2009年03月23日

ソーシャルブレインズ―自己と他者を認知する脳(ブックレビュー)

「自閉症の認知心理学」と言い換えてもいいくらい、ストライクゾーンど真ん中の本です。


ソーシャルブレインズ―自己と他者を認知する脳
著・編:開 一夫、長谷川 寿一 (編集)
東京大学出版会

はしがき (長谷川)
道案内 ソーシャルブレイン“ズ”の歩き方(開)
I  「自己」の発見―自己像認知の進化と発達
 1 動物の自己意識(渡辺茂)
 2 自己像を理解するチンパンジー(平田聡)
 3 自己像認知の発達(宮崎美智子・開)
II 「自己」と「他者」の境界―身体感覚のメカニズム
 4 自己と他者を区別する脳のメカニズム(嶋田総太郎)
 5 脳の中にある身体(村田 哲)
III 「他者」と出会う―動き・視線・意図の認知
 6 動きに敏感な脳(平井真洋)
 7 目はこころの窓(友永雅己)
 8 ソーシャルブレインのありか(加藤元一郎・梅田聡)
IV 「他者」の心を読む――共感のメカニズム・心の理論の発達
 9 他人の損失は自分の損失?(福島宏器)
 10 知識の呪縛からの解放(松井智子)
 11 ロボットに心は宿るか(板倉昭二)
 12 自閉症児は心が読めない?(千住淳)
終 ソーシャルブレインの探究(開)

本屋で背表紙のタイトルを見た瞬間に、「ああ、この本にはきっと自閉症のことが書いてあるな」と直感し、中を覗いて確かにあちこちで取り上げられているのは分かったのですが、ちょっと値が張るのと、「認知心理学」と「自閉症の療育への応用」というのは現時点ではあまり相性が良くないと感じていることもあって、しばらく買うのを躊躇していたのですが、思い切って買って正解でした

本題に入る前に、この本が「認知心理学」の本であるということから、そもそも「認知心理学」とはどんな心理学かということについて簡単に触れておきたいと思います。

認知心理学というのは、まず「心のはたらき=脳のはたらき」という心身一元論を前提としておいたうえで、脳がどのような情報処理を行なっているのかについて、何らかの「脳内情報処理モデル」を設定してその妥当性を検証することで「こころ」の研究を進めていくという学問です。

自閉症の療育がらみで多く取り上げられる「行動分析学」(ABAの基礎理論に相当します)が、あくまで観察可能な行動を研究の対象とし、安易に目に見えない脳の中に仮説をたてることを厳に戒めているのとは対照的に、認知心理学では「脳の中に仮説を立てること」そのものが出発点となり、その仮説を裏付けるために、実験を行なうという立場をとります。

行動分析学と認知心理学はいずれも「洗練された現代の心理学」と呼んでいいと思いますが、その発想方法や価値観には、このように正反対といっていいくらいの違いがあります。そのため、両者の間にはしばしば、まさに「価値観の相違」としか呼べないような感情的対立が生まれたりもするのですが、視点や価値観が違うからこそ、同じ自閉症を対象にしても、全然違うことを研究していて面白いわけで、私たち当事者は、一方の立場の熱狂的支持者になるよりは、冷静に両方の研究から学んでいくほうがいいんじゃないかな、と思います。

ちなみに、療育への応用という観点からいうと、行動分析は目に見える「行動」を対象にしているので応用も容易で、それがまさに「ABA(応用行動分析)」として効果的な療育メソッドに結実しているのに対して、認知心理学は目に見えない「脳のモデル」についてああでもないこうでもないと議論をしている段階ですので、それを療育のような端的な目的に十分に応用するまでにはいたっていません。
ただその一方で、ことばの発達(獲得)や高度な社会性など、脳のなかの複雑な認知プロセスを想定したほうが自然なスキルを新たに形成することにはABAはやや力不足の感があり、そういった領域へのABA的療育は、よく言ってもかなり強引な「力技」になりがちです。ここにもし、認知心理学が的確な「脳の情報処理モデル」を提示することができれば、力技ではない、スマートで効率のいい療育法が見つかる可能性もあり、そうなると認知心理学の療育への応用が一気にすすむ可能性もあるわけです。(そのときの療育法の名称は、「応用認知心理学」だとすれば「ACP(Applied Cognitive Psychology)」になるんでしょうかね(笑))

※バロン=コーエンの「心の理論」障害仮説は、一時そのような「的確なモデル」かもしれないと注目されましたが、現時点ではそこまでのものではないという評価に変わっています。そのあたりの話題も本書では触れられています。

さて、話を元に戻してこの本ですが、この本は「ヒトの社会性を実現している脳の情報処理というのは、いったいどんなものなんだろう?」という関心にかかわる認知心理学の最近の研究をまとめた本です。
具体的には、鏡像認知(鏡を見て自分だとわかるか)、ミラーニューロン(自分の運動・他人の運動に共通して反応するニューロン)、「心の理論」(他人のこころを推察すること)とそれに関連する共同注視(他人の視線の先にあるものとに注目すること)、共感(他人が感じた「感情」と同じ「感情」をもつこと)、バイオロジカルモーション(さまざまな動きの中で、ヒトの動きを特に敏感に知覚する現象)などが取り上げられています。
それらに関連して、有名なバロン=コーエンの「自閉症=心の理論障害」仮説や同じくコーエンの「共感脳-システム化脳」仮説、以前コメント欄で議論をしたことのある「自閉症=扁桃体障害」仮説なども取り上げられており、ほとんどすべての項目が、何らかの形で「自閉症」への問題意識ともつながっていることが見てとれると思います。


↑本書の12章「自閉症児は心が読めない?」より。

ちなみに、こういった心理学的研究には、大きく4つくらいのベクトルがあると言えるでしょう。
・進化的研究
 そのスキルが進化のどの段階で獲得され、どう発達してきたか。チンパンジーや他の動物に、ヒトと同じ実験をして違いを見るなど。

・発達的研究
 そのスキルが発達のどの過程で獲得され、どう発達するのか。赤ちゃんや乳幼児に、大人と同じ実験をして違いを見るなど。

・個体差的研究
 男女差や人種差、さらには集団内での分散など、獲得されたそのスキルに個体間でどのような量的・質的差異があるのかを研究する。

・障害的研究
 そのスキルと対応関係があると考えられる脳の部位を先天的・後天的に損傷した人が、そうでない人とどう違うかを研究する。

このなかで、自閉症との関連で重要なのは「発達的研究」と「障害的研究」だといえます。
ある社会的スキルが赤ちゃんから大人への発達の過程でどのように獲得されていくのか、そして、それが何らかの障害によって十分に獲得されなかったときには、具体的にどのような認知上の問題が生じてくるのか、そういった研究の先に、おそらく「自閉症」という障害の謎を解くカギが隠されているはずです。
特に、本書がターゲットとする「社会性」にかかる「障害的研究」というのは、ほとんど「自閉症児者を対象とした研究」とイコールですから、12章の「自閉症児は脳が読めない?」以外の章でも、本のあちこちで、自閉症児を対象とする「社会性に関する障害的研究」の知見が紹介されています。

大学での教科書を想定した本だと思われますし、専門書ではあるのですが、こういった本としては極めて平易に書かれているので、脳科学や心理学に関心のある人であれば、ブルーバックスあたりを読むのとほとんど同じ感覚で読みこなせると思います。
自閉症を考えるうえで欠かせない認知心理学の最新トピックを過不足なく盛り込んでいますので内容も濃く、3000円を超える本体価格も、似たような本を2冊以上そろえることを考えれば決して高くないと感じます。これがあと3年くらいたって内容が少し古くなってくるとちょっと割高な感じになってくるかもしれませんが、出版されたばかりの今買って読むのであれば、十分にモトは取れるでしょう。

自閉症について何冊か本を読み、認知心理学からみる自閉症という視点を新たに得たいと考える方には、またとない本格的な入門書だと言えるでしょう。
私の1冊めの拙著『自閉症-「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育』で展開している仮説も、この本がとりあげている認知心理学的知見が背景にありますので、あわせて読んでいただけると、どちらの本の理解もより深まるんじゃないかと思います。
私自身も、本書の「鏡像認知」の話題から、オリジナルの療育アイデアである「鏡の療育」について、その意味を再確認することができました。

加えて言うならば、本書がとりあげているのはまさに「皮膚の内側に仮説を置く学問」ですから、行動分析学について学んだことがある方は、本書の内容を批判的に読み解いていくことも可能だと思います。

限りなく「殿堂入り」に近い、おすすめの本です。
(「殿堂入り」にしなかったのは、やや専門的で、本書を読むことが直接「日々の生活や療育」にはつながらないという点のみが理由です。同じ理由で殿堂入りさせなかった「感銘を受けた素晴らしい本」としては、「脳 回路網のなかの精神」があります。)

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posted by そらパパ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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