自閉症の人の人間力を育てる
著:篁 一誠 (著)、編:東京都自閉症協会
ぶどう社
第1部 自閉症の人を、どう理解し、どうかかわるか
第1章 自閉症の人の行動の特徴
1 目からの情報をたいへん多く使っている
2 音に対してとても敏感
3 独特な味覚・触覚・嗅覚
4 模倣する力がたいへん弱い
5 自分の意思でないときは、能力を出さない
6 見通しが立たないと、変化を拒否する
7 いくつもの生理的な特徴を持っている
8 表情にあらわさないけど、とても不安が強い
第2章 〈問題行動〉を、どう考えるか
1 〈問題行動〉に隠された意味
2 〈問題行動〉にかかわるときのポイント
3 〈問題行動〉の背景にあるもの
第3章 自閉症の人に育てたい3つの力
1 模倣する力を育てる
2 人からものを教わる姿勢をつくる
3 意欲を育てる
第1部Q&A
第2部 自閉症の人の考える力を、どう育てるか
第4章 知能と頭の中の活動について
1 知能とはなにか
2 知能の分布の範囲がとても広い
3 人の頭の中の活動の流れ
第5章 自閉症の人の能力の使われ方
1 視覚と聴覚のバランスが悪い
2 関心が文字などの方に向いてしまう
3 シングルフォーカスの人たちではない
4 自分の興味と合ったときは、能力を発揮する
第6章 自閉症の人にわかる言葉、わからない言葉
1 どう行動すればいいのかわからない言葉
2 わかる言葉で、イメージの湧く言葉で
3 自閉症の人の中の独特の論理
4 「よしてちょうだい」がわかるまで
5 オーム返しの本当の意味は
第7章 自閉症の人に届く、言葉のかけ方
1 「言葉をたくさんかけなさい」は正しいだろうか
2 小さな声で・短く・肯定形で
3 反応してくれたら、必ずほめる
第8章 教える力を育てるときのポイント
1 目と手と頭を使う
2 文字を使って言葉を教える
3 自分で行動を選択させる
4 〈経験の統合〉が考える力を育てる
第2部Q&A
第3部 自閉症の人の働く力を、どう育てるか
第9章 教えることの大切さ
1 模倣する気持ちを、なるべく早く育てる
2 人からものを教わる姿勢をつくる
3 一定の時間集中できる力を育てる
4 家庭が教育の場になってください
第10章 自律する力を、こうして育てる
1 10年計画で家事を教える
2 調理・掃除・洗濯への挑戦
3 家事の中で、自律していく力を育てる
第11章 働く力を育てるときのポイント
1 「自閉症の人は就労できない」は本当だろうか
2 目と手がきちんと動くこと、終わりまでやること
3 できるようになるまでチャンスを与える
4 自分で選んで、自分で決める
5 仕事場の空間を、どう管理すればいいか
第12章 仕事をしていくときに必要な配慮
1 自閉症の人たちが取り組めるのは、どんな仕事か
2 どんな配慮をしたらいいか
第3部Q&A
専門家向けでない(一般の人も対象にした)自閉症の本を、ちょっと乱暴な軸で切り分けると、「おもしろい本」と「あまりおもしろくない本」に分けられます。
自閉症というのは、端的に言って「まだよく分かっていない障害」です。
ですから、「自閉症とはどんな障害か」「こういうシーンでは自閉症児はどんなことに困っているのか」「どんな療育法が効果的か」といった問いに対する「明確な答え」というのは、本質的には出すことが不可能です(なぜなら、それらに正解を出せるのなら、自閉症が「分かっている」ことになるからです)。
なので、「自閉症について語る本」を正確性にこだわって書くと、歯切れの悪いものにならざるをえないわけです。
つまり、「こういう障害であると『推測される』」とか「効果がある『可能性が高いと考えられる』」とか「『一部のお子さんにとっては』有効」といった、断定しない表現をあらゆる文章に使わなければなりませんし、仮に何人かのお子さんに対して効果が出やすい働きかけを「発見」したとしても、それに後付けの解釈で「理由」をつけて療育論として一般化することには、慎重にならざるを得ないわけです。
でも、そうやって「論理的・手続き的に厳密に書かれた自閉症の本」というのは、堅苦しいうえに、分かりやすく断定してくれないので「おもしろくない本」になりがちです。療育法についても、目指すべきゴールや大まかな方向性などは示せても、具体的なカリキュラムを提示するところまではなかなか踏み込めないわけです。
その一方で、こういった「論理的・手続き的に厳密に書けているか」といったことには良くも悪くも楽観的になってそれほど気にせず、自分の経験に基づいた解釈や仮説をわかりやすく断定的に書いていくような本もたくさん存在します。
そういう書き方をすれば、療育法は具体的かつ実践的になり、さまざまな「自閉症児のわかりにくさ」も明快に説明されることになりますから、そういう本はだいたい「おもしろい本」になるでしょう。
自閉症児者をかかえる親御さんのほとんどは、自閉症の本を読むとき「具体的なアドバイスや明快な理由の説明」を求めていると思いますから、こういう「おもしろい本」のニーズはとても高いと思います。
ただし、「おもしろい本」を読むときには、読者の側にクリティカル・シンキング(科学の目)が必要です。
「おもしろい本」に書かれていることは、著者の限られた経験に基づいたものであって、厳密に検証されたものではないことが多いと思います。特にひどいものになると、自分の療法で「効果があった」とする事例を紹介するだけ(エピソード主義)だったりします。
そんなとき私たちは、著者がどの程度の事例に基づいて語っているか・仮説検証のプロセスをふまえたうえで語っているか・一般的な自閉症についての理解と大きな矛盾がないか、といったことを自ら考えながら、「どれくらい信用できそうか」を常に意識しながら本を読んでいかなければいけません。
一方、「おもしろくない本」は、本自体がクリティカルシンキングに基づいて書かれていますので、読者が道に迷ってしまう可能性は低くなります。そもそも「何が適切なのか」が分からない初期の段階では「おもしろくない本」こそ読むべきだということで、当ブログで「殿堂入り」させている本は、どちらかというと「おもしろくない(でもとても重要な)本」が多くなっています。
さて、この本ですが、上記の分類でいうと「おもしろい本」に該当します。
自閉症児の「特性」や問題行動の「理由」や「解決方法」、「具体的な療育法」とその効果などについて、かなり大胆に断定的に言い切ってしまっています。
(問題行動にかかわるポイントの)1つめは、体温を下げてあげることです。
パニックも自傷行為も、瞬間的に体を動かして興奮した状態になっていますので、必ず体温が上がっています。
エアコンを使ってもいいですし、窓を開けてもいいです。あるいは濡れたタオルを用意して、それで顔とか背中を拭いてあげてもいいです。こうやって、まず体温を下げてあげます。(初版48ページ)
毅然とした態度をとるときにもうひとつ気をつけていただきたいのは、姿勢が前かがみにならないということです。
前かがみの姿勢というのは、自閉症の人たちに不安感や圧迫感を与えます。それがいやで、その場から離れようとします。
それなのに離れられないとき、空間が狭すぎてどうにもならないとき、そういうときにパンチが飛んできます。(初版51ページ)
このように、自閉症児の行動についてかなり断定的に解説されているだけでなく、その内容が、個別エピソードとしてはありそうでも、一般論にまで拡大されて説明されているのはあまり聞いたことがないようなものが多いのが、本書の特徴です。
例えば、自閉症の子どもが昼間は汗をほとんどかかず、寝汗は大量にかく、「変温動物」で体温が一定以上高くなると問題行動が起こりやすくなる、といった話は、確かに私の娘にもある程度あてはまりそうですし、以前ご紹介した「自閉っ子、こういう風にできてます」でも似たような話題が出ていましたが、本書ではこれが「一般的に(誰もが)そうです」といった断定的なニュアンスで紹介されていて、率直なところ、そこまで一般化して大丈夫なのかな?という印象は受けます。
でも、じゃあ著者はエビデンス・ベースド(EB)的な発想の薄い「職人的な臨床家」なのかというとそうではなく、梅津耕作氏に師事し、行動療法に出自をもった、むしろ「EB重視」の立場です。本書のなかでも、睡眠障害に悩む親御に、まず記録をとることを指導したり、療育スタッフの「こだわりが強い」ということばに反発し、「こだわりとは具体的にどんな行動なのか明確にしたうえで対応すべきだ」と主張するエピソードなどには、強い共感を覚えます。著者はおそらく、「臨床の知」も重視しつつ、かつそれを秘せずあっけらかんとオープンにするような、ユニークなタイプの行動療法家なんだろうと(勝手に)推測します。
そんなわけで、本書は自閉症についての「おもしろい本」のなかでは比較的珍しい、「トンデモ本ではない(一定レベル以上のクリティカル・シンキングに基づいている)おもしろい(私たちが知りたいことについて、具体的かつ断定的に書かれた)本」になっていると思います。
なかでも私が特に興味深いな、と思ったのは、コミュニケーション療育として書き文字の訓練を推奨していることと、重度・最重度のお子さんへのアドバイスに富んでいる点です。
この本は、5年ほど前に東京自閉症協会で行なわれたセミナーを書き起こしたものになっているそうです。
最近の5年というのは自閉症療育の世界でいうと「絵カード療育の大躍進」の時代といえると思いますが、実際、この本では絵カードはまったくといっていいほど登場しません。代わりに、書き文字によるコミュニケーション療育が重視されていて、具体的な療育のすすめかたがかなり詳しく実践的に解説されています。

↑本書の「書き文字療育」について触れられた部分。
音声言語を教えるとパニックが憎悪し、書き文字なら落ち着いていられるという著者の主張が正しいかどうかは正直よく分かりませんし、「絵カード療育と比べてどうなんだろう」という疑問もありますが、音声言語に代わるもう1つの「視覚優位な自閉症児むけのコミュニケーション療育の選択肢」として、かなり参考になることは確かです。我が家でも、ちょうどお絵かきボードに線が引けるようになってきたこともあり、毎日の「家庭の療育の時間」に、書き文字の練習を入れてみることにしました。
また、10年かけて「家庭内での本格的な家事手伝いを『仕事』としてやらせることで、将来の就労、あるいは在宅となってしまった場合でも家事の労働力になること(かつ本人にとっての張り合いにもなる)につなげていこう」という重要な提案が含まれており、これも多くのページを割いて具体的に解説されています。
この「家事の手伝いを通じた家庭での就労トレーニング」や、できるだけ早い時期に身につけるべき基礎スキルとして「模倣の力」が強調されていることなど、全体的にこの本は「重度・最重度のお子さんをもつ親御さんにとって、特に役に立つ情報が満載されている本」になっていると思います(もちろん、それ以外のケースでは役に立たないということではありませんが)。
こういったお子さんの場合、外から見て分かることが少ないので、本書のような「大胆に断定して具体的に理解する」というアプローチがある程度はどうしても必要になりますし、行動療法・EB療育をベースにもった経験豊富な著者の「断定的なアドバイス」なら、思い切って乗ってしまってもいいんじゃないか、という気にもさせてくれます。
講演をベースにしているだけあって、文体も分かりやすく、すらすらと読めます。
重度・最重度のお子さんをもつ親御さんや、自閉症の入門書を読んでみたけど、あまり具体的なアドバイスがなくてピンとこないと感じた方には、きっと読んで得るところがある本だと思います。
この本だけをすべての拠りどころにするのではなく、当ブログで殿堂入りしている本等と「併読」することで、逆にこの本のいいところを最大限に引き出せるんじゃないかな、と思います。
※その他のブックレビューはこちら。
自閉症ワッペンなど、参考にさせていただきました、ありがとうございました!
篁先生は、講演を聞いたことがあります。
とても優しい方で、何よりも子どもたちを慈しんで下さる姿に
とても勇気づけられました。
正直な話、そこいらの専門医の講演会よりも何十倍も参考になりましたね。他の著書を取り寄せましたが、パニックを起こした時の対処法や子供たちへの接しかたなど、目からうろこでした。
日々の生活に追われてしまい、冷静さを欠いていた自分には、気付かされることが多かったです。
こちらの本もぜひ参考にしたいと思います。
コメントありがとうございます。
本って、間違いなく書いている人の人柄が出てきますよね。
ぶどう社の本は、内容もさることながら、そういう著者の「にじみでてくる人柄」を感じさせる本が多くて、あなどれないなあ(笑)、といつも思っています。