、この「機軸行動発達支援法」というのは、ABAの世界では多少有名な「PRT (Pivotal Response Treatments)」の(本書における)訳語です
PRTとは何か、というのは、いまだに私も完全に理解しているとは言いがたい(本書の該当するページをじっくり読んでも、なお分かりませんでした)のですが、ロヴァースの流れをくむ早期集中介入スタイルのABAの一種で、療育の対象となる重要な発達課題の一群を「機軸行動」として整理し、そこに重点をおいて行動形成していく(そうするとそれ以外の行動にも波及効果があるとする)療育法のようです。
トレーニング自体も、ロヴァース式にみられるような厳格なフォーマットにのっとった課題遂行(ディスクリート・トレーニング)よりも、より自由で緩やかなスタイルを好み、日常生活のなかでのフリーオペラント的な働きかけも重視しているようですね。
こちらに、参考になりそうなまとめPDFがありました。)

本書は本格的なPRTの入門書ということで、レビューのニーズもありそうですし、買ってしっかりレビューしようかな、とも思ったんですが・・・

ごめんなさい、値段がちょっと高すぎです。(せめて半額なら・・・)
それと内容的に、親御さん向けというよりはプロの行動療法家が新しいレパートリーを学ぶための教科書的なものになっていて、ちょっと当ブログのニーズとずれているな、とも思ったので、「立ち読みレビュー」に留めさせていただきました。

ちなみに、著者の1人のリン・カーン・ケーゲル氏は、以前レビューしたことのある「自閉症を克服する―行動分析で子どもの人生が変わる」の著者でもあります。


ものすごく乱暴にいえば、この「自閉症を克服する」が一般向け、今回紹介する「機軸行動発達支援法」が専門家むけの、PRTの入門書になっていると言えます。
ですから、PRTに興味をもって、PRT具体的な内容の一端を知りたいということであれば、むしろこの「自閉症を克服する」を先に読まれたほうがいいんじゃないかな、と思います。「自閉症を克服する」は明確にPRTであるとは書かれていませんが、トレーニングをいきなり発語から始めて、その後も問題行動の解決などよりも社会性の訓練にずっと重きを置くあたり、基本的に同じ路線であると思われます。

さて、本書の説明に戻りますが、本書はあくまでも「プロ」向けで、どんな広告を打てば親御さんが子どもの自閉症診断のために施設にみずから来てくれるか、といった話題まで含まれていますし、トレーニングも、親だけで取り組むというよりは、ある程度専門家の指導を受けながら実施することが前提になっているようです。
そして、トレーニングの最初の目標がいきなり音声言語での「発語」で、その後はひたすら「社会性」のトレーニングが中心になっているところからいっても、軽度から、せいぜい中度のお子さんまでが主な対象であり、知的な遅れの大きい重度のお子さんにはやや向かないと考えられます。

また、これはPRTに限らず、ロヴァース式の流れをくむ早期集中介入型のABAに共通する問題だと思うのですが、「私たちの社会が期待する『普通』への矯正」というニュアンスが強く感じられ、療育の理念としてやや違和感を感じるのと同時に、方法論としても少し古くさいものであるように感じられます。

たとえば、本書には絵カードのえの字も出てきません。最初から徹底して音声言語のトレーニングばかりです。
子どもの側からの非言語コミュニケーションは否定していませんが、基本的にはその「非言語コミュニケーション」をそのまま伸ばすのではなく、それを音声言語によるコミュニケーションへ切り替えていく、というスタイルのようです。

社会性のトレーニングにおいても、「定型発達の人と同じように社会性を発揮する」ことがゴールになっていて、本当にそれを最適解としてしまっていいのか、個人的にはちょっと悩んでしまいます。
以前も書きましたが、「自閉症を克服する」では、「自分から友人を遊びに誘い、週末はホームパーティを開催し、学校ではランチを食べながら雑談をする」という、平均的な日本人よりはるかに社交的なレベルの「社会性」が最終目標になっていて驚きます。
本書の「社会性トレーニング」の内容はもう少し抽象的になっているようですが、方向性は基本的に同じだと言えるでしょう。

もちろん、そういうやり方を否定するものではありませんが、「自閉症という認知のしくみをもって生まれた生」への働きかけにはもう少し幅があってもいいんじゃないだろうかと思いますし、恐らくそういう「幅」をもった働きかけ(端的にいえば、構造化や絵カードのような働きかけを織り交ぜた多角的な療育)のほうが、療育的効果も高いんじゃないだろうか、というのが私の個人的な立場です。(そういう意味で、自閉症の療育モデル=方法論として、やや「古い」という印象を持つわけです。)

そんなわけで、個人的には思想的に抵抗感を感じる部分があるのですが、著者のみならず出版社(二瓶社)もABAの世界では定評のあるところであり、本書はPRTの専門的な入門書として最初にすすめられる本であることは間違いないと思います。
また、子どもや家族をとりまく環境について「生態学的ニッチ」としてとらえるという視点や、日常生活のなかで子どもにABA的なフィードバックを積極的に返していく取り組みなど、PRTのなかには共感できるポイントがたくさんあります
親御さんのなかでも、早期集中介入型のABAに強い関心がある方は少なくないと思いますし、そういう方が「自閉症を克服する」を読んで、さらに深い知識やテクニックを学びたいという方であれば、読んでみる価値はあるのではないかと思います。

逆に、より一般的な意味で、ABAを学んで療育・子育てに活かしたい、というニーズに対しては、以前ご紹介した下記のような本のほうが向いていると思います。



家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46―自閉症の子どものためのABA(応用行動分析)基本プログラム (レビュー記事
自閉症児のための明るい療育相談室 (レビュー記事


追記:実は、本書の原著を持っていたりします。

prt.jpg

以前ニューヨークに出張したときに書店で買いました。巨大なペーパーバックのため通勤電車にも持ち込めず、読めずじまいですが・・・

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 20:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらパパさん、
こんばんわ。今、onlineでABAを習っていますが、PRTの事が出てきて調べていました。カナダでもABA=DTTと勘違いしている方が多く、DTTは沢山ある中の方法に1つに過ぎず実際はABAにはDTTだけでなく、IT(Incidental Teaching)などのNETがあり、DTTもNETもどちらも長所と短所があり、実際は両方組み合わせてやるのが効果的と学びました。実際仕事でも両方組み合わせてやっています。でもこのPRTはまたABAから出てきたインターベンションのようですが、NETと一体何が違うのだろうというのが率直な疑問です。具体的なプログラムがあるDTTと違いNETは新人にはかなり難しいので、この本を読むとNETが上達しそうだなと思うのですが、もしそうなら、なんでいちいち違うインターベンションにしなければならないのかもわかりません。(大学の先生に聞けば済む話でしたね。)こちらのブログ、何か困ったときにいつも自分の辞書みたいになっています。自分のブログを立ち上げたのでよろしければ・・正直、まだ方向性がはっきり定まってないブログですが。勝手にリンクを貼らせてもらっています。
Posted by Sen at 2017年03月17日 19:20
Senさん、

コメントありがとうございます。

我が家は長女も中学生になり、個別の自立課題の「できる」「できない」に個別対応していって生活力を高めていくような段階にはいっていることもあって、こういった記事を書くことからはすっかり遠ざかっています。
そのため、記事が古くなってしまい申し訳ありません。
ABAのテクニカルな話題からも、すっかり遠ざかってしまいました。

そんななかで、素人として感想を述べさせていただけるなら、ABAを構造化したプログラム的に実行するか、より構造化されていない環境のなかで偶発性を含めて実行するのかというのは、それはもう「両方」であるのは当然のことだと思います。(特に、研究でもプロとしての支援でもなく「親として自分の子どもに」実行する場合は、でしょう。)

ただ、もう1つ言えると思っているのは、子どもの発達段階にも影響されるだろうな、ということです。
我が家の場合は最重度に近いくらい障害が重かったわけですが、そういう場合には以外にも、かっちり構造化してトレーニング然としたABAがワークしました。
これは、偶発的な環境を求めると、子どもが何も刺激を受けないし、何も反応せず、「環境の情報量」が非常に少なかったことが原因で、あえて「ちゃんと座る」「親の動きに従う」「目の前の課題に対して反応する」といった構造化されたトレーニングの時間を設定することで、子どもにとって、そして指導する親にとっての「環境の情報量」を増やしたことが、療育を前に進めるエンジンになったんだと思っています。

ブログ、拝見しました。
私は実は当ブログ以外にもブログを多数作成してきた経験がありますが、そこから言えることは、ブログで重要なのは作ることよりも続けることだということです。
1つのテーマでじっくりとエントリを重ねていくと、その数が50とか100になったあたりからようやくアクセス数が増えていく、という経験を何度もしています。
Posted by そらパパ at 2017年03月19日 08:41
そらパパさん、

コメントのお返事どうも有難うございます。
ABAの件、アドバイスありがとうございます。

そうですね、DTTだと親が全ての環境を準備して、教えたい事を教えられる、その分だけ環境の情報量は多いと言えますよね。自然な環境のNETの方が一見多いように思いますが、子供の発達段階によっては、子供自身が見えてない事も多いのに、その子供のinitiationを待って、それに対応していくって、すごく難しく時間もかかりそうですね。結局何かを準備して提示して進めるのであれば、結局のところ自然な環境でのDTTにもなりそうですし。

子供が沢山のRepertoireを持ってない場合は、例えばDTTでシェイピングしてある程度身についてからNETで教えていくのが良いとも習いました。だからと言って、DTT=発達の低い子の為/小さい子の為だけというわけだはないとも思っています。

両方必要なのもわかります。また両方のスタイルからしか学べないハイブリットなスキルがあるとも聞きましたし。

うまく表現できませんが、頭の中で考えている事を正しく言葉にするって難しいので。
そらパパさんのお子様の経験を聞いて、実感がわいた気がします。理論を頭で聞くだけでなく、実際の話を聞いてそれをリンクさせるとより頭に入ります。まだもうちょっと頭の中を整理する必要がありそうですが。
そらぱぱさんは素人とおっしゃっていますが、さくっとこういう回答が出てくるところが、やはりただものじゃない。笑

ブログに関してのアドバイスまで頂いて、とても感謝します。1つのテーマでじっくりエントリを重ねていく・・続ける事が大切。とても重要なアドバイスありがとうございます。その事を守ってやっていきたいと思います。

去年、そらパパさんの「なぞ解き、聲の形」のブログを見ていました。(*^^*) 漫画も海外から取り寄せて読みました。ただ、最後、しょうこが自殺しようとして、助けられるシーン以降が買えてないのでそこでストップしてしまっています。

そらパパさんの分析をとっても楽しんでいます。まだ全部分析を読めていませんでしたが、また時間があれば1から戻って楽しみたいと思っています。漫画の違う楽しみ方もできたし、障碍に関して今より考え方を深めることも出来た気がします。漫画も最高に面白い。そらパパさんのおかげでお気に入りの漫画になってしまいました。映画も見てみたいです。

最後に、いろんな自閉症児の親御さんと話しますが、たいてい子供が小学校高学年や中学生以上の方は、みなさん落ち着かれているイメージです。いつもそれは何故なんだろうっていうのが正直な疑問です。たぶん、この答は自分の息子が大きくなったら実感してくるのかなとも思いますが、答えは聞いているのに、いつも実感しなければわからない自分がいてもどかしいですが。

長々となってしまってすみません。お返事ありがとうございました。
Posted by Sen at 2017年03月21日 04:48
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