なるほどねー、そんな風に見てたんだ、と思ってその記事を読みました。こういう発見があるのも、お互いにブログを書いているメリットかもしれませんね。
というわけで、私の視点からみた娘のこの反応について、すこし補足も含めて書いてみたいと思います。
私が娘に何かしてあげるときに、「あと○回」というのを指で示すようになったのは、ほんの1か月ほど前からです。
最近、センターや家での療育での感覚統合の効果が出てきたのか、かつてはあれほど嫌がっていたタカイタカイやヒコーキ、横抱き(いわゆる「お姫様だっこ」ですね)で振り回すといった「バランス遊び」を、娘が自分からやってくれとせがむようになりました。
それ以外にも、下記のモジュールで自分で歌を流しながら、歌に合わせた手遊びをせがんだりします。

うたおう!おうた
西内 としお
ポプラ社
↑12曲の音声つきの歌とカラオケが鳴らせるモジュール絵本。
もちろん、子どもが親に遊んでくれと働きかけてくること自体は素晴らしいことですが、困った問題も出てきました。自閉症児の親御さんなら想像できると思いますが、一度遊びはじめるときりがなく、無理にやめようとするとパニックになってしまうのです。
せっかく楽しく遊ぶことから始まる「親子の関わり」が、最後は常にパニックで終わってしまうという不毛な状況を何とか脱したいと思って始めたのが、この「あと何回」の指サインです。
ただ、実は私自身は、今の娘が、指サインで数の概念を理解できるほど抽象的な思考の発達段階に入っているとは思っていません。果物やおやつを食べていて、だんだん減ってくると泣き出す、といった行動が見られるので、多い→少ない→ない、といった量の概念の芽生えはあるようですが、それが「数を数える」という段階にいたるには、まだまだ気の遠くなるくらいの発達ステップを経る必要があるだろうな、と考えています。
とはいえ、常に指サインをしていれば、そのうち「指1本という「映像」を見せられたら、遊びが終わってしまう」というシンプルな関係くらいは学習してくれるのではないか、そうすれば多少なりとも見通しが立って、遊びをやめた結果起こるパニックも、徐々に収まっていくかもしれないな、そう期待しました。
そして、もし「指1本」がマスターできれば、「指2本」の次は「指1本」になる、というもう1つ「遠い」関係がマスターできる可能性が高まってきます。それが積み重なっていくと、もしかすると指サインをきっかけに数の概念を理解できる可能性も、低いとは思いますが、まあゼロではないでしょう。
仮に、もっと大雑把な「なんか遊ぶ前に指が出てくると遊びが終わってしまうことがある」くらいの学習しかできなくても、何も手がかりがないよりは見通しが立てやすくなるかもしれないな、と思って、とりあえず始めてみることにしました。
結果は・・・個人的には、まだ確信を持って「学習できてきた」とは言えないですね。
「指1本」の後でも遊びは求めてきますし、それを断ると猛烈に怒ります。ただそれが、いつまでも続くような「パニック」になる頻度は、確かに下がってきたように思います。
また、「指1本」で遊んだあとに、「ハイおしまい!」と言って遊びをやめるようにしているので、そちらのサインの方を学習している可能性もあります。
ただ、ことばにしろサインにしろ、娘がこちらの働きかけに対して、それなりの反応を返してきたと感じる機会は、確かに増えてきたように感じます。
そういった精神面の発達が、もう一方では親の期待を(ある部分では実態以上に)高めてしまったり、娘自身とすればやりたいことが増えたのにその要求をうまく表現できずにパニックが激しくなるような、過渡的な(と思いたい)状況を作り出していて、それが妻にとってはストレスになっているのかな、とも思います。




