2006年01月18日

TEACCHを考える(6)

何らかの方法で既に療育に取り組んでいる方にとってこそ、TEACCHが大きな力になります。

最初に書いた疑問、日本にいる私たち家族が現時点でTEACCHとどう向き合うべきなのかの答えは、「TEACCHの基本理念を理解したら、まずは『TEACCHの療育プログラム』にこだわらずとにかく療育を始めて経験を積んで、壁につき当たったときに改めてTEACCHに戻ってくる」ということだと私は理解しています。もちろん、運良くプロのサポートを受けられればベストですが、TEACCHに関しては、現状では大部分の方にはその機会は巡ってこないでしょうから。

さて、これまた非常に僭越ではありますが、TEACCHの基本理念や枠組みについて、「講座 自閉症療育ハンドブック」および「自閉症児のための絵で見る構造化」に基づき、私なりにまとめてみたいと思います。

理論というのは、シンプルに整理されればされるほど美しく堅固になります。
TEACCHについては療育ノウハウの断片が多く語られすぎていて、その本質が見えなくなっている面がありますが、そのコアになっている哲学はただ1つ、「自閉症児(者)の側に立つこと」です。
親のエゴで子どもを矯正するのではなく、子どもの幸せな人生をバックアップする。それがTEACCHの核となる療育観です。

ここから、次の3つのTEACCHの基本理念が導かれます。

1. 自閉症児の本態は先天的な脳の障害による認知障害であり、二次的障害として適応障害が起こっている
2. 認知障害に対応するため、彼らを無理に環境に合わせようとせず、環境を彼らが理解しやすくするよう働きかける
3. 療育の一義的な目標を適応障害の改善におき、部分ではなく全体を支援する


この3つの基本理念は、相互に関連しています。

最初の理念を端的に言えば「自閉症の原因は親ではない」ということを意味しており、そこから、「親を療育の『敵』とみなすのではなく、ともに療育を進める『パートナー』として重視する」というTEACCHの哲学が導かれます。
そして、自閉症児の場合とかくパニックや自己刺激などの問題行動が問題の中心としてとらえられがちですが、TEACCHでは、それらは自閉症における一次的な障害ではなく、世界の認知や要求の表現がうまくできないことによって引き起こされている二次的なものだと考えます。したがって、これらの問題行動を直接抑えるのではなく、環境の構造化やコミュニケーション力の改善などによって、適応障害の原因そのものを取り除いていくという方策を取ります。
また、自閉症児の認知障害は、その態様も重さも一人一人異なることから、個々の自閉症児ごとに最適な療育メニューは異なる、という結論が導かれます。

2つめの理念は、1つめの理念から自然に導かれます。
自閉症児の問題は、ただ発達が遅れているから引き上げてやればいい、というものではなく、脳の認知プロセスに何らかの大きな障害があり、「この世のありさまを普通に理解し生活する」ということにさえ困難を生じている(しかもその困難は程度の差こそあれ一生続く)ということにあります。
だとすれば、その「わけが分からない世界」をそのまま自閉症児に強要し、「普通の環境」に適応することを求めるのではなく、我々が環境に積極的に働きかけ、自閉症児にとって「分かりやすい世界」を作り上げ、まずはその「特殊な環境」に適応するところから始め、「この世界への入り口」を作ってあげることが求められるのです。
この、「分かりやすい世界を作る」という部分が、TEACCHで最も?有名な「構造化」にあたります。また、その構造化のための働きかけの内容やレベルが個々の自閉症児ごとに異なるという前提から、TEACCHのもう1つの哲学である「個別指導」の必要性が生じます。
そして、構造化された「特殊な環境」での適応療育を行なうという部分は、「特別教育」を意味します。実は、高機能自閉症児の場合を除き、TEACCHは安易な統合教育に対しては否定的な立場をとっているのです。

そして、3つめの理念で、療育の方向性が示されます。
自閉症児に対する療育の最終目標は、自閉症児がこの世界で自立して幸せな人生を送ることです。そのために何より必要なことは、さまざまな意味での社会への適応能力を高めることです。それは自立するために必須の要件であり、同時に、社会に適応できずに苦しんでいる状態から自閉症児を解放し、この世界で生きることに幸せを感じるようにすることでもあります。
そのため、幼いときには発達段階を少しでも引き上げることとコミュニケーション力を伸ばすことが目標となり、もう少し大きくなってからは社会に受け入れられる形で要求を表現し、余暇を過ごし、社会で自立するための生活・職業スキルを身に付けることなどが目標となります。
また、自閉症児の困難は一生続くことから、療育者はその全人生、全生活に責任を持って療育を進めなければなりません。このため、TEACCHの療育者は、療育に関する幅広い経験やノウハウに精通したジェネラリストであることが求められます。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 07:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>自閉症の原因は親ではない


そう言い切ってしまうのはどうなんですかね?

http://toshi-sawaguchi.life.coocan.jp/blog/2010/08/100812.html

現在の日本では自閉症を含む発達障害スペクトラムにカテゴライズされる問題の要因に対し、こういう意見もありますが?

ADHDと自閉症とは違うのかもしれませんが明確な区別が現状ではできない以上、このような断言は結果的に間違った情報を垂れ流し、親や当事者を混乱させている原因になっているのではないでしょうか?
Posted by ヤマメの怪 at 2014年12月13日 15:51
ヤマメの怪さん、

コメントありがとうございます。

澤口氏は、発達障害方面にトンデモをばらまいている人ですから…。「親学」の「脳科学担当」でもありますし。

http://togetter.com/li/302010

それに、ここはTEACCHの基本的考え方ということで述べていますから、TEACCHの前にあった「冷蔵庫マザー」仮説を否定し、親を敵ではなく療育者・協力者として療育の輪の中に取り込む(支援者の目線から)、というニュアンスです。

断言ということでいえば、澤口氏のほうがよほど根拠のない断言を繰り返して、発達障害の当事者や関係者を混乱させていると思います。
Posted by そらパパ at 2014年12月13日 18:06
返信ありがとうございます。

なるほどセクハラ問題は置いとくとして、テレビ出演・講演会好きタイプみたいなので確かにあまり信用できそうもない気もします。(無論主張する内容まで全て否定する根拠にはなりません)

私は「意思疎通や社会生活が困難なレベル」と、「社会生活が可能ではあるがコミュ力が足りないレベル」をひとくくりにされて語られがちな、発達障害というものに対する原因の決め付けに大きな疑問を持っていますのでレスさせていただきました。
Posted by ヤマメの怪 at 2014年12月15日 05:19
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