4.要求のコミュニケーションを教える
(1)概要
ここからは、「そらまめ式」絵カード療育の実際のすすめかたについてまとめていきます。
なお、このシリーズ記事冒頭でも書きましたが、これはPECSではありません。やり方も違います。ABAやTEACCHなどの知見・技法を参考に、私自身のアイデアも盛り込んで個人的にまとめたものです。PECSについては、当シリーズ記事ではなく、こちらのサイトやこちらの本などを参考にして下さいますよう、重ねてお願いします(その理由)。
さて、この「そらまめ式絵カード療育」では、絵カードを使って最初に教えるコミュニケーションとして、子どもの側からの要求の意思表示をとりあげます。
つまり、「○○がほしい」という要求を、「○○」の絵カードを相手に渡すことで表現することを教えるわけです。
ABAでは、さまざまなコミュニケーションのなかでも、このような「欲求の表現」がもっとも原初的なものだと考えており、だからこそ比較的教えやすいと考えられます。
また、「欲求がうまく表現できない(欲しいものが手に入らない)」ことが、かなりの部分、自閉症児のパニックの原因になっているということがありますので、絵カードを使ってうまく欲求を表現できるように導くことで、多くのケースで、自閉症児のパニックを軽減することが期待できるわけです。
加えて、コミュニケーションが弱いといわれる自閉症児の「コミュニケーションへの気づき、コミュニケーションの基礎力の養成」のためにも、子どもにとって一番わかりやすいであろう「要求の表現」を、自閉症児にとって使いやすいと考えられる「絵カード」を使って教えるというのは、意義があると言えるでしょう。
この「絵カードによる要求」という目標に向かって確実に成果をあげるために、トレーニングを以下のような3つの「スモールステップ」に分けて教えていくことにします。
ステップ1:1つの場所に、1枚の絵カード
ステップ2:複数の場所に、1枚ずつの絵カード
ステップ3:複数の場所に、複数の絵カード
「スモールステップ」というのはABAの考えかたの一つで、大きな目標に到達しようとするときに、いきなりその最終目標をゴールに設定するのではなく、その過程をいくつかの小さな段階=スモールステップに分けて、比較的到達しやすい「中間ゴール」をいくつも設定し、その中間ゴールを1つずつ着実に達成していくことで、最終的に当初の大きな目標に到達しよう、という、「療育のすすめかた」のことです。
ここでも、このABAのスモールステップの考えかたに準じて、トレーニングを3つのスモールステップに分解してすすめていくことにします。
(2)ステップ1:1つの場所に、1枚の絵カード
最初に使う絵カードは、たったの1枚です。
「一度に使うのが1枚」ではなくて、「印刷して用意しておく絵カードが、全部でたったの1枚」ということです。
親としては、せっかく作るならと気合を入れて、いきなり絵カードを大量に作ってしまうようなことをしてしまいがちですが(告白しますが、私もそうでした)、実は最初にたくさん作っても、かなりの確率で、それらは無駄になります。
なぜなら、使っているうちに初めて、本当に必要なカードがどんなものかが分かってくるものですし(そしてそれは、最初に作った絵カードとは違うことが多いのです)、また子どもの特性に合わせたサイズや図柄、その他カード自体の作りなどの細かい改良ポイントが見つかってくることも多いからです。
ですので、このシリーズ記事で既にご紹介した、一度に2枚という小さいロットで作成できる、L判写真サイズのテンプレートが役に立つわけです。
市販されている専用シートや「名刺印刷用シート」などでは、一度に10枚もしくはそれ以上作れてしまうことが多いのですが、このようなシートを使う場合、スケジュール表作りなどでまとまった数のカードを一度に作る場合は効率的なのですが、「この絵カードが必要になったから・破損したから、すぐに1枚作りたい」といったニーズに応えるのが難しくなります。
結果として、「もったいないから必要なカードの数が増えてから、後でまとめて作ろう」といいったことを考えてしまうようになって絵カード作りの機動性が悪くなり、シートの印刷枚数の都合が、作るべき絵カードのニーズよりも優先してしまうという本末転倒な事態に陥りがちです。
実際、我が家でも、ほぼすべての絵カードを、L判写真用のテンプレートを作って作成しています。(そして、名刺サイズのラミネートフィルムでコーティングしています)
ともあれ、まずは絵カードを1枚作りましょう。
繰り返しますが、ステップ1では、絵カードはたった1枚で「なければなりません」。それ以上あると子どもを混乱させます。欲張ると何も得ることができません。
絵カードのトレーニングを成功させるためには、「スモールステップ」を着実に積み上げていくことが大切です。コミュニケーションを人為的に伸ばしていくというのは、教える側、教えられる側、どちらにとっても非常に難しいことであり、実はこの「ステップ1」こそがトレーニングの最大のヤマ場だと言っても過言ではないくらいです。
後のステップに進めれば晴れて複数のカードを使うこともできるようになりますので、まずははやる気持ちをおさえて、この、簡単そうで実はハードな「ステップ1」を確実に成功させましょう。
次回は、ステップ1の導入について書きます。
(次回に続きます。)
このシリーズの記事、じっくり読ませていただきました。最近から私の園でも絵カードを使いはじめたのですが、こちらの指示の伝達だけでなく、もっとコミュニケーションの方法として使えないものかと考えていましたので、すごく参考になります。
是非ともこの方法を取り入れてみたいのですが、導入にあたりいくつか質問があります。
・ステップ1で使う強化子を食べ物類にした場合、あまりそれを与えたくない時(食事の前や歯磨き後など)の対応はどうしたらよいのでしょう?
・ステップ1の強化子に「抱っこ」や「おんぶ」を選んでも、絵カード交換の原則を守れば同様の効果はえられるでしょうか?
・ステップ1で強化子としたものを後のステップ2やステップ3で、選択から除外しても問題はないでしょうか?それとも、のちのち除外するくらいならはじめから強化子として使わないほうが無難でしょうか?
長文で申し訳ありませんが、助言を頂ければ幸いです。
コメントありがとうございます。
ステップ1の強化子についてですが、「ステップ1をはじめる前から強化子として使えるもの」であれば、抱っこであってもほめことばであってもくすぐりであっても、何でも使えます。
食べ物が一次強化子で使いやすいわけですが、それを使いたくないときは、そういった「既に強化子として使えるもの」であれば大丈夫です。
また、ステップ2や3で強化子を除外していいか、ということですが、できれば除外しないほうがいいと思います。
なぜなら、ステップ2や3は選択肢が広がっていくプロセスなので、「入れ替わる」というのはあまり望ましくありません。
ただし、ステップ3まで進んで学習が済んだあとで、同じ場所で出てくる選択肢が変わっていく、というのはいいと思います。