2009年01月12日

そらまめ式絵カード療育法 (3)

自閉症児は、何らかの先天的な困難によって、音声言語を理解するのが難しく、また自分で使うのも大変だという状態にあると考えられます。

それは、自閉症という障害がもつ困難そのものという側面もあるわけですから、これは「構造的問題」といっていいでしょう。私たちは、そういった構造的困難をかかえる自閉症児に無理に音声言語の使用を強いるのではなく、より「使うためのコスト」の低い「別の道」を探ることを考える必要があるのではないでしょうか。

このように考えていくと、「自閉症児のコミュニケーションのための特別なツール」としての絵カードの本当の価値が見えてきます。

絵カードというツールを使うことで、もともとコミュニケーションに困難を抱える自閉症児にとっての、自分の意思を伝えたり相手の意思を理解することの難易度、ハードルを下げることができます。パニックやクレーン以外の「使える選択肢」を提供できることになります。
その結果、自分の意思を伝えたり、相手の意思を理解することについての自閉症児の「成功体験」(強化的な経験)を増やしていけるようになります。

それによって初めて、私たちは単なる訓練の場で何かを教えるということではなく、もっと本質的な、「ことば」を使って他人と意思疎通をとることへの「気づき」に自閉症児を導くことができ、さらには私たちが望む「コミュニケーション能力の発達」へとつなげていくことができるようになると考えられるわけです。

このように、絵カードと音声言語は、「形式的には」異なったツールですが、「機能的には」同じことを実現することを目的としたツールです。
絵カードとは、ことばの「形式」ではなく「機能」(他人との意思疎通)に着目し、その機能を自閉症児であっても容易に実現できるように配慮された「特別なツール」である、というわけです。
自閉症児が視覚優位で音声言語を理解するのが苦手である、という前提から、「それならしっかり訓練メニューを設定して苦手な音声言語をちゃんと教えていこう」と考えるのではなく、「苦手な音声言語に固執することなく、得意な視覚を利用した、音声言語に代わる特別なツールを用意して、そちらを使って療育を進めていこう」と考えるのが、「絵カード療育」の出発点です。

ここで一つ、ものすごく大切だと私が考える視点を提供したいと思います。

自閉症の主要な障害として、「コミュニケーション障害」、あるいは「ことばの遅れ・障害」があるとよく言われます。
逆に言えば、コミュニケーションやことばの発達が大きく遅れることによって、ふだんの生活・社会適応に支障が出ることを「障害」と呼んでいるわけです。仮に「コミュニケーションが苦手」だったり「ことばがぎこちない」ということがあったとしても、それによってふだんの生活や社会適応に支障をきたしていなければ、それは障害とは呼ばれず、個性とか得手不得手といった枠組みで説明されてしまいます。少なくとも、器質的な原因が特定されておらず、症状だけで診断する自閉症のような障害については、そうです。

だとすれば、絵カードという特別なツールを導入することで、子どものコミュニケーション能力を改善し、発達させ、絵カードという「ことば」を駆使する能力を大きく伸ばすことができて、それによってふだんの生活や社会適応での困難や不適応を大幅に減少・改善させることができたら、これはある意味「自閉症を治している」ことになると言っても過言ではないのではないでしょうか?

生物学的な意味においては、「自閉症とは一生治らない障害である」というのは現時点では残念ながら真実でしょう。
でも、人としてのQOL(生活の質)から見れば、「QOLを下げるものとしての自閉症という障害は『改善』することができる」というのも、事実です。

そういう意味では、絵カードは「薬」のようなものである、といってもいいのではないでしょうか。その「薬」は私たちが処方し、投薬することができ、しかも副作用はほぼありません。(絵カードの使用で音声言語が遅れるといった心配も聞かれますが、実際にそのような悪影響が出たという調査結果は見当たらないようです。むしろ、コミュニケーションへの成功体験を増やすことが音声言語を学ぶことの動機づけにもつながるといった相乗効果が期待できるのではないかと考えています。)
その「薬」は、やがて必要なくなるかもしれませんし、逆に、ずっと使い続けることで、良好なQOLを維持していくことになるかもかもしれません。

絵カードのメリットとしては、このような「自閉症児のための特別な『ことば』として役に立つ」ということ以外にも次のようなことがあげられます。

・模倣が苦手な自閉症児に「最初のひとこと」を教えようとするときに、音声言語の模倣(音声模倣)が極めて難しいのに対して、絵カードであれば物理的に手を動かしてカードをやり取りすることを教えればいいので、教える側にとっての導入が容易。
・どこにでもある素材を使ったアナログな道具なので、作成・維持・携帯のためのコストが低く、長く使い続けることができる。


(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:01| Comment(5) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらまめパパさん こんにちは。

うちの子は、身内だと声を出して話すのですが、よそだと声を出さないことで、
ここしばらく悩んで悩んで しています。

今回の記事を何度も拝見し、
私も音声言語に固執してる一人だなぁ、と思いました。
絵カード、取り入れてないのですが、
うちの子なら、どんな風に取り入れれば良いのか・・わからないので、
改めて勉強しようと思いました。

次回の記事も楽しみにしています。
Posted by ゆうゆママ at 2009年01月13日 11:33
そらまめぱぱさん、はじめまして。こんにちは。たまにブログ拝見させて頂いています。トテモ、勉強になることだらけで、ありがたいです。1度そらまめままのほうに、こめんとしたことがあります。

今、絵カードを私の子供にも、教えています。6歳で、特別学級に通っています。これからも、ブログ訪問させていただきます。ありがとうございます。
Posted by ルル at 2009年01月14日 07:13
はじめまして、軽度自閉症の女の子と男の子を持つ父親です。
本の紹介からこのブログを知ったのですが、勉強されていてすごいな、と思います。
愛知県のある会の会員と所属している一般企業のサラリーマンです。
まだまだ女性主体のこの世界で、同じ男性、しかも素晴らしい方がいらっしゃることを知り、うれしい気持ちになったのでコメントしました。
これからもちょくちょくお邪魔させて頂こうと思ってますので、よろしくお願いします。
Posted by MASA at 2009年01月14日 09:07
言われるとおり、生活しやすく、生きやすくしていくことは、きっとできますね。

悲しいことに、特別支援学校の高等部では、ほとんど絵カードの活用がされず、音声の指示がほとんどで、残念です。言い続けてはいるのですが・・・・

今年もいろいろ参考にさせていただきます。
Posted by リリー at 2009年01月14日 18:50
皆さん、コメントありがとうございます。

やはり絵カード療育に対する期待というのはとても大きなものがあるんだな、と改めて感じています。


ゆうゆママさん、

音声言語にこだわってしまうのは、私たちにとってはとても便利なもので、ある意味「思考の一部」でもあるために、それを切り離してコミュニケーションを考えることに慣れていないからだということもあるかもしれないな、と思っています。
「音声言語にこだわらないコミュニケーション」を考えることは、親としての一種の「訓練」みたいなところもあるのかもしれません。

ルルさん、

コメントありがとうございます。
また、妻のブログにもアクセスくださり、ありがとうございます。

我が家でも絵カードは毎日大活躍です。気軽に取り組めて、すぐに効果が感じられるのがいいところですね。

MASAさん、

2冊めの本でも書いていますが、仕事で忙しい父親だからこそできる、療育のなかでの役割って、きっとあると思っています。
当ブログも、父親、母親、どちらにも有益なサイトになるよう努力していますので、今後ともよろしくお願いします。

リリーさん、

「自閉症が治る」とは言いたくないのですが、「自閉症児者のQOLを改善する」ということは間違いなくいえますよね。
そして、障害の本質がQOLを下げることにあるとすれば、QOLを上げる取り組みは、ある意味で「障害を治す」取り組みなのだ、と思っているわけです。

特別支援学校も、学校ごとに絵カードなどの視覚支援への取り組みはまちまちなようですね。自閉症児者にとって視覚支援が有効であることはほぼ間違いがないと思いますので、粘り強く交渉されることを応援しています。
Posted by そらパパ at 2009年01月14日 22:30
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