写真や当日の様子は、妻のブログに詳しいので、そちらを参照してください。
一応、こちらでも別の写真を1枚掲載しておきます。
↑体育館の天井の灯りが気になったようで、何度も上を見ていました。
娘は最近すこし不安定でよくパニックも起こしていたので、入学式にちゃんと参加できるか不安でしたが、結局最後まで大きく崩れることなく参加できたので一安心でした。
崩れそうになる子どもにさっと対応して、うまく安定する方向に誘導する先生の手際もさすがだな、と思いました。
まだ生活自立も十分でない娘が、今日からは小学生だと思うと、なかなか感慨深いものがある一方、これから身につけていかないといけないスキルもたくさんありそうだなと身が引き締まる思いでもあります。
とりあえず最初のハードルは、私を見かけると構わずにはいられない娘と、毎朝かちあってしまう(かつ、相手ができない)ことだと思います。
今までは朝は顔を合わせないように起きるタイミングを調整していたんですが、今後はどうしてもかちあってしまうので、私が相手をしてあげられないことでパニックしてしまうかもしれません。
まあ、こればかりはしばらく同じ経験を繰り返して、慣れてもらうしかないでしょうね・・・(^^;)
あかるく楽しくスキルが伸ばせる6年間であることを祈っております。
6年間はあっという間ですよ。
就学前に親子で何度も学校に相談に伺いました。入学式の前日に会場の見学を勧めていただいて、娘と一緒に教室や会場を案内していただきました。おかげで娘は入学式と学校をとても楽しみに待つことができました。担任の先生もスケジュールの視覚支援を快く引き受けていただくなど、とてもよいスタートをきれたと思います。
そらパパさんの娘さんも、新しい環境で親子ともしばらく大変でしょうが、楽しい学校生活になるといいですね。
コメントありがとうございます。
娘は今日は生まれてはじめてのバス通学でしたが、こちらの心配とは裏腹に平気な顔をして乗っていったようです。
ピッカリママさんのところ、そして我が家も含めて、当ブログにお越しいただいている方のなかにも、今年から子どもが小学校というご家族もたくさんあると思います。
試行錯誤の日々が続いていくと思いますが、それも楽しい家族の人生のひとコマだと思って、前向きに取り組んでいきたいものですね。
バス通学になるのですね…
乗り場がお家から近いといいですね。
楽しく学べ過ごせる6年間でありますように!
先日は色々すみませんでした。
家も明日から朝から顔を会わす事になります。下の子(二歳)もいるので、どうなるか
f^_^;
そらぱぱさんだから、凄い朝の過ごし方がを思い付き、載せられるんでしょうね。
楽しみにしてます。
他力本願な私ですみませんm(_ _)m
コメントありがとうございます。
バスの乗り場は、家から200mくらいですので、かなり近いと言っていいんじゃないかと思います。ただ、バス停そのものが、都内で最も渋滞が激しいといわれる幹線道路の、さらに最も渋滞が激しいといわれるエリアにあるので、車の量は大変なものです。
万一にも車道に飛び出したりしないよう、気をつけないといけませんね。
若パパさん、
「凄い朝のすごしかた」なんてないです(^^;)。
起きてから家を出るまでの時間が15分しかありませんので、その間に朝食をとって身だしなみを整えてひげをそって・・・とやっていると相手をしているヒマはまったくありませんし、不用意に相手をしてすぐに離れると間違いなくパニックを憎悪させてしまいますので、朝は娘に対しては「まったく相手をしない」という選択肢しかありませんね。
イベントごとに、無事に終われるかハラハラしながら過ごすことになるのは、自閉系の子どもを持つ親に共通する悩みですね。
当方はこの春年長になりましたので、来年小学校に入学することになるのですが、就学判定前に特別支援級がある小学校を見学しに行ったり教育委員会に相談しに行ったりしなければならないな、と思っています。
4月6~10日、夕方のNHKニュース(首都圏版?)で発達障害の特集を放映していました。学校によりバラツキがあるとは思いましたが、学校側も発達障害児への取り組みを強化している様子が伺え、少し安堵しています。
コメントありがとうございます。
我が家は最初から定評のあった学区内の支援学校一本でしたので、あちこちを回ったりということはほとんどありませんでした(妻は一応支援学級を覗きにいったようですが)。
ただ、支援級にしろ支援学校にしろ、やはり学校ごとにかなり違いというかばらつきはあるようですね。
発達障害への取り組み強化については、やはり学校は公的機関ですので、支援法という法律ができた、という事実が大きいんじゃないかと思います。
そして、それによって発達障害が社会に認知されてさらに取り組みが進むという、プラスのスパイラルが生まれることを期待したいものです。
公立中学の支援級で担任をしています。入学のある4月は子供、親、学校共にとても忙しく大変な時期ですね。支援級を受け持つようになって20年近く経ちましたが、年々自閉症含め情緒の子供が増えているのを感じています。予算削減によって教師の数が減る中、生徒の人数は膨れるばかりで、今年などは教師3人に対し生徒が20人以上という状況で、必然的に個別対応の内容のクオリティを下げざるを得ません。
また、本来なら支援学校へ行くレベルの、トイレ・着替え・食事が自立出来ていない生徒も複数います。毎日が戦場のような中、何とかこの子らが自立し社会へ入っていけるように、効率的な自立支援を模索する日々です。
そんな中、各家庭での日々の療育が何より大事だと痛感していますが、そらパパさんの御家庭のように、親御さん自身が熱心で知的水準も高く愛情に溢れた恵まれた家庭環境にある子供は、例え障がいが重度であっても、自立していくことは充分に可能であり、幸せに生きていくチャンスに恵まれています。
対照的に、支援級には悲惨な家庭の子供も多数いて、まともな療育に恵まれることは決してなく、まともな生活すら危ういケースもよくあります。食事をろくに親から与えられず身体も成長が遅れて極端に小さい子供や、そもそも両親が不在で親戚の家で虐待を受けているケースなど、元々知的には遅れていなかったのだろうと思わせる片鱗が見えるものの、精神的にはかなり未熟で問題を抱えていて、それにより将来に渡り不幸を背負わされる可能性が高い子供など。
こうした子供と共に、普通の家庭の自閉症の子供や知的遅れの子供が同じ机を並べていて、同じクラスで同じことをやることは元々困難な中、なんとかやっている(やれていないも同然なことも多々ある)状態なのですが、年々状況が悪化していくことに、日本の将来への危機感を募らせています。
社会が悪化していくと、まず真っ先に弱いところから犠牲になっていくという典型です。
しかし、子供たちはどんな状況であれ、どんな障がいを持つ子供であれ、一人一人が3年間で確実に成長を遂げていくことが救いでもあります。
そらパパさんのアイデアは素晴らしく、ここに集まる親御さん達も本当に皆さん熱心で、うちのクラスの保護者が皆こうであれば、どんなに子供が幸せか(そして私は楽か)と思わずにはいられません。
これからも頑張って下さい。素晴らしい6年間であることを祈ります。
コメントありがとうございます。
「中学校の」支援級に、トイレや着替えが自立できていない生徒さんが入ってくるんですか・・・。
それを3人で20人以上というのは、確かに想像を絶しますね。
親には、子どもを幸せにする(少なくとも「するように努力する」)義務があると思いますし、そういう努力をしていく人生そのものが、親という立場を生きる私たちにとっても「幸せ」への道なんだろうと思っています。
そして、子どもはどんな環境のなかでも、たくましく成長していって、親や支援者を喜ばせてくれますね。
たしかに福祉の将来は明るくはなさそうですが、それは障害をもった子どもだけに限らず、誰にとってもそうなのかもしれません。親として、できることを当たり前にやっていけたらいいな、と思っています。
これからもよろしくお願いします。
トピズレで少々長いコメントをお許しください。
ぐるんぱさんのお勤めになる支援学級の具体的な状況を読んで思わずコメントを入れずにはいられなくなりました。予々日本の特別支援学級の問題をお母さんたちから聞かされていましたが、これほどひどい状況とは思っても見ませんでした。
私は応用行動分析に関わる仕事をしていますが、体も大きくなった中学生では一対一でも厳しいときがあります。
それを20人に、3人の先生とは、それも、トイレの自立ができないとなるとつきっきりになりますよね?どうしてこういう事が許されているのでしょうか。素人が見てもおかしいですよ。
予算から変えないといけないのでしょうね。
残念ながら親も完璧ではありません。親が健常でない場合もあれば、経済その他の問題を抱えていることもあります。だから、学校だけでもきちんとしなくていけないと思います。
アメリカでは貧乏な子は学校だけが食事を食べられる場であることもあります。フリーのYMCAのアフタースクールサービスがある事で、若者の犯罪を押さえているとも聞きます。彼らは学校や教育関係者が面倒見をみられなかったら、社会には犯罪が溢れカオスになります。
障碍がある子はなおさらです。
こちらで私は「彼らを早くに自立させる事にかかる費用(セラピストなど)と、自立しないまま彼らが将来グループホームなどに入ったときにかかる費用のが膨大なものだ」という論理をよく耳にします。
まさにそうだと思います。もっともっと特別支援教育に人員が必要ですね!
コメントありがとうございます。
日本のカルチャーって、お金持ちにも厳しい(金を稼ぐことが悪だという認識が強い)うえに、貧しい人にも厳しい(貧困は自己責任だという認識も強い)という、ある種とても「生きにくい」構造になっているなあ、と最近思っています。(だからといって、アメリカ万歳というのも違うとは思っています。)
ともあれ、ぐるんぱさんのコメントは私にも衝撃的でした。
官僚組織にムダがあるのは仕方のないことだとも思っているのですが、それらが温存されたままで、福祉が切り捨てられていくのは、本当にいたたまれない気持ちにもなります。
一介の親にできることは、どこまでいっても限界がありますからね。
※貴サイトへのリンクがうまくいっていなかったようでしたので、直しておきました。
子供を幸せにしようと努力していく人生そのものが即ち親の幸せである、確かにおっしゃる通りですね。
これからの日本の暗く困難な状況の中でも、子供達一人ひとりが、それぞれに見合った幸せを掴んでいって欲しいと願っています。
マオママさん、はじめまして。
おっしゃる通り、誰が見てもひどい状況です。私どもの自治体では、7人の生徒に対して2人の教員がつくことが義務付けられているのですが、それを大幅に下回る教員数になっているカラクリは、通常級に籍を置きながらも、いじめや躓きなどによって、支援級に来ている生徒が多数いる、ということがまずひとつあります。
この子達は、いずれ戻るということが前提となっているのですが、実際に受け持ってみると、発達障害を持っていたり、知的に遅れていたり、アスペルガーであったりということが多く、通常級に戻れるケースはあまりなく、子供自身も戻りたがらないのす。
それから、労働内容のきつさから、不登校になっている教員がいるのがふたつめの理由です。うつになり、仕事が出来なくなる教師は今とても多いです。
また、支援級に対する無理解、偏見もまだまだ多くあります。専門科目の授業は、その科の教員に頼んで、支援級に来てもらい、一緒に教えることになっているのですが、うちのクラスの時だけわざわざ年休を使って休む教師もいたりします。支援級の子達は、言葉で言ってすぐその通りに動く、ということは出来ないですか ら、指導の仕方は色々と工夫をしなければならないのですが、そういうことが嫌なのでしょうね。今では、私一人で、国語、数学、社会、理科、音楽、美術、書道、英語、家庭科等、全ての教科を教えることもあります。
うちの子供達は、社会に出ても人とのつながりが広がりにくいという面があるので、卒業後も関係が途切れないようにしています。きちんとした家庭がある子供ならあまり心配はいらないのですが、そうでない場合は、見守る大人が一人でも多くいる、ということが物凄く重要になってきます。
予算が増えなければどうしようもない面もあるのですが、障害や支援級そのものに対する無理解が足枷になることも多々あるのが現状です。何とか少しづつでも変えていけたら、と思っています。
コメントありがとうございました。
日本の特別支援教育の「現場」は、ぐるんぱさんのような献身的な方がぎりぎりのところで支えてくださっているんだと、改めて痛感しました。
コメントへのお返事いただけてうれしかったです。
書きっぱなしで時間が過ぎてしまいまして失礼しました。
リンクの修正もありがとうございます!
アメリカの不公平感、日本の生きにくさってありますよね。
「個人差」を尊重しながら、「平等」にすることが、大変なんですよね。
それから、書き忘れましたが、娘さんのご入学、おめでとうございます!
コメントありがとうございます。
日本は、与党も野党第一党も、本質的には「いま安定してお金を持っている人」にさらにお金を与えるような福祉政策しか持っていないので、本当に福祉については暗い気持ちになりますね。
ご存知だと思いますが、税の再配分によって貧困率が上がるという「あきれるほどの政治無策」があるのは日本だけです。つまり、日本は世界で唯一「貧困層から税をむしって富裕層むけの福祉政策を行なっている国」なのです。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51176910.html
ともあれ、私たちは「こんな日本」で子育てを頑張っています。これからもよろしくお願いします。